第90話 3枚の絵
なんとか店までドレスを持ってこられた。……最後の階段が地獄だった。
「ただいま……」
店に入ると、フラムがカウンター内で項垂れていた。
「どうしたフラム」
「……さっきまで、人がいっぱい来てて……」
「な、なにもミスはなかった?」
「はい……」
まさかあそこから混むとは。悪いことしたな。
「そ、それで!」
フラムは顔を起こす。
「ゴシックドレスは……!?」
「あるわよ。下の錬成室で着替えましょ」
というわけで、今度は俺が1人で店番。
チリンチリン、と来客ベルが鳴る。
「あれ? 君1人かい?」
現れたのは赤と青の二色髪の少女。
「ヴィヴィか。どうした? 今日は休みだろ」
「いや、さすがにまだ2日目だからね。心配で」
ヴィヴィは手にポットを持っている。
「これ差し入れ」
「ポットか」
「ただのポットじゃないよ。このポットはね、コーヒーと紅茶を作れるポットなんだよ。コーヒー&紅茶メーカーだ。私の錬成物だよ」
「コーヒーが作れるだと……!?」
「しかも電気要らず。動力はマナだけだ。実践してみせよう」
ヴィヴィは商品棚から水とコーヒー豆を取る。
まず水をポットの中に入れる。その後で、ポットの側面についた取っ手を引っ張り、小さな引き出しを出す。ヴィヴィは引き出しにコーヒー豆を詰め込み、引き出しをしまう。
「これで準備はOK。後はこのポットの上に付いているマナドラフトに手を合わせるだけ」
ヴィヴィがマナドラフトに手を合わせると、湯気がポットの口から吹きだし、コーヒーの香ばしい匂いがするようになった。
ヴィヴィはカップにコーヒーを入れる。
「私はコーヒーが嫌いだから、味見は君に任せるよ」
「お、おう」
俺はコーヒーを飲む。
「お前ぇ……これはぁ……なんとも……素晴らしい物を作ったなぁ……」
「……君がそこまで表情を崩すとは、相当良かったんだね。これはカウンターの中に置いとくから、好きに使いたまえ。水と一緒に氷を入れておくとアイスコーヒーになるからね」
ヴィヴィは店内を見渡す。
「ふむ。商品はまぁまぁ掃けているな。結構結構。ところで、フラム君とルチア君はどこに行ったんだい?」
「下の部屋に居るよ。今日はゴシックパーティーなんだ」
「ゴシックパーティー? 一体何を――」
「おっまたせー!」
店の扉が開かれ、2人が現れる。
「どうよ! 美し過ぎて声も出ないでしょ!」
「……ううぅ、着たいと言ったものの、恥ずかしいですぅ……」
2人はゴシックドレスを身に纏っている。ドレスだけど、スカートの丈は膝の上で、厳かというよりは幼い印象を受ける。頭にはヘッドドレスも付けている。2人共髪色が明るいから、大人しい色のゴシックドレスを着るとより美しい髪が目立つ。簡潔に言うなら、
「似合ってるな」
「えへへ。そうでしょそうでしょ!」
尚、呆れている女子が1人。
「……君達は業務時間内に何をやってるんだい」
「げっ!? ヴィヴィ、アンタも居たの!?」
「ゔぃ、ヴィヴィさん!? こ、これは違うんです! サボっていたわけじゃなくて!」
いや、サボりはサボりだろう。
「そうよ! 私達は店の制服を決めるために、こうしてゴシックドレスを着ているのよ」
「制服ぅ?」
「ルチアは何かしら制服が欲しいんだと」
「そんなのエプロンでいいだろう」
ため息交じりにヴィヴィは言う。
「そんなのつまんないっ!」
「じゃあ女性陣だけそれを着て、男子は制服で接客をさせるのかい? アンバランスだ。男女共通のエプロンで決まりだ」
その後、ヴィヴィとルチア間で何度かやり取りを交わすが、ヴィヴィは譲らず。
「うぐぐ……わかったわよ石頭!」
「わかったなら2人共、ドレスを脱いで業務に戻りなさい」
ムッとするルチアと苦笑いするフラム。
「待った。せっかくだし、写真とか撮りたいよな」
俺の提案に対し、ゴシック2人は顔色をパーッと明るくさせる。
「それぐらいは別にいいだろ?」
「いいけど、カメラはあるのかい?」
「あ」
無いな。
「仕方ない」
俺はストレージポ―チから画用紙と鉛筆を出す。
「俺が描くよ。2人は楽な姿勢でいいから、動かないでくれ」
「そんなすぐに描けるの?」
「写真より良い味出してやるよ」
ルチアとフラムは椅子を持ってきて、それぞれ座る。俺は2人を画用紙にスケッチする。
「なぜ虹の筆で描かないんだい?」
「たまにはちゃんと手を動かさないとな。手描きの方が外連味は出せるし」
「鉛筆だけでは味気が無いだろうに」
「いいや、ゴシック……白黒のドレスを描くなら、鉛筆は悪くない。鉛筆はな、意外に色んな描き味があるんだよ。まぁ見てな」
俺は30分程で描き終える。
「できた」
「見せて見せて!」
俺は3人に絵を見せる。
「うっわ。すっご……」
「君の言う通りだな。鉛筆ならではの味というか……どこか、神秘的だ」
「か、かわいいのにかっこいい……」
「な? 鉛筆って凄いだろ?」
俺は画用紙をルチアに渡す。
「これで満足だろ? ルチア」
「ふんっ! ……ま、悪く無いわ」
ルチアとフラムは着替えるため、店を出て階段を下っていく。
「理解できないな」
「なにがだよ」
「可愛い服を着たいという感情だよ。可愛い服を着たからって何が満たされると言うんだ。無駄に視線を集めて煩わしいだけだ」
「……男の俺だから言っている意味わかるけど、女子の中じゃお前は少数派だと思うぞ」
「可愛い服を着て、満たされるのはそれを見ている者のみだと言うのに。まったくもって理解できないよ」
なんか饒舌だなコイツ。と思ったけど、口に出すと怒られる気がしたのでやめておいた。
それから少し経ってフラムとルチアが上がってくる。ヴィヴィは暫く店内を見守っていたけど、19時になる頃には、
「大丈夫そうだから私は帰るよ。後はよろしくね」
と言って帰っていった。
それからも順調に店は回り、20時。
「ちょっと早いけど下の戸締りしてくる。もう倉庫とアトリエには用無いだろ」
「そうね。頼むわ」
「お願いします」
このツリーハウスには店がある2階(大樹の外)と、倉庫や錬成室がある1階(大樹の中)がある。閉店時間になると1階のアトリエと倉庫の片づけと戸締りをしなくちゃならない。
だから俺はアトリエの扉を開け、中に入ったわけだが。
「ふんふんふーん♪」
そこには、鏡の前でドレスを着こなす少女が居た。二色髪の少女が。
上機嫌に鼻を鳴らし、体を揺らしている。
やばい。本能がそう察した。
俺はバレないように錬成室から出ようとするが、唐突に少女の動きが止まった。俺は気づく。少女が使っている鏡の端に、俺の姿が映っていることに。そのことに、少女が気づいたことに。
少女はゆっくりと振り返る。その顔は真っ赤に染まり、その目は細く尖っていた。
「い、居たんだね……イロハ君」
ヴィヴィの体は小刻みに震え、首にまで汗をかいている。
「……お前、着たかったんだな。ソレ」
「~~~~~~~~~~っっっ!!!!」
ヴィヴィはそこら中にある薬品を投げてくる。
「ば、バカよせ! 肌に触れたらヤバい薬もあるだろ!」
「うるさい! 黙れ! こんな恥背負うぐらいなら一緒に死んでやる!」
「落ち着け! 騒いだら上から2人が来るぞ! 恥を上塗りするつもりか!」
ピタリ。とヴィヴィの動きが止まる。
「それもそうだ……」
「はぁ。まったく」
俺は錬成室にある椅子に座り、腰のベルトに結んだストレージポ―チから画用紙と鉛筆を出す。
「な、なにをしてるんだい?」
「悪いけど、あんまし時間は掛けられないからな。遅いと2人が心配して下りてきちまう」
俺は鉛筆を指で回す。ヴィヴィは俺が言っていることを理解すると、体の前で両手を繋いだ。
「……よろしくおねがいします……」
珍しく殊勝な顔をするヴィヴィを、俺はそのまま鉛筆で描いてやった。
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