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第62話 怒りと困惑と不意打ち

 瓦礫すら無くなってしまった旧領都イグールの中を無言で進んでいく。高温にさらされたためか地面の表面が溶けており、何かに足を取られることはなかった。

 まだ熱を持つ地面は、どれほど高温にさらされたのかわかるというものだ。


 その上を歩く私の中では怒りの嵐が渦巻いている。

 エーラシモス・ガトレアール。あの男は十二年前に隣国と手を組んで、ガトレアール領を混乱に陥れた張本人だ。しかし、直接的な証拠は一切無く、状況的に考えられるというのみにとどまる結果だった。


 あの男はあの男を慕う者たちと共に、私達を嘲笑うかのようにガトレアールを蹂躙していったのだ。


 父を殺し、義母を殺し、多くの領民を殺した。


 あの男の目的は、父の座を奪い辺境伯の地位を得ること……だったはずだ。


 ただ、父の地位を得るためにしては、巧妙かつ大胆で、ガトレアールをひっくり返し混乱に陥れ、なおかつ隣国の軍まで引っ張りだしてきたのだ。

 あまりにも計画が壮大すぎることに、あの男の辺境伯への執着の度合いがわかるものだと思っていた。そう、今までそう思っていた。


 だが、ここに来てあの十二年前のことは、小手調べ程度だったのではないのかという疑惑が持ち上がってきている。


 あの男にとって一番邪魔な存在は、ロズイーオンの血族であることには、今も昔も変わらないだろう。

 何故ならロズイーオンの血を持つものは、必ず同じ王族である者がつけられ、グラーカリスの一族の者がつけられる。


 だからまずは母を辺境から追い出すために、ディオールの父親を殺し、母を王都に帰らせるように促した。そして娘である私が王都を離れた時に、ことを起こしたのだ。


 そのまま、すんなりとあの男の計画が進んでいたのであれば、もしかしたら被害は最小限に済んでいたのかもしれない。


 だが、今の状況を考えると辺境伯の地位を得ることは、ただの通過点にすぎず、目的が別にあったのではと脳裏をよぎる。

 辺境伯の地位につくことで、何かしらの要件を満たすことがある……のかもしれない。私は父から直接引き継いでいないため、その辺りのことがわからないのだ。


 今回のことで辺境伯の地位に、こだわりがないことがわかった。もしミゲルの肉体を使いミゲルとして生きていれば、自ずと辺境伯の地位が手に入るのだ。

 だが、あの男はミゲルカルロとして、この国でのしがらみの一切を断ち切ったのだ。


 そして再びガトレアールを混乱に陥れた。ただ今回のことは、恐らく私への復讐と時間稼ぎが目的だったと思われる。


 そう『アラエル』というものを探す時間だ。


『アラエル』とはなんだ? 確かに十二年前に何かを探しているような者達はいた。捕虜として捕まえて、尋問する前に死んでしまったが。廃墟となったイグールに未だにあると思われる物とは何だ?


 結局私にはわからない。

 母からロズイーオンの血族の在り方を教えられたことはあるが、父からは何も教えられてはいない。


 父からすれば、私など奇行が目立つおかしな子供と思われていたのだろう。王族の者の奇行は、貴族社会では有名なことだ。それが普通だと。


 はぁ、しかしあの男はなんてことをしてくれるのだ。ミゲル自身の魂と呼べるものはどうなっているのだ? 鑑定の魔術は肉体の鑑定であり、魂の鑑定ではない。


 だが、一つの肉体に魂魄の共存ができるのかという問題がでてくる。恐らく弱い魂魄が押し出されるのではと予想できた。

 そしてあれは降霊などの不安定な存在ではなく、エーラシモスがミゲルの肉体を奪った魂魄変換の禁呪が用いられたと予想できる。


 あの男は初めから己が負けることを見越して仕掛けていたのだ。

 そう、敵に弟たちが囚われたとき、ロベルトは処刑されかけミゲルは優遇されていた。

 ガトレアールの血を残すものだと思っていたが、あの時点でミゲルを己の計画の歯車の一つと考えていたとしたら?


「シルファ、そのまま歩いていたら落ちるぞ」


 私はランドルフに肩を掴まれて、足を止められた。

 下に視線をむければ、深く幅が広い水路があるものの、その中には水は流れていなかった。


 下街と中央公園を経立てる水路まで来ていたようだ。視線を上げれば多くの墓標が青々と茂った草の隙間から突き出している。

 そして中央には大きな墓石。


「ここも無事だったのか」


 この場も風化を避けるために結界を張っていた。やり過ぎだと言われたが、今回の被害にあうことが無かったので、やはり備えあれば患いなしというものだ。


「無事ではありません。かなり掘り返されています」


 掘り返されているか。それはそうだろうな。あの墓標は骸があった者たちだけで、そこから父が率いていた軍勢がでてきたのだろ……掘り返されている?

 私より背が高いザッシュの目には私では見えない物が見えるようだ。


「ザッシュ。土の中からでてきた感じではなく、掘り返されているのか?」

「はい。掘り返した土の山が複数あります」


 その言葉に地面を思いっ切り蹴り、二メートルはある溝の幅を飛び越える。もちろん身体強化を使ってだ。


 そして父を埋葬した場所に行き、剥き出しになった土の中を見た。


「外からこじ開けられている」


 十二年も経てば、土の中に埋まった棺は劣化していたものの、雨が少ない地域のため、形は保っていた。

 そしてご丁寧に棺の杭が引き抜かれているのが目に入ってくる。


 他の場所も見に行けば、同じようにご丁寧に杭が抜かれているのだ。


 これはただ単に死した骸があればいいという考えではなく、ある程度形を保った肉体が必要だったということか。


 中央の巨大な墓石が立っているところに行く。その中央の墓石は遺体が見つからなかった者や身体の一部しか見つからなかった者の共同墓石なのだ。


「ここは掘り返されていない」


 これは身体の一部だけでは意味をなさず、生前さながらの遺体が必要だったと考えられる。


「これ何かで読んだことがあるな。完全な遺体では無かったために蘇ることができなかったとかいう話。あれは何だった?」

「『遷化の(フェアルティ)破鏡(クヴェラ)』ですね。斬首刑になった恋人を蘇らそうとして、頭部だけが蘇ったという話ですね」


 ディオール。確かに『遷化の(フェアルティ)破鏡(クヴェラ)』は『エリオールの騎士道』という書物に出てきたが、何故に最悪の結末の方の話を例に上げてきた。

 この話は頭部だけ蘇って、発狂しながら魔力暴走を起こして、辺り一帯を巻き込む自爆をした話じゃないか。

 まぁ、骨さえあれば肉体を再構築までされるという『遷化の(フェアルティ)破鏡(クヴェラ)』の力は普通ではなく、欠落部分があると肉体の再構築が上手くいかないらしい。

 ただ成功すれば生前と同様の姿になり、会話も可能だという。


 思い返せば、首を切られていた父を生きていたときの姿に戻して埋葬した。そして父の部下たちも敬意を払い、できるだけ生前の姿にしたのだったな。


 ん? 会話が可能……


「今直ぐ父の元に行くぞ! 今なら話が聞けるかもしれない!」

「リリア様。お待ちください。副隊長との合流が先です。それに『遷化の(フェアルティ)破鏡(クヴェラ)』を使われたとすれば、魔鏡を破壊されれば意味がなくなりますので、魔鏡の確保もすべきかと」


 蘇った者を死者に戻す方法は、魔鏡を壊すことだ。


 蘇って姿形は生前のままだが、段々と人の思考から外れていき、生者を食べだすと書かれてあった。

 死者を蘇らせて何もリスクがないなんてありえない。蘇った者は生者ではなく所詮死者なのだ。


 こんな物が書物に書かれるほど認識されているのは、死んだ者に会いたいという願いを誰しも持っているということ。

 そして禁忌物を作って高く売りつける者がいること。だから、このようなことになっているのだ。


「はぁ、レントたちと早く合流をして『遷化の(フェアルティ)破鏡(クヴェラ)』を確保しよう」

「「はっ!」」


 そして建物が残っていたはずの北地区は、何も残っていなかった。すべて炎の熱で、燃やされたか溶かされたのだろう。


 見晴らしがよくなった崖の手前、巨大な岩が散乱しているところにマルクがいた。


「辺境伯さま〜」


 マルクが大声でこちらに呼びかけ、両手を振っている。


「僕、やり遂げましたよ〜!」


 何やら頑張ったアピールをしているらしい。


「辺境伯さまの食用ペットを捕獲しておきました〜!」

「なんだ? それは?」


 マルクの言葉に思わず突っ込んでしまった。私の食用ペットってなんだ?

 ザッシュ。それにディオール。何故に私をジト目で見てくる。私には食用ペットなんていないぞ。


「たこやきっていうのを、食べる用のペットです〜!」

「なんだって!」


 その言葉にマルクのところまで全力で駆けてしまった。

 そんなペットはいないが、タコがいるのか!


 マルクの側まで行けばマルクが背にしているのは岩ではなく、とてつもなく巨大な、まだら模様の軟体生物ということがわかった。それも凍結保存されている。

 しかし……これは……


「マルク。これは毒があるから食べれないじゃないか」

「ええ〜! ……あっ! 副隊長が爪に毒があるって言っていた……」


 期待してしまった分、すごく残念すぎる。しかしレントたちはどこにいるのかと、周りを見渡せば、地面に何かが転がって……金色の視線と目が合った!

 それも瞳の中に星型の虹彩がある。この者は! まさか!


「マルク! 結界を張れ! お前達こっちにくる……」


 私の言葉は耳をつんざくような爆音と重なり、最後まで言えなかった。

 自爆だ。周囲の者の全てを巻き込む魔力暴走の自爆。

 くっ! アステリス国の関与の証拠として捕獲した捕虜たちが証拠隠滅するが如くにしてやられた自爆。


 マルク! 詰めが甘いぞ!

 私の文句は暴発する魔力の渦に呑み込まれていったのだった。




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