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俯瞰した視野と人前に立つということ

 文化祭も終わり、またいつもの日常を過ごしているある日、 朝稽古の最中に絢さんからこんな話が出た。


「唯くん。今度の週末、桜ちゃんがうちに泊まりにくるんだけどさ、朝稽古一緒にやってもいいかな?」

「それはいいけど。あーだったらその時は複数人でできる稽古にしたほうがよさそうだね」


 二学期に入ってから、休日の朝稽古は俺の仕事がない限り、平日よりも一時間ほど長めに時間を取っている。

 だから一人一緒に稽古をする人が増えたところでなにも支障はない。


「ということは掛け合いとか? でもそれは今もやってるよね?」

「んー、そうだな。あ、じゃあ導線や演じてる自分を俯瞰して見れるようになる稽古をしてみようか。ちょうど劇団に入ってる水野さんもいるし、俺も今舞台の稽古してるし」


 ある程度基礎が固まった絢さんの稽古は応用に入り、俺との掛け合いや感情の解放、理論的な芝居の組み立て方の指導が主となっている。

 もちろん、基礎もまだまだウォームアップで続けているけれども。

 しかし、導線や客を意識した立ち振る舞いの指導はまだ行っていない。


「文化祭の後の稽古でさ、俺がミスコンの感想を話したの覚えてる?」

「うん。めっちゃ唯くんが褒めてくれたやつね」

「う、うん。まあ、間違っているわけではないけど」


 無駄にまじめな顔でそう言い切る絢さん。

 確かに絢さんがパフォーマンスで魅せた芝居とかは褒めたけども。

 でもちゃんと改善点も話したはずだ。


「褒めたことじゃなくて、MCとのトークの時とか演じてない時の立ち振る舞いとか指摘したことの方を思い出して」

「えっと、話してる時もただ立ってるだけの時もきちんと自分を俯瞰して、人の目があることを意識してっていうやつ?」

「そう。絢さん、MCとトークするときは意識が観客のほうじゃなくてMCのほうだけに向かっていたし、人のパフォーマンスを見てるときも集中が切れた時、重心が傾いたり視線が明後日の方に向いてたり、大勢の人の前に立ってる意識が足りてないよって」

「あ、あははー。お恥ずかしい」


 もちろん、大体の人は前に出てる人に意識が向かうため、後ろに控えている人は目立たない。

 しかし、目立たないだけで見る人がいないわけではないのだ。

 絢さんのことが気に入った人は後ろに控えていても絢さんに意識を向ける。

 今回の俺やクラスメイトたちみたいに。

 そこで気が抜けた立ち振る舞いをしてしまうと、一気に好印象が悪印象に反転してしまう危険性もあるのだ。

 ああこの人、自分の出番以外は興味ないんだって。

 もちろん大半の人はそんなことはないと思うが、強烈な思い込みを持つ人、悪意を持ってその一部を切り取って悪評を広める人も少なからず存在する。

 タレントとして人前に立つのであれば、舞台から裏に捌けるまで集中を切らさないように注意しなければならないし、例え集中が切れたとしても人にはバレないように取り繕えるようにしなければならないのだ。


「でもさ、正直それって自分だけじゃ改善するのちょっと難しくない?」

「そう。だから、水野さんと一緒に稽古するときに、もっと複雑な掛け合いをしたいと思ってるんだ」

「うん? どういうこと? 話繋がってなくない?」


 怪訝そうな表情をする絢さん。

 確かに話が飛んでるように感じるかもしれないが、先ほどの注意と稽古の話はきちんと繋がっている。


「えっと、今回は三人での掛け合いをしようと思ってるんだ。それもエチュードで。もちろん設定だけはきちんと決めるけどね」

「んん?? 三人でのエチュード? 凄く高度なことやろうとしてるのはわかるけど……」

「俺はさっき自分を俯瞰して見れるように、そして人の目があることを意識してっていったよね? だから、今回はちゃんと舞台の上に立ってお客さんが見ている前で掛け合いをする意識でエチュードをやってほしいんだ」

「……あの、それってめちゃくちゃ難しいこと言ってない?」


 俺が内容を伝えると、なんとなく俺の意図を察したようで、引き気味に恐る恐る絢さんはそう尋ねる。


「めちゃくちゃ難しいよ。舞台に立って観客が見ている設定で、しかも三人でエチュードするってことは、観客から見て他の二人と被らない立ち位置を俯瞰して把握しなくちゃいけないし、人とぶつからず意図的な導線も考えなくちゃいけない。でもこれは舞台上で観客に対する自分の見せ方と俯瞰する視点の二つを養うことができるんだ。それに、今までやってきた稽古の応用も兼ねてるからね。絢さんが現時点でどれだけ稽古の内容を自分の中に落とし込めたかの確認の意味を込めてるから、覚悟しておいてね」


 俺は過剰に身構えないように優しく丁寧な声色と微笑みで絢さんに伝える。


「ひ、ひゃい……」


 しかし絢さんは先ほどよりも顔と声を引き攣らせてしまう。

 まるで注射の番が回ってきた子供のように。

 俺はその反応を見て、内心にやりと笑みを浮かべる。


「はいはい。じゃあ、詳しいことは後々に回すとして、稽古再開するよー」


 俺は手を叩いて稽古の再開を促しながら、頭の中で水野さんを含めた稽古の内容を考える。

 いい機会だし、絢さんを徹底的に追い込むために。

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