第49話 伝説の錬金術師
週明け。
登校中、ヴィヴィの背中を見つけた俺は歩くスピードを上げ、ヴィヴィの横に並んだ。
「おはよう。休みはなにしてたんだ?」
「アゲハさんの手記の解読だ。君は彼女とはうまくやれたのかい?」
「彼女?」
「ルチア君だよ。一緒だっただろ」
俺はつい、足を止めてしまう。
「見てたのか」
「ああ。君が彼女を部屋に招く様をバッチリとね」
「待て待て。なにか勘違いしているな」
早歩きでヴィヴィに近づき、弁解する。
「勘違い? 女性を部屋に招いておいて、勘違いもなにもないだろ」
ヴィヴィは蔑むような目線をぶつけてくる。
「あのなぁ……」
「君がどこの女と寝ようが私に関わり無いが、節度は保ってほしいな。君をここに招いた私の立場というものもある」
「話を聞けって!」
「いいよ。聞こうか」
ヴィヴィが俺の正面に周り、足を止める。
「ルチア君と、一体なにをしていたのかな?」
「それは……言えない」
ヴィヴィは、なんとも言い難い顔をしていた。
「ふーん」
まさに、『ふーん』って顔だ。
決して怒っているわけではなく、悲しんでいるわけでもない。半眼で、口は三角で、声は呆れたような感じだ。
「お先に。イロハ=シロガネ君」
トコトコと、ヴィヴィは先行する。その背中には『ついて来るな』と書いてあった。
「……俺はモナリザ以外の女と寝る気は無いっての……」
断じてな。
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月曜1時間目『戦闘訓練』。
「錬金術師はインテリなだけでは成り立たんぞ。賢く在れ。貪欲で在れ。そして強く在れ。それが錬金術師だ」
休み明け1発目の授業はなんと生徒同士の手合わせだった。
錬金術師は生産をメインとする職業、ゆえに戦闘能力なんて必要ないかと思うかもしれない。しかし、この一週間で起きた出来事を振り返るに、採取のためには危険な場所へ出向くこともある。魔物の素材が必要ならば魔物を狩らないといけない。錬金術師に戦闘能力は必要だ。
担当教員は入学式で司会をやっていたレイン=シルヴィー副校長だ。紺色のロングヘアーで、上半身には軍服のようなものを羽織り、下には短めのタイトスカートを履いている。誰から見ても美人だが目つきが刺々しくて怖い。
授業の場所は学校近くの砂浜だ。全員裸足である。海を前にしてバカンスとはいかず、ひたすら生徒同士で戦う。
武器は自由で、学校の倉庫にある物から選択できる。木剣、木刀、木槍、木盾。もしくは武器を使わず、素手で戦うのもアリ。素手とは少し違うが、アランは義手で組手している。一方でヴィヴィのライトニングロッドのような錬成杖や弓などの遠距離武器は使えない。あくまで近接戦闘の訓練、というわけだ。とは言ってもずっと近接戦闘の訓練をするわけではなく、授業が進めば錬成して作った爆弾などの兵器を使った演習もするらしい。
この戦闘訓練で目立っていたのは3人。
まずは我らがアラン=フォーマック。甘いマスクで男子たちをなぎ倒していく。
次に女子のスプーシー=フォークキット。褐色肌で、女性ながら腕っぷしがある。顔にペイントを施しており、まるでアマゾネスのように獰猛な女子だ。手に大きな木槍を持ち、男子に混じっている。
3人目はブルース=ゲイル。人間と鳥を足して2で割ったような風貌の男子生徒。顔はまんま鳥だ。物静かだがその戦闘力は凄まじい。木剣でばったばった相手を倒していく。
「つか、鳥人間が当たり前のようにいるって凄いな」
ブルースの腕には羽がついていて、顔にはクチバシもあって、全身に青い体毛がある。
アラン、スプーシー、ブルース。自然とこの3人はグループになり、2人が手合わせ、1人は審判という形で手合わせを回し始めた。
俺は適当にクラスメイトと手合わせをした後、ヤシの木の下に向かう。休憩タイムだ。ついでに木影でカタツムリみたいに倒れている団長を励まそう。
「大丈夫かヴィヴィ」
「……大丈夫ではない。まさかランティス錬金学校がこんな非効率な授業をするとは思わなかったよ……! すぐにでも意見書をまとめ、上層部に提出しなければな……」
「やめとけ。お前にこれほど必要な授業もないだろ。体力つけろ」
「偉そうに……性欲に塗れた猿が……」
「OK。助けはいらないみたいだな」
立ち去ろうとする俺のズボンの裾を、ヴィヴィは掴んで止める。
「すまない。謝罪する。頼むイロハ君、水を……水を頭からぶっかけてくれ……」
「はいはい。待ってろ。いま汲んで――」
ばしゃあ! と、バケツでヴィヴィの体に水が掛けられる。
水を掛けたのはレイン副校長だ。
「すまない。多かったか?」
「いえ、気持ち良いです……」
ビショビショの頭を起こしてヴィヴィは言う。レイン副校長に悪気はないだろうが、明らかに掛け過ぎだ。もちろんヴィヴィは笑顔ながらも怒気を発している。
「お前は手合わせよりまずスタミナの補強だな。次の授業からはランニングを中心とした特別メニューを組んでやる」
ヴィヴィは「げ」と顔を青くさせ、俺の背中に隠れた。スタミナ訓練なんて、絶対怠いもんな。
「私はあなたには錬金術を教えて頂きたいですね。レイン副校長」
とヴィヴィは話を変える。
レイン副校長は鉱物学のスペシャリストなんだっけな。賢者の石は『石』なのだから分類としては鉱物のはず。賢者の石を造りたいヴィヴィが鉱物学のスペシャリストに興味を持つのは当然か。
「お前がスタミナをつけたら考えてやる」
「本気で、考えてくれますか?」
「ああ」
レイン副校長の発破は効果てきめんだったみたいだ。ヴィヴィの顔に活力が戻った。錬金術マニアのヴィヴィは錬金術を餌にすれば釣れる。
「ところでイロハ。お前はまだ体力あるな?」
「ええ、少しだけなら」
「ならば立て。私と手合わせしろ」
「え……?」
レイン副校長は手に木刀を持っている。
「さっきから本気を出していないのはわかっている。私の目は誤魔化せんぞ」
「いや、そんなことはないんですけどね……それより先生、授業終わり5分前ですよ? 集合掛けなくていいんですか?」
レイン副校長はポケットから出した腕時計を見る。
「……楽しみは次の機会に取っておくか。――集合だ! 皆集まれ!」
危ない。なんとか今日は逃げきれた。けど次は逃げきれないだろうな……。
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2時間目は2度目の植物錬金学だ。
今回は座学ではなく実践だ。机にある小型錬金釜で与えられた課題をこなす。その課題は――『クスリ餅』。
用意されたのは3種類の薬草と『ベース餅』と呼ばれる白い餅。このベース餅と薬草を錬金術で組み合わせると化学反応――否、特殊な錬金反応が起き、強い薬効効果を持ったお餅、クスリ餅ができるらしい。クスリ餅の効果の種類は薬草の種類に依る。
これが意外に難しく、美味しくできても薬効が発現しなかったり、逆に薬効が発現しても食感がべちゃべちゃしたり、と両立ができなかった。
どうやら俺は口に入れる物を錬成するのが苦手らしい。
ヴィヴィは上手くクスリ餅を作っていた。料理はできないクセに、それは美味いクスリ餅を作っていた。コイツは鍋を振るより窯を回した方が美味い料理が作れそうだ。
できなかった。とは言えつまらなかったというわけではない。むしろ逆だ。武器の錬成や虹の筆の錬成は上手くできたのに、明らかにそれらより難易度の低いクスリ餅の錬成に失敗したことは俺の中では嬉しいことだった。そう簡単に何でもできたら面白くない。
2時間目が終わり昼休み。俺はあらかじめ買っていたサンドウイッチで腹を満たす。昼休みはダラダラとしている間に終わり、3時間目が始まる。
3時間目は“錬金術歴史学”。担当はオリバー=ハット先生。背の高い白髪のお婆さんだ。
「錬金術の歴史の始まり――それは四世紀頃。古代ギリシャと古代エジプトでほぼ同時期に錬金術師が誕生しました。ギリシャの錬金術はキメラ研究をはじめとした生物を対象とした錬金術を、エジプトでは鉱物の加工・昇華を目的とした鉱物を対象とした錬金術に特化しておりました。現在、我々が学んでいる生物錬金学の起源はギリシャに、鉱物錬金学の起源はエジプトにあると言われていますね」
オリバー先生は歴史を深く掘り下げるのではなく、浅く、サラッと現在に至るまでの歴史を語っていく。
「錬金術の第一次繁栄期は六世紀、ギリシャ派とエジプト派の合流によっておきます。2つの流派は最初こそいざこざはあったものの、すぐに和解し、互いの学問を組み合わせ錬金術を大いに発展させました。それから暫くの間は平和な時が流れたものの、十二世紀に問題が発生します。魔女狩りと呼ばれる、錬金術師の大虐殺です」
魔女狩りというものは知っている。
魔女、とは魔術を使う女性を指す。この魔女を異端審問に掛け、処刑することを魔女狩りと言う。魔術を使うことは古代においては重罪であり、魔術を使える魔女は問答無用で重罪人とされた。なぜ女性のみなのか……それはその時代において女性蔑視および女性敵視が強く、それでいて男性の権力が強かったからだろう。魔術は女性のみしか使えないと決めつけられていたそうだ。
俺の世界では、この魔女狩りは男性による女性虐殺および女性凌辱の悪しき歴史として捉えられている。実際には魔女なんておらず、ただ男性が女性を虐げるための口実として魔女という用語を使ったに過ぎない――とされていたが、どうやら錬金術師の世界では違うらしい。
「錬金術師の女性は魔女と呼ばれ、捕獲され、処刑された。その数は100万人に及ぶと言われております。地区によっては男性の錬金術師も対象にされ、男性錬金術師も20万人程が処刑されました。当時の錬金術では数の利に勝てず、錬金術師はその数を十分の一まで減らしたと言われています。錬金術師は魔女狩りから逃れるため、未開拓の孤島に拠点を移し、そこに錬金術師の国を作った。これがアルケーの原形となります。そして同時に、錬金術の秘匿化が進められた」
授業が進みにつれ、眠る生徒も増えてきたが、俺の頭は活性化していた。だって普通に面白くないか? 他の連中からすると常識で、聞き飽きたことだろうけどさ。こっちの歴史と錬金術師の歴史が僅かにリンクしているんだ……面白い。
「1度は衰退の道を辿った錬金術ですが、十四世紀にある英雄の手によって第二次繁栄期を迎えます。その名は――ニコラス=フラメル。ニコラス賞という名前は彼から取られたものです」
ニコラス=フラメル……確かヴィヴィのいた教育機関ヘルメスの目的は、このニコラスを賢者の石で復活させることだったよな。やっぱそれだけ凄い人なのか。
「彼はあらゆる面で天才でした。賢者の石、フェニックス、ユグドラシルの基礎構築理論の形成。ストレージポーチの開発。合金液の大量生産ラインの確保。合成術の開発。まさに錬金術の申し子……彼は錬金術の力で若い肉体を保ち、十六世紀までその命を維持した。表の世界では十四世紀にこの世を去ったとなっていますけどね」
どの世界にもいるもんだな。突然変異の如く、常人を超越する天才が。
「さて稀代の天才と呼ばれる彼でしたが、十五世紀にニコラス=フラメルと同等の才能を持つ錬金術師が誕生したのです。この2人により、錬金術はまさしく全盛期を迎えます。ニコラスと同等の才能を持つ存在、その名は――」
どうせ聞き馴染みのない名前だろう。そう――思っていた。
だが次にオリバー先生が口にした名は、俺も知っている人物の名前だった。
「レオナルド=ダ=ヴィンチ」




