45 離れてみればよくわかる
なんとか《芳醇の国》の王城へ帰り着いた私は、皆に気を遣われながらベッドに直行し、そのまま泥のように眠ってしまった。
そして目覚めた時には、事態はほとんど片付いていたのです。
「アデリーナ、パーティーだぞパーティー! うまいものが食べ放題だ!!」
うきうきとはしゃいぐディアーネさんが言うように、今夜は急遽パーティーが催されるそうだ。
何のパーティーかって?
それはもちろん、この国を悩ませていた「謎の農地ボコボコ現象」の解決記念パーティーです!
私がグースカ寝ている間に、アレクシス王子側とフレゼリク陛下側が口裏を合わせ、《芳醇の国》の王に「農地を荒らしていた巨大なモグラを追い払った」という報告をされたそうな。
相性が悪そうな二人だけど、こういう時はちゃんと協力できるんですね。
……なんて、少し感心してしまったり。
喜んだ国王は二人の英雄のために盛大な宴を開いた――なんて、まるで昔話にありそうな展開にとんとん拍子に進んだらしい。
というわけで、あくまで侍女としてだけど私も今夜のパーティーへの参加を許された。
「パーティーってことは食べ放題ですよね!? 余ったら持って帰って来てもいいのかな?」
「ふむ、保存用の容器を持っていくか」
「それは少々行儀が悪いのでご遠慮いただきたいのですが……ふふ、その場で思いっきり食べちゃいましょう!」
きゃっきゃとはしゃぐロビンやディアーネさんの話を聞いていたら私もお腹が空いてきちゃったし、私も思いっきり楽しまなくちゃ!
……なんて、思っていたんだけど――。
「…………はぁ」
またしても、大きなため息が出てしまう。
そんな私をどう思ったのか、ディアーネさんが私の目の前に料理が山盛りの皿を差し出してきた。
「どうしたアデリーナ。せっかくの機会だから食べられるだけ食べないと損だぞ」
「……そうですね」
妖精族の神秘的なイメージはどこへやら、ディアーネさんはそんな俗っぽいことを口走っている。
そのお心づかいはとてもありがたいのですが……なんていうか、あまりがっつり食事をするような気分じゃないんですよね……。
「……アデリーナ様、軽くつまめるようなスイーツをお持ちしましょうか」
私が沈んでいるのに気が付いたダンフォース卿が、小声でそう声をかけてくれる。
その気遣いを無駄にするのも気が引けて、私は小さく頷いた。
「えぇ、お願い……」
「承知いたしました」
「よし、私も選んでやろう!」
私を元気づけたかったのか、それともただ単にどんなスイーツが用意されているのか気になったのか。
ディアーネさんはダンフォース卿と共にスイーツコーナーの方へ行ってしまった。
一人残された私は、壁際にぽつんと佇む。
壁の花……というほどの華やかさもない私は、あっという間に壁と同化してしまう。
でも今は、この誰にも気にされない時間が有難かった。
いつまでも辛気臭い顔を晒していては、皆に心配をかけてしまう。
だから二人が戻ってくるときは、笑顔で迎えなきゃ。
そう思っているのに……見たくもない光景から目が逸らせない。
「ねぇ、アレクシス王子殿下。もっとお話を聞かせてくださいな」
「恐ろしいモグラを追い払ったなんて、本当に素敵……!」
会場の一角に、若い女性が集まりきゃあきゃあと黄色い声を上げている。
その中心にいるのは、私の旦那様でもあるアレクシス王子殿下だった。
……昔からよく見る光景だ。
彼はどこに行っても人々の中心にいて、特に若い女性にはモテる――なんて言葉では言い表せないほどのモテっぷりを発揮していた。
私が「妃」の座に収まってからも、私の存在なんて無視してアピールをしてくる女性が絶えないほどなのだから。
それでも、私が王太子妃として隣にいるとき、いつもアレクシス王子は私を最優先してくれていた。
常に私を気遣い、私の存在を軽んじるような相手にはやんわりと牽制してくれていた。
もちろん、私よりも他の女性を優先することなんてない。
彼の隣の「妃」の座は、いつも私のために用意されていた。
王太子妃としてこういう場にいるときは、いつも緊張してばっかりでそこまで意識が向かなかったけど……こうして離れてみればよくわかる。
……どれだけ、アレクシス王子が私を大切にしてくれていたのか。
私が必要以上に気負わないように、嫌な思いをしないように、どれだけ気遣い、守ってくれていたのか。
……いつしか、それが日常になって忘れていたのかもしれない。
大好きな人の隣にいられるということが、どれだけ尊い奇跡なのかということを。