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出発の日

翌日。

トルルの街へ行き、アレク様やアージュと合流した私達は、道中摘まむ為の所謂おやつを数個買うため、市場を闊歩していた。

隣国へ向かうのに使用する馬車は、公共の乗り合いではなく、ハイヴェル家のものを借りる事になっている。

まあ、ハイヴェル家の者であるアレク様自身の専用馬車らしいから、アレク様が旅行の一員としている以上、借りる、というのもちょっと違う気がしないでもないけれど。


「クレハ、クレハ! このキャンディ美味しそうだよ? 五種類のフルーツ味だって!」

「わ、本当だ、色とりどりで綺麗だね! 買う?」

「うん!」

「クレハちゃん、アージュちゃん、あちらにスコーンやクッキーを売る店があるみたいですわ」

「え、どこどこ? それも食べたい!」

「あちらです。左手の、オレンジ色の屋根のお店ですわ」

「あ、あそこだね! じゃあ次はあの店に行こうか」

「うん!」

「おいおい、お前達、どれだけおやつを買うつもりなんだ?」

「苺とかベリーとかのフルーツに、ポテチなんかももう買ってるんだよ、三人とも? なのにまだスコーンやクッキーも買うの?」

「……程々にしたほうがいいと思うよ」

「えっ?」

「あっ」

「そ、そういえば……」


店を次々と物色しながらはしゃぐ私達の後ろで、フェザ様やアレク様、シヴァ君が呆れたような声を上げる。

その声に、私達は小さな声を発し、我に返ったように自分達が手にしている袋を見た。


「……ちょ、ちょっと、買いすぎてる……?」

「か、かなぁ? ……久しぶりの旅行で、浮かれすぎてた……ね?」

「はい。……でも、美味しそうですよ? あちらのスコーンとクッキー……」


袋を見つめたまま、罰が悪そうに苦笑する私達だったけど、イリスさんの言葉に、再びオレンジ色の屋根のお店に視線を戻した。


「……。……こ、ここのキャンディと、あのお店のスコーンとクッキーで、終わりにする、っていうのはどうかな?」

「う、うん……それで、いいと思う、よ?」

「ええ……六人いるんですから、食べきれますよ、ね?」

「…………はぁ、好きにしろ。甘すぎるものじゃなければ、食べられるからな」

「うん、僕も」

「……俺は、たとえ甘すぎても大丈夫だから。食べたいなら買うといいよ」

「わぁ、やったぁ!」

「ありがとう!」

「ではそうしましょう!」


今いるキャンディのお店とスコーンとかを売っているお店に交互に視線を走らせたあと、窺うようにシヴァ君達を見て尋ねた私達に、三人は諦めたように許可を出した。

それを受けて喜びの声を上げると、私達はすぐにキャンディを買い、オレンジ色の屋根のお店へと駆け出した。

その後を、ゆっくりと男性陣三人がついてくる。

終始そんな感じだった今日の市場での買い物は、言葉通り、オレンジ色の屋根のお店を最後に、終了した。


☆  ★  ☆  ★  ☆


「おや? クレハさん、シヴァさん?」

「え?」


市場を後にし、馬車に乗って出発するべくハイヴェル邸に向かっていると、大通りに出たところで背後から声をかけられ、振り向く。

するとそこには、ここ数日、毎日会っていた人の姿があった。

そう、吟遊詩人の、ユージンさんだ。


「こんにちは。今日は珍しく午前中の歌を聞きにいらっしゃってなかったので、急用かと思っておりましたが、街にはいらしていたのですね。午後の歌は、聞きにいらっしゃいますか?」

「あ……え、えっと、その。ご、ごめんなさい。突然なんですけど、私達、旅行に行く事にしまして。これから出発なんです」


にこやかに笑って尋ねるユージンさんに、私はほんの少し目線を下げながらそう答える。

するとユージンさんは軽く目を見開いた。


「おや、旅行に? それは……本当に、突然ですね? ちなみに、どちらまで?」

「り、隣国まで。生業にしてる錬金術で、まだ手にした事のない珍しい材料がある場所がわかりまして、それを取りに行くんです」

「ああ、錬金術の。そうですか……しかし、隣国までとなると、かなり日数がかかりますね。もしかすると、私がこの街に滞在している間には戻ってこれられない可能性もありますね」

「あ、はい……。ユージンさんの歌がもう聞けなくなるかもしれないのは残念なんですけど。でも、旅行も久しぶりだから……目的は採取ですけど、観光とかもして、楽しんでくるつもりです。だから……その、お元気で、ユージンさん。短い間でしたけど、素敵な歌を聞かせてくれて、ありがとうございました」

「……そうですか。いえ、こちらこそ、毎日聞きに来て下さって、嬉しかったですよ。クレハさんも、お元気で。旅行、楽しんでいらして下さい」

「あ、はい。ありがとうございます」


私がそう言い終えると、ユージンさんは私からシヴァ君に視線を移し、同時にその近くへと足を進めた。


「……シヴァさん。貴方も、お元気で」


次いでそう言うと、ポン、とシヴァ君の肩に手を置いて、耳元に口を寄せ、更に何かを言っていた。

それは小さな声で、私には聞こえなかったけれど、シヴァ君本人と、すぐ隣にいたフェザ様には聞こえていたようで、何故かシヴァ君は気まずそうな顔になり、フェザ様はこれまた何故か可笑しそうにニヤニヤと笑っていた。

そんな二人に構うことなく、ユージンさんはそのまま大通りの人込みの中へと姿を消して行く。


「……シヴァ君? 最後、何を言われたの?」

「っ、いや……し、視野を、もっと広く持ったほうがいいと、そういうような事を、言われただけだよ」

「視野を? 何、それ?」

「……ああ……」

「……そうかも、しれませんね」

「へ?」


私はシヴァ君の答えに意味が解らず首を傾げたけれど、アージュとイリスさんはどうしてか納得したように苦笑していた。

その後、私は訳知り顔の皆に意味を尋ねるも教えて貰えず、最後には旅行についての事に話題を返られ、誤魔化されてしまうのだった。

なんとか生きてはいます。報告。

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