予想外の出来事
再開します。
これ以前の内容を少しだけ弄っています。
帝国の宰相であるポーは窮地に立たされていた。万事が順調に推移しており、このまま大きな問題も無く終わりを迎えると思っていたのだ。ところが、事態は最悪の方へと傾いてしまった。
帝国領が新たな領域と接した。全てはこの報せから始まった。この知らせを受けたポーはその領域へと斥候を送った。斥候はすんなりと侵入に成功し、その領内の情報をポーへと報せる。
その内容は、大気中の魔力量が異様に多いが大きな問題は無い事、骸骨が闊歩している事、鉄鉱床が有る事、そこに到るまでに防衛拠点らしき物がある事。
一つ目は旧帝国時代から判明していた事であり、既に把握している。二つ目は王国に侵入している内偵からも情報が来ており、教国にも確認が取れている情報だった。
問題は三つ目と四つ目である。周辺国と長年に渡り戦争をしている帝国にとって鉄とは幾ら有っても足りない物だ。さらにそこに到るまでに防衛拠点が点在しているが、最低限の守備兵らしき者しかいないとのことだった。
ポーはこれらの情報に加えて、帝国領に斥候らしき者の浸入が無い事から相手は政治及び軍事の素人と判断した。王国との戦闘で常に後手後手に回っていたという情報も、この考えを後押ししていた。
ポーは早速、占領地の警固兵や領域内の治安部隊、新兵等を中心に侵攻の為の軍団を編制した。ポーの考えとしては、敵拠点の兵力が少ない内に進軍し占領を狙う。その為に膠着状態にあり侵攻の難しい軍団から兵力を抽出し、それらを主力に攻勢作戦が立案された。
軍団の司令官にはポーの息子が任命され、孫も従軍していた。軍団の主力は何度も攻勢作戦を経験しており、伝え聞く骸骨共の様子から作戦の成功を疑いもしていなかった。
作戦は順調に消化されていっていた。防衛拠点の攻略に思いの外に苦戦してしまったが、次々と陥落させていた。鉄の採掘所近くの拠点も確保し、全作戦は達成された。
採掘された鉄は非常に良質な物と判明した。専門の採掘員が派遣され、後は攻略を担当した軍団と防衛を担当する軍団の交替を済ませるだけとなった。
しかし、帝国の誰もが作戦は終了したと思ったこのタイミングで、敵軍の反攻作戦が開始された。
敵軍は今まで何処に居たのかと思う程の兵が動員され、次々と防衛拠点へと殺到して来た。敵は抵抗の弱い拠点は次々と攻略し、抵抗の激しい拠点は包囲下に置いたまま後方へと浸透していく。
帝国占領下の最前線の防衛拠点には、司令官のアランとその副官であるエドガーが詰めていた。二人は親子で帝国宰相のポーの息子と孫である。この拠点は採掘場に一番近い場所にあり、最も規模が大きく最も防衛機能が充実している拠点であった。
「父上、ブランドン(砦を落とした部隊長の名前)砦が陥落いたしました」
「そうか、これでこの城も完全に孤立したな」
相手もこの城は気合いを入れて作っていたのか、かなり堅牢な作りである。一度だけ攻勢を掛けてきたが大損害を被り、それからは城を囲んでの睨み合いが続いていた。
「敵はどの程度の規模か概算は出来たか?」
「はい。連絡の取れていた拠点などからの情報から推察するに、五十万はいるかと」
「五十万、か」
「はい。ただ攻略や包囲に参加せずに通過していった兵が多く目撃されていますので、これよりも上回る可能性は非常に高いです」
「……そうか」
帝国軍はこの大反攻作戦の前に為す術も無く、ただただ時を過ぎるのを待つ他に無かった。前線の拠点の何ヵ所かでは未だに抵抗が続けられていたが、後方とは遮断され物資等の補給品は日に日に減っていく一方だった。
帝国本土のポーの下にもこれらの報告はもたらされ、日に日に状況が悪化していく様をただ聞く事しか出来なかった。
「宰相閣下」
「どうした」
「ヴェルダ要塞が陥落いたしました」
「……何? 今何と言った?」
「ヴェルダ要塞が陥落いたしました」
「何と言うことだ」
一人で執務室に籠るポーの下に部下が報告する。その内容は、耳を疑いたくなる様な最悪のものだった。
「死の荒野以北はヴェルダ要塞まで遮る物も無く、一気に侵攻されたものかと」
「それはそうだろうなっ! ヴェルダ以南に抵抗勢力が居なくなって久しくっ、まさか死の荒野方面から侵攻される様な事があるなど誰も予想していなかったからなっ!」
「はぁ」
部下の淡々とした報告がなされるが、何時もの事なのかポーに気にした様子は無く、一人で問答を繰り返す。。
「不味い、不味いぞ。あの地域は何故かは知らんが、毎回豊作な穀倉地帯だ。だが失ったからといって帝国が傾く程の規模ではない。問題はそこではない。侵攻したのに帝国の領域を奪われたことが問題だ」
死の荒野は盆地であり、魔力の噴出地だけで無く、周辺の魔力が流れ込んでくる地である。故に荒野は魔力濃度が高過ぎ、不毛の地となっている。ところが、その外縁部は常に最適な魔力量で満たされている為、どの地点でも豊穣な地となっている。
人間側も十二王側も作物と魔力の関係に気付いている者は未だにいない、何故かは知らないが豊かな土地と認識されている。
「あぁ、どうする。こんな筈では……」
鉄欲しさに隣領に手を出したポーだが、その結果は領域の失陥と多くの将兵が敵地に取り残されるという最悪なものだった。骨人共は大人しく、基本的には無害な種族だと聞いていた。それがまさか反撃してくるのみならず、逆侵攻してくるとは思いもしていなかった。
あの報告から数日後。一人の兵士が死の荒野から帰還する。鎧は欠損し、身体に傷の無い部位は少く、何より頬が痩ける程に痩せ衰えていた。
この兵士は別方面の軍団から引き抜かれた者で、司令官のアランと同じ拠点に籠城していたと言う。敵の反攻が開始された当初は伝書鳩等により各拠点との連絡も取れていたらしい。
ところが日が経つに連れて連絡の取れる拠点は減っていき、遂には後方の拠点からも連絡の途絶える所が出始めたと言う。
敵はアランの籠る拠点には一度だけ攻勢を仕掛けて来たが、それ以降は包囲するにとどめていた。他の拠点でも何ヵ所かから同様の報告が届いていた。
少ない連絡の取れる拠点も段々と少くなっていき、アランの籠る拠点にも終わりの時が近づいて来ていた。矢などの物資は敵の攻撃も少ないことから在庫が有ったが、食料はそうはいかなかった。
連絡の取れていた最後の拠点からも連絡が途絶え、拠点の食料は数日で底を着く量しか残ってはいなかった。既に食事制限はされており、これ以上の延長は不可能だった。
このままでは餓死する。前線に配置されている将兵は皆が実戦を経験している者達だったので指揮が崩壊する事は無かったが、同時に自分達の置かれた状況も理解できていた。
このまま戦わずして死ぬのか? 答えは、否だった。全員が戦って死ぬことを望んだ。残り少ない食料を最後だからと盛大に振舞い、最後の晩餐を楽しんだ。酒も控えめだが振る舞われた。
拠点に籠る将兵総員での最後の突撃が行われる。誰一人として生きて帰る事は出来ないだろうと考えていた。ほぼ全員が敵陣地へ向かって突撃していったが、一部の部隊は包囲の突破を目指して突撃した。
帝国に戦いの詳細を報せるための伝令を離脱させるためだった。主力が敵本陣だと思われる陣に突撃し、敵を誘引する。その隙に包囲の薄い地点を突破して伝令を放つ作戦だ。
作戦は成功し、多くの者が包囲を脱することが出来た。伝令を脱出させる為に包囲を突破した部隊は、伝令の離脱の確認後に再度敵へと突撃、伝令がより遠くへと行けるように時間を稼ごうとした。
誰もが帝国へと辿り着く事は無いだろうと考えていた。離脱に成功した伝令達も辿り着く事は無いだろうと考えていた。それ程の困難が予想されていたが、誰一人として最後まで諦める者はいなかった。そして一人の伝令が帝国へと辿り着く。
骸骨との戦闘の詳細を報せた兵士は、役目を終えると静かに眠りに就いた。その顔は達成が不可能だろうと考えられていた役目を果たした達成感からか、穏やかな表情をしていたという。




