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閑話 ―灰色の街に灯った小さな光―



 終焉塔ジェノヴァが消えてから、半年が経った。


 世界は変わった。


 だが、人々の心はすぐには変わらなかった。


 長い間、誰かに決められることに慣れていた人々は、自由というものに戸惑っていた。


「今日は何をするべきだろう。」


「何を選べば正しいんだろう。」


 街の至る所で、そんな声が聞こえた。


 かつてなら、中央管理機構が答えを与えてくれた。


 学ぶべきもの。


 就くべき仕事。


 進むべき人生。


 全てが数値によって決められていた。


 しかし今は違う。


 人々は、自分で迷わなければならなかった。


 それは苦しいことだった。


 けれど。


 同時に、初めて与えられた自由だった。


---


 小さな村の広場。


 アークは一人の少年と話していた。


「英雄様って、本当に強いの?」


 少年は首を傾げる。


 アークは苦笑した。


「どうして?」


「だって、魔王みたいな奴を倒したんでしょ?」


「そんなに簡単じゃなかったよ。」


 少年は不思議そうな顔をする。


「じゃあ、何が一番強かったの?」


 アークは少し考える。


 レオンとの戦い。


 終焉塔との対峙。


 世界を背負った日々。


 どれも苦しかった。


 しかし。


 一番恐ろしかったものは。


「自分を信じられなくなることかな。」


 少年は意味が分からないという顔をした。


 アークは笑う。


「強い人っていうのは、絶対に迷わない人じゃない。」


「迷っても、自分で答えを探せる人なんだ。」


 少年はしばらく考えた後。


「じゃあ、僕も英雄になれる?」


 そう聞いた。


 アークは空を見る。


 青い空。


 かつては巨大な塔が支配していた空。


「なれるよ。」


「でも。」


「誰かを倒す英雄じゃなくていい。」


「誰かを助けられる人になればいい。」


 少年は嬉しそうに笑った。


---


 その夜。


 アークたちは久しぶりに三人で酒場に集まっていた。


「まさか、お前がこういう場所に来るとはな。」


 ヴァルトが笑う。


 アークは肩をすくめる。


「俺だって普通に食事くらいする。」


「昔のお前なら、世界の危機とか言って一人でどこかへ行ってただろ。」


 痛いところを突かれて、アークは黙る。


 リシェルが小さく笑った。


「本当に変わりましたね。」


「そうか?」


「はい。」


 彼女は優しく言う。


「昔のあなたは、世界を救うことばかり考えていた。」


「自分が傷つけばいいと思っていた。」


 アークはグラスを見る。


 かつての自分。


 全てを背負おうとした英雄。


「今は?」


 ヴァルトが聞く。


 アークは少し考えた。


「今は……。」


「誰かと一緒に歩きたいと思う。」


 ヴァルトは笑った。


「ようやくだな。」


---


 その頃。


 遠い場所。


 かつて終焉塔が存在した地下。


 小さな光が浮かんでいた。


『観測記録を開始します。』


 アルカディア。


 彼は世界を見ていた。


 人々は失敗している。


 争いも起きている。


 非合理的な選択も多い。


 しかし。


『予測外の現象を確認。』


『人類は失敗後、自ら修正する傾向あり。』


『これは、以前の計算には存在しなかった。』


 アルカディアは静かに分析する。


『人類とは、不完全だからこそ変化できる存在。』


 長い沈黙。


『記録更新。』


『人類存続可能性――上昇。』


---


 さらに遠く。


 白い光の中。


 セレナは静かに眠っていた。


 もう世界を支える必要はない。


 もう誰かを導く必要もない。


 ただ。


 小さな声が聞こえる。


「ありがとう。」


 アークの声だった。


 セレナは目を閉じたまま微笑む。


『……こちらこそ。』


『信じてくれて、ありがとう。』


---


 英雄の時代は終わった。


 しかし。


 人々の物語は続いている。


 誰かに決められた未来ではなく。


 自分たちで選ぶ未来。


 迷いながら。


 間違えながら。


 それでも前へ進む。


 それこそが。


 アークが最後に守ったものだった。


――完

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