表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/66

第58話 旧領都への侵入

旧領都イグール内部への侵入 Side


「もう帰りたい」


 山道にマルクの嘆き声が響き渡っている。しかし、その声に応える者は誰もいない。


 レントが先頭を進み、アランが魔剣の柄でマルクの背を押しながら、勝手知った山道を進んでいる。


 その時、世界を揺るがす地響きが響き渡った。


「ひぃぃぃぃ! 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ!」


 足元にうずくまり、頭を抱えながら叫ぶマルク。今から侵入する者とは思えない行動だ。


 それも前後を挟んだ二人は指摘もしない。これでは敵に見つけてくれと言わんばかりだ。


「これは、面倒くさがりの治療師長か。マルク。お前の兄も頑張っているんだから、さっさと立って歩け」


 レントは仕えるリリアシルファがこの場に居ないためか、いつもと口調が違っていた。


「兄は兄だから、僕は違うよぉぉぉぉぉ」


 この兄弟は、同じようなことを口にしている。流石、血を分けた兄弟というものなのだろう。


「マルク。このまま引きずられるのと、自分で歩くのとどちらがよろしいですか?私としましては、黙って自分で歩いて欲しいですね」


 いつもと同じようにアランはマルクに選択肢を迫る。それもどこから取り出したのか、ロープを手にしながら。


「歩くよ! 歩く!」


 このまま足を止めていると、ロープに縛られて引きずって行かれる未来を予期したマルクは、立ち上がって歩き出す。


「ぅぅぅぅぅ。周りから見えないように結界を張っている僕のことを、もう少し気を使ってくれてもいいと思う」


 どうやらマルクは周りから認識されないように結界を張っていたようだ。だから、アレだけ叫んでも二人が注意しなかったのは、音も遮断する結界だったからだろう。


「マルクが騒がなければ、結界なんて必要ない」

「ほぼマルクのためですね」

「うわぁぁぁぁぁん! 僕が悪いって二人がいじめる!」

「本当のことだし」

「本当のことですね」


 緊張感など皆無だと三人は山道を進んでいる。そして、山頂にたどり着いた。


「これは……」


 眼下を見下ろしたレントは、それ以上の言葉を紡げなかった。


「北地区の建物が何も残っていないですね。それから中央公園が荒らされています。予想はしていましたが、酷いですね」


 北地区は領都の政治の中枢地区だった。十二年前は無傷だったはず。しかしその建物があった痕跡はあるものの、建物が存在していなかった。


「帰ろうよ。無理だよ。見た感じ誰もいないよ。怖いよ。お化けでるよ。火の玉を見たって、第一師団の人が言っていたよ」


 マルクはレントとアランの袖を引いて、戻るように促している。その言葉にレントが反応した。


「第一師団の者はどこにいる?」


 どこからとも無く、筒状の物を取り出して、レントは端から片目で覗き込む。形からいえば望遠鏡だ。


 それを旧領都の端々まで見るように、何かを調整しながら見ていた。


「駄目だな。南地区にも姿がない」

「お嬢様が現状保存すると言っていた教会の中はどうです。ここからでも教会が無事なのは確認できますよ」


 教会。十二年前の時に結界を張って、多くの者の命を助けた避難所になっていた。確かに上から旧領都を見渡すと建物がいくつか残っているのが目に入ってくる。


「あそこは結界が張っているので、中に入るのは無理だろう」

「結界は張っていますが、礼拝のために領民証があれば中に入れる仕様にしていましたよね」


 この地は鎮魂の場として残しているとリリアシルファが言っていた。ということは、ここを訪れた者のために神に祈る場として教会を開放していた。それもこれ以上、荒らされないように結界まで張っていたようだ。


「そう言えば、この地で礼拝したいと要望があって、技術部に無理難題を言っていたな。だがなぁ、この状況はどう見ても絶望的だろう」


 何が起こったの理解できない北地区の建物の消滅。この状況で生き残りが存在しているとは思えないとレントは口にする。


「二人共、現実逃避しないでよ」


 背後からレントとアランを引っ張っているマルクがおかしなことを口にしている。現実逃避をしたいのはマルクの方ではないのか。


「普通ならここから領都が見えるのに、見えないってことの方が重要じゃないの? あの高さまで炎が上がっていたということなんだよ!」


 三人の眼下に映る光景は、死の街と言っていい姿だが、視線を前方に向ければ、氷の壁が視界の半分以上を占めていた。


 そう、三人がいる裏山の頂上とそんなに変わらない高さまで、炎の壁があったということ。

 これは人の域を超えた力が、加わったことが見て取れた。


「マルクに言われなくても見ればわかる」

「マルクに指摘されるほど馬鹿ではないですよ」


 もちろん二人は気がついている。わざわざ指摘されるほどのことではないと。


「うぅぅぅぅ。わかっているなら、帰ろうよ」


 マルクとしては戻る一択のようだ。だが、それはリリアシルファからの命令に背くことになる。


「マルク。いい加減に腹をくくれ、全方位結界と索敵の同時展開。防音も忘れるな」

「あと、状態異常の魔術をいつでも発動できるようにしておいてくださいね」

「ふわぁぁぁぁん! 僕の負荷が大き過ぎない?」


 マルクに袖を掴まれている二人は、そのまま逆にマルクの腕を掴む。

 しかし、色々しろと言われたマルクはその事に気がついていない。


「アラン。敵はどこに潜んでいると思う?」

「それは一箇所しかないでしょう」

「そうだな」


 これからどう行動するかの打ち合わせをするのかと思いきや、レントとアランは同時に地面を蹴った。


「うぇ?」


 斜めに切られた岩を滑り下り、途切れたところから宙に飛び出た。その下には岩の残骸が山積みにされ、着地する場所などないように見える。


 そう、この場所は十二年前にリリアシルファが岩山ごと切り崩して落下した場所だった。


「ひぃぃぃぃぃ!」


 引きつった悲鳴を上げるマルク。覚悟ができないまま、自由落下という状態に陥ている。

 いや、マルクに覚悟を求めると、一生覚悟ができないことを知っている二人が、マルクが逃げないように腕を掴み、山の頂上から落下したのだ。


 しかし、前回はリリアシルファが居たため、着地もなんとかなったが、足場が悪い場所で無事に地面に到着できるとは思えない。


 岩山の残骸にぶつかると感じた瞬間、三人の身体が宙を滑った。

 いや、一定の距離を保って、岩の残骸の上を移動していっている。


 そして平地についたところで、レントとアランが地に足をつけ、惰性を殺すように地面を滑っていった。


 そう、これがレントがマルクに全方位の結界を張るように言った理由だ。地面にぶつかる衝撃を結界が受け止め、そのまま結界を転がすことで、地面に着地をしたのだ。


 ただ問題といえば、衝撃で土煙が上がってしまい、隠密行動には向かないという点だ。


「前方から三十人ぐらいが来る!」


 先程までおどおどしていたとは思えないほど、強い口調のマルクの声が響いた。


 その言葉を言い終える前には、アランの姿は消えており、レントはある一点を凝視している。


「やはり、廃坑に身を潜めていたか」


 レントとアランは敵が隠れていいる場所は一箇所しかないと言っていた。それが廃坑だったと。


「え? あんな毒の水や毒ガスがある場所に居るって危険過ぎる」

「俺達は炎の熱気で一定以上は進めなかった。ということは、辺境伯様が開発した結界を用いない限り、この中で過ごすことは無理だ。結界で守られた場所以外全て原型をとどめていないのが良い証拠だ」


 北地区の建物が全て無くなっていた。それは、人々の祈りの場として、結界で保存された場所以外が残っていなかったということだ。


「だったら地下に潜るしかない。この地下は複雑に入り組んではいるが、かなり深いところに飲水にできる地下水脈とぶつかっている場所がある。そこまで行けば熱気も遮断されているだろう」


 確かに熱気は遮断される。それも今までの話からすれば、ウォール川の水面の位置に地下水脈がり、そこまで行けば生き延びる可能性が出てくる。


「さて、俺はアランの手助けをしてくるから、きちんと結界を張っていろよ」

「わかっているけど、何かおかしな感じの物体が南から 近づいてくるよ!」

「そうか、それはマルクに頼もう」

「いやぁぁぁ! それは無理だから! 絶対に無理だから!」


 嘆くマルクはひとり置き去りにされ、結界内はマルク以外居なくなっていたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ