第74話 救いの糸
「ニコラス……!? ……あのニコラス=フラメルですか……!?」
ニコラス=フラメル。伝説の錬金術師と呼ばれている存在。
なんだってルチアの体にニコラスが入っているのかはわからない。問題は……どうもコイツが善人には思えないことだ。
「アンタが入っているその体、俺の友達なんだ。解放してやってくれないか」
「ならぬな。特になんの素養も感じないが、精神の波長は合う。大切な私の依り代だ。もっとも、貴様の体を寄越すというなら話は別だ。貴様も、隣の娘も面白いモノを持っている。特に娘の方……貴様のマナがあれば、無知無能なる現界の人間も一掃できよう」
相手は手ぶら。俺とフラムは武器を持ってる。これならやれる。
「フラム! 俺が前に出る。援護頼むぞ!」
「はい!」
俺はクリスタルエッジを握って前へ。
加減しつつ剣を振るう。ルチア……否、ニコラスは一歩下がって回避する。
「凄い錬金術師だがなんだか知らないが、陣も窯も無しじゃ何もできないだろ」
「ほう。どうやら私が居ない間に錬金術はかなり退化したようだな」
ニコラスは指を鳴らす。すると、ニコラスのすぐそばに合成陣が出来上がった。
宙に、光の線で出来た合成陣が浮かんでいる。あの光は……、
「マナか!?」
「ほれ、陣が出来たぞ? これでなんでもできるな」
合成陣が白く燃える。同時に、この地下空間全体の大気があの合成陣に引き寄せられる。
「……マナスティックを使わないで合成陣を起動させた……!? めちゃくちゃだなオイ!」
「で、ですが、いくら合成陣を起動させた所で、素材が無ければなにも――」
「愚かだな。風、炎、水。これらは大気中の物質を使い合成することが可能だ。見せてやる……これが、愚者共が『魔法』と見違え、恐れた技術だ!!! ――風錬成【フーパ】!!!」
車にでも撥ねられたと、錯覚するほどの衝撃が走った。
ルチアから急速に遠ざかり、気付いた時には壁に叩きつけられていた。
「うっ――がぁ!?」
背中が灼けるように痛い……!
「あ、ありえねぇ……オードリー先生のフーパとは、段違いの威力だ……」
地面に落ちる。全身がビリビリする。手に持っていたクリスタルエッジを、手から滑り落とす。
歯を食いしばり、片膝をついて体を起こす。
「はぁ……! はぁ……! フラムは――」
フラムは地に伏したままだ。俺は慌てて近寄り、脈と呼吸を確認する。
「呼吸はしてる……脈もある」
気絶しているだけだ。
やばい……やばいやばいやばい!!! 逃げようにも、上に帰るには10m超の穴を上がらないとダメだ。凹凸の無い壁を、10mも登るなんて――
「おーい。イロハくんやーい。そこにいるのかい?」
穴の先からヴィヴィの声が響いてきた。
「最高だお前……!」
あまりの嬉しさに叫びそうになった。
まさに、この絶望的状況に垂らされた1本の糸。
俺は穴の下に行く。上を覗くと、こっちを見下ろすヴィヴィとアランの姿があった。
「ヴィヴィ! 緊急事態だ! ルチアがニコラスに乗っ取られて俺達を殺しにかかってる!」
「なんだってぇ!? ……って、そんなこと信じられるか!」
「信じなくていい! いいから! ロープを錬成してこっちに垂らしてくれ! アラン! お前はこっちに――」
人影が黒いモヤも使わず、壁を蹴り飛ばしながら加速して俺の傍に着地した。
「やぁ。どうしたんだいイロハ君」
「お前は本当に人間か……」
両腕義手の眼鏡男、アラン。
アランは正面に立っているルチアを見ると、静かに頬に汗を這わせた。
「アレは……ルチアさんじゃないね」
「わかるか」
「うん。佇まいが違う」
「クックック……次から次へと良い素材が降って湧いてくるものだ。どれにするか悩むなぁ」
舌で唇をなぞり、品定めするニコラス。
俺はフラムの方を指さす。
「フラムは攻撃を喰らって気絶してる。フラムを回収して脱出するぞ」
「敵の武器は?」
「アイツは突風を巻き起こす。発動までの時間は約6秒」
「OK。6秒以上隙を与えなければいいんだね」
アランは前方へダッシュする。ニコラスは合成陣を宙に描くも、アランの接近を受けて合成陣を消し、アランと格闘戦を繰り広げる。
「ほう。やるな」
「……腕力はルチア君基準なんだね」
体力はルチアと同じ。それでも、アランと互角に渡り合っている。
ルチアのあの細い体でアランと互角なんだ。体術も相当だな。
俺はアランがニコラスを引き付けている内にフラムを回収し、背負う。
上の穴からロープが垂らされる。
「イロハ君! アラン君! ロープにつかまれ!」
「アラン!!」
アランは、ニコラスに右腕を掴まれていた。
「いいドライブモデルだ。だが」
ニコラスはアランの右腕にマナの合成陣を刻み、合成術を発動する。
アランの右腕が、錆びていく。
「空気中の水分と酸素を合成してやれば、金属などいくらでも崩せる」
「そうかい。ならくれてやる」
アランは右腕を射出した。
「なんだと……!?」
初めて動揺を見せるニコラス。ニコラスは射出された義手に腹を殴られ、吹っ飛んだ。アランはその隙にこっちにくる。
俺とアランはロープを掴む。
「ヴィヴィ! OKだ!」
ロープが自動で上がっていく。
ようやく地下から地上へ。元の教室に戻ってこられた。ヴィヴィは合成で作ったであろうロープの巻き取り機の傍にいた。レバーは人力で回したのだろう、ヴィヴィは疲労困憊だ。
「話は後だ。ここを出るぞ」
「わかっているが……やれやれ、少しは休ませてほしいものだ」
突風が穴から噴き出してくる。その風に乗って、ニコラスは現れた。
「ルチア君……か?」
「アラン! フラムとヴィヴィを頼む!」
俺はフラムをアランに渡し、ニコラスにタックルした。




