7
部屋は、小さいながらもきちんとしていた。
春樹はベッドに腰かけ――小さくため息をつく。
あのとき、自分は一体何を言おうとした?
キィ……
軋んだドアの音にハッとする。セーガが入ってきたが、春樹は彼から目を逸らした。
セーガが何か言いたげにし、けれど結局口を閉じる。
重苦しい沈黙に耐え切れなくなり――沈黙を破ったのは、春樹の方だった。
「セーガ」
――“……はい”
「“聖駕”。……天子の……乗り物」
天子。――国を治める者。一国の君主。
「セーガ……。僕……セーガのこと、乗り物だと思ったことなんてないよ」
――“…………”
思ったことなどない。思いたくもなかった。
けれど、セーガが王を主人とすることが多かったというのも一つの事実。
こじつけだと、偶然だと笑ってしまえばそれで済むけれど。
春樹は複雑な気持ちでセーガを見た。ベッドの上で膝を抱え込む。
「今まではあまり気にしたことなんてなかった。
でも、葉兄が跡を継がせようとしているからには事情も違うよ」
ポツリ、ポツリと呟く。セーガは身動きもせずにこちらを見守るだけだった。
「……正直、僕は嫌なんだ。
運命とか宿命とか、そういったものに縛られてるみたいで……そーゆうのは、あまり好きじゃない」
春樹は、大樹のように簡単に常識を無視することなど出来ない。
だが、だからこそ。自分の将来までレールの上だと考えるには抵抗があった。
けれど。
「ただ……そういったものに抵抗するためだけに王になるのが嫌だなんて言うのは、
きっとすごく子供じみてると思う」
そんなことを思っていれば、そもそも王になる資格もないのだろう。
「だからね、ちゃんと自分で考えようって思ってたんだ。王になりたいのかなりたくないのか。
自分できちんと考えて、その結果なりたいんだったら……頑張ろうって」
――“……なりたいと思い始めているんだな?”
訊かれ、春樹は驚きに目を見開いた。中途半端な笑みが浮かぶ。
やはりセーガに隠し事は無理のようだ。
「うん……気持ちは少し傾いてる……」
ポツリと呟き、春樹は膝に顔をうずめた。さらに小さな声で呟く。
「――でも、自信は全然なくて……」
自分に自信が持てない。それが気持ちをはっきり出来ない何よりもの原因だった。
気持ちがはっきり出来ないから、何をやるにしても中途半端になってしまう。
そのせいでさらに自信がなくなってしまうのだから……とんだ悪循環だ。
「東雲さんの言う通り僕じゃ何の力もないし……セーガに頼ってばかりだし」
――“御主人”
セーガが歩み寄る。いつもより口調を硬くし。
それに敏感に気づいた春樹は半ば緊張して彼を見やった。
情けないことばかり言ってしまい、とうとう彼を呆れさせただろうか?
――“私には、あまり王への関心はありません”
「セーガ……? 敬語……」
――“敬語を使っても使わなくても、私は私で、貴方は貴方です。貴方は私の御主人です”
きっぱりとした口調。それは有無を言わせないほど強い意志を秘めていた。
――“繰り返しますが、私には王への関心はありません。
ですが主人が王になりたいと言うのなら、私はいくらでも支えてみせましょう。
ただこれだけは忘れないでください。
……主人が王でも、王でなくても。関係ありません。
……どうか、お側にいさせてください。守らせてください”
「……セーガ……」
――“――頼むから、守らせてくれよ。それが私の……俺の、存在意義だ”
こちらを見上げ、微かな笑顔。それはいつもと同じ頼もしいもので。
春樹は思わず、彼を思い切り抱きしめていた。
――“ご、御主人?”
「…………セーガ」
――“…………”
「……ありがとう……」
――“……それでこそ主人だ”
どこかホッとしたようにセーガが笑う。
つられ、春樹もいつものように笑ってみせた。




