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歪な世界の反逆者  作者: アレシア
1章
7/9

もたらされた弊害

元の街に逃げ帰ったカルルは、ゼェゼェと息を切らせながらその場にへたり込んだ。


後方を見るが、もうあの鳥は追ってこないようだ。命の危機を感じたがどうにか逃げきれたようだ。


あの後、逃げている途中で、カルルの足音に反応したスピアドリが再び襲いかかってきた。


嘴や爪の直撃を免れるべく、樹木の影に隠れたり、カルルの横に走らせている魔物を囮にしたりと、工夫を凝らしながら街に逃げてきたのだ。


森を抜けるまで追ってきた時は、どうなるかと思った。腕を引っ掻かれたが、傷は自然に治癒するほど浅い。怪我をしたとは言え、その程度で済んだことは不幸中の幸いということか。


おもむろに立ち上がると、報酬を受け取るべくギルドに向かった。


クエスト達成の証拠となるオオトカゲの足は、しっかりと握りしめたままだったので落とさずに済んだ。


オオトカゲの足10本と引き換えに銀貨15枚を受け取ると、カルルはすぐ様風呂屋に向かった。


ここ1週間は風呂に入っていない。折角なので身を清めようと思ったのだ。頭、体、顔を洗って汚れを落とし、入浴をして疲れを癒した。


風呂から出てサッパリした後は、新しい服を買いに行くことにした。ボロ布同然の装いでは格好がつかないし、そろそろ新しい服が欲しいと思っていたところだった。


衣服店に入ってすぐに、目に入ったベージュ色の布製の長袖の服とカーゴパンツを手に取った。


カルルの住む世界は1年を通して涼しい。転生者いわく、【いっつも秋の陽気】とのことらしい。


秋というのはよく分からないが、ともかく肌の露出が低くて動きやすい格好をしていれば寒暖による辛さを感じることはない。


試着室で着替えから会計に向かう。ついでに、売り物として会計の横にぶら下がっていた【布袋】も購入して腰にまくと、手持ちの銀貨を流し入れた。


手に持ったボロ布同然の服は道端に投げ捨てて、唯一手にしている【魔物図鑑を】捲りながら、ギルドを目指して道を歩く。


ゴブリン、コボルト、スライムなどの項目を飛ばしつつ、スピアドリについて書かれているページを見つけると、道の端に座って読み始める。


スピアドリ。肉食で、ヤリのようなクチバシとツメを武器に獲物を仕留める。普段は温和な性格だが、どうやら縄張り意識が非常に強くて、入ってきた者は命を奪うまで森の中を追いかけ回すとのことだ。


つまりカルルは、知らず知らずのうちにスピアドリの縄張りに入ってしまったらしい。


獣らしくひとまず食欲を満たした後、敵とみなしたカルルとその取り巻きの魔物を殺すべく追いかけてきたということだろう。


なお、スピアドリは知能が低く、10分と目を離した途端、相手の顔や外見などの記憶は2歩と進まぬうちに忘れてしまうと言われていると書いてある。


それが、敵対している者であっても同様とも書かれている。


森を抜けたカルルのことは、もう覚えていないということだろうか。もしそうであれば、これから縄張りに入らないように気をつけさえいれば再び襲われることはない。


図鑑を閉じて安堵の息を漏らす。森には入った途端に襲われる心配はないので、これからあの森のクエストを受けても問題ないということだ。


そして、ゆっくりと腰を上げると、正面を向いて歩きだそうとした時のことだった。


「...なんだ?」


カルルが目を細めて首を伸ばした先は、その他の人々が歩く通路の外れにある大きな池だった。その傍に誰かがいる。


数は1人だ。髪の長さからして女性だろうか。遠くから見ても分かるほどやせ細っており、ボロ布を纏いながら何かを両腕で抱き抱えている。


白い布で包まれた何かだ。角度の問題で、それが何かは見えない。


普段であれば、そんなものは見過ごしてすぐ左側にあるギルドに入ってしまう。カルルの住む街には、そのような装いと体をした人など掃いて捨てるほど存在するからだ。


しかし、今回に限ってそれが妙に気になった。上手く言い表せないが、何か嫌な予感がした。


その女性は、体を前後にフラフラと揺らし、何かの拍子に何かを池に投げ入れた。


ボチャン___という音は、カルルの両耳に飛び込んできた。


ほぼ無意識のことだった。


カルルは、池に向かって走ることと同時に、口笛を吹いて1匹のコボルトを呼び寄せていた。


「水音を鳴らした元凶を拾ってこい」


そう脳内で命令すると、コボルトは凄まじい速さで走っていき、池の中に飛び込んだ。


コボルトという魔物は非常に弱いが、泳ぐことは得意であると魔物図鑑に書いてあった。潜水も得意で、最大3分以上も水の中に潜っていられるらしい。


「そこのアナタ」


カルルはやっと池の傍にたどり着き、すぐ横にいる女性に話しかけた。


背の高さや見た目からして、歳は18くらいだろう。肌は青白く、目は虚ろだった。遠くから見た通り、骨や脈が浮き出ているほど酷くやせ細っている。


女性は、カルルの声が聞こえないのか、口を半開きにしたまま呆然としており、身動き1つ取らずに池の水面を見つめていた。


「...聞いていますか?今、一体何を投げ入れたんですか?一抱えもあるモノでしたよね?」


「...」


女性は、カルルの返答に答えることなく頭を垂らし、突然何か咀嚼しているかのように口元を動かして、何かをつぶやき始めた。


「...わ...の...あ...か...」


女性が答え終える前に、コボルトが水面から頭を出した。


体震わせて水気を飛ばすと、カルルの前に立って何かを差し出した。


「これは...」


コボルトが拾ってきたそれを見た時、カルルの目が見開かれた。


思わず声に出てしまうほどだった。カルルは魔物図鑑を足元に落とすと、震える両腕でそれを受け取った。


コボルトが池から拾ってきたのは、黄ばんだ布に包まれた全裸の赤子だった。


目は完全に閉じられており、泣き声一つすら発していない。急いで心臓に耳を当てると微かに音が聞こえて、首筋を触ってみると脈も感じた。


どうにか生きているようだ。


カルルは、安心したように息を吐くと、赤子を抱いたまま女性に近寄る。


「この子はアナタの子ですが?」


優しく静かにに尋ねるカルル。まだこの女性が、赤子を捨てた張本人と決まったわけではないからだ。


「...な...で」


「はい?」


「なんで!」


女性は、噛み付くようにカルルに攻めよった。


「どうして拾ってくるのよ!どうせ私も赤ちゃんも生きていけない!だから、自分の気持ちを必死に押し殺してまで私の赤ちゃんを捨てたというのに!なんで余計なことをするのよぉぉ!!」


自白と同時に、号泣しながらカルルの胸ぐらを掴む。そして、「今すぐ捨てて!私の言う通りにして!早く池に捨ててよぉ!」と金切り声を上げている。


「...」


カルルは、無言で女性の腹を蹴り飛ばして無理やり引き離した。


「うぅ」という短い悲鳴を上げながら地面に倒れる女性を睥睨しつつ、諭す様な穏やかな声でこう言った。


「アナタが勝手に悲観して自殺することは止めません。ですが、この子には何一つとして罪はありませんよね?アナタの身勝手で産んで、それで邪魔になったらこの子を殺すというのは筋が通りませんよ?この子にとって、アナタの事情なんて一切関係ないんですよ?」


「黙れ!...黙れ!黙れ!黙れ!黙れ!黙れぇ!!アンタみたいな赤の他人に何が分かるのよ!ガキなんて産みたくて産んだんじゃないのよ!!!生活が苦しいって時に産まれるなんて!本当に最悪よ!!冒険者業をクビになってフラフラしていたあの男には逃げられるし、どうして私だけが嫌な思いをしなきゃならないよぉ!」


通行人達から浴びせられている、訝しむような視線を意に介することなく叫び続けている。


すると突然、女性は絶叫しながら髪を振り乱し、右の拳で硬い地面を何度も殴りつけ始めた。拳の皮膚が裂けて肉が露出して、血が滲んでもなお殴り続けている。


「どうして私だけがっ!」といった嘆きを絶えずに吐き出す、女性の姿を見たカルルは、もはや話し合いはできないと理解した。


「...アナタが母親に値しない女性であることはよく分かりました。気が済むまでずっとそうしていてください」


カルルは、そばで控えていたコボルトに、魔物図鑑を持って付いてこいと命令すると、赤子を抱いたままその場から立ち去った。


いまだ止まぬ女性の絶叫を背中に受けながら。



カルルが向かった先は孤児院だった。


様々な事情によって、親と暮らせない子供の衣食住を提供する施設だ。池から徒歩15分のところに位置する古めかしい孤児院は、見るからにボロボロで、外から見ても分かるほどにガラス窓が割れている。


カルルは、入口を掃除していた女性スタッフに声をかけた。


それから、押し付けるように赤子を預けると、そのままギルドに向かうために足を進めた。


これで赤子は死なずに済むはずだ。それ以降のことは知らない。とにかく、見殺しにするようなマネはさせたくなった。


「...」


今の世界は、転生者による職業の独占が盛んである。冒険者という職をもつ者が飽和して、力のない未熟な冒険者のほとんどが辞めざるを得なくなってから、街中に失業者が溢れているのだ。


職業を奪われた人間はどうなるか?


当然稼げなくなる。稼げなくなれば、毎日物を食べることさえままならない。


そうなると、少ない貯金を切り崩しながら貧困に喘ぎつつ生きていくしか道はなくなってしまう。そして、金が尽きた時...命の終わりを迎えることになる。


失業したのならば、他の仕事に再就職すれば良いのではと思うかもしれない。しかし、この世界ではそうはいかない。転生者は必ず冒険者になるわけではないからだ。


道路工事、農業、漁業、林業など、元冒険者が出来る力仕事は、どれもこれも転生者によって奪われてしまっているのが実情だ。


そこに就職することは当然不可能であり、チートと呼ばれる能力で効率よく仕事を進められてしまうせいで、大半の職員は不要となり解雇されたことも記憶に新しい。


なので、職にありつけずにそのまま餓死する者や、池にわが子を投げ入れたあの女性のように、人生を悲観する者が後を絶たない。カルルは、野垂れ死んでいる人々を何度も見てきた。


転生者という名の、この世界にもたらされた弊害。異世界人という異物が混入した途端、何もかもが狂ってしまった。


誰もがその事実に気がついている。このままではいけないことは知っている。しかし、誰もそれを変えられないしそんな力もない。


ならば自分が。復讐の炎を燃え上がらせていた、あの女神から与えられた能力で、カルル自らが世界を変えていかなければならないようだ。


決意を新たに、カルルはギルドの扉を力強く引いた。

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