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倭鏡伝  作者: あずさ
幕間「主よ我が加護の元へ」
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 葉に教えられて辿り着いた場所は、かなり深い森の中であった。

 人が歩くのであろう道は何とか見えるものの、周りはひたすら木々が鬱葱としている。

 時々聞こえてくるのは何かの羽音くらいで――正直、薄気味悪い。

 春樹と大樹は早くも後悔し始めていた。


「ホントにこんなとこに住んでんのかよ?」

「さあ……」

「つかそのじいちゃんって何歳?」

「……やっぱ百は軽く超えてるんじゃない?」


 何せひいひいじいさんときたもんだ。

 今までの家系がどれだけ早く結婚し子供を産んだとしてもかなりの老齢であるのは間違いない。

 失礼な話であるが、今の段階では「本当に生きてるの?」といった心境である。

 もし本当なら、日本でギネスに挑戦出来るのではないだろうか。


「でもさぁ、こんなとこにじいちゃん一人住んでたら……」

「うん……危険すぎるよね」


――“…………”

「セーガ?」


 春樹はそっと後ろを見た。セーガがずっと大人しい。

 もちろん色々と複雑な気持ちなのだろうが……。

 もし東雲が本当に生きているのなら、セーガは使命を途中で放棄したことになるのだ。


「そういえば、セーガは東雲さんのこと、看取ってないの……?」

――“……正確にはな。だが直前までは側にいたんだ。

   ……毎度のことだが、俺は主人の最期を看取ることはない。

   その前に契約は終わり、直前で引き離される”

「……そっか……」


 それは自分にも当てはまること。

 そう考えると、セーガの淡々とした言葉にも少ししんみりとしてしまった。

 だが今からしんみりしていても始まらない。春樹は振りきるように軽く首を振った。


 ギャアッ!


「「!?」」


 突然の声――というより音――に、二人は身体を強張らせた。

 次いでガサガサと音が大きくなる。何かが近づいてきている!?


「何……!?」


 とっさに封御を構える。セーガも素早く前に出た。


 ガサリ……


「……え?」

「春兄、何これ!?」

「わ、わかんない……」


 出てきたのは、無数の生き物だった。大きさはウサギほどでしかないが、きちんと二足歩行である。

 顔はのっぺりとしていて表情が読めない。


 倭鏡にはたまにこんな生き物が出てくることがあった。

 他にも潜んでいるであろうその数や姿はまだまだ未知数だ。


「ど、どんどん増えてくるぜ!?」

「……静かにしてろ」


 相手が何者かわからない今、下手に刺激するともっと危険が増す。


『……シンニュウシャ』

「え……」


 呟いた。そう思った瞬間、ソレが一斉に飛び掛ってきた!


「うわっ、何!?」

「わからない! とりあえずここを離れなきゃ!」


 封御で相手を振り払いながら走り出す。この数ではキリがない!


「春兄! こいつら渡威じゃないよな!?」

「それはないよ。核もないし封御も反応してない」

「じゃあ何で襲ってくんだ!?」

「あっちが僕らを敵だと思い込んでるんだっ……」


 どこか冷静にそう思う。

 しかし相手の『侵入者』という言葉はまさにそれを物語っているとしか思えなかった。

 相手は、春樹たちが縄張りを荒らしに来たのだと思っている。


 それなら敵意がないことを示せばいい。

 そうは思うのだが、この状況では上手くいきそうにもなかった。

 立ち止まっても問答無用で襲われるだけだろう。


「春兄! 前にもいっぱいいるっ!」

「そんな……!?」


 囲まれた!?


――“任せろ”


 周りを一蹴しようとセーガが駆け出す。その頼もしい背に、春樹は無意識の内に緊張を緩めた。

 と。


「――何じゃ。騒がしいと思ったら来客かの」


 聞き慣れない声に春樹は息を呑んだ。大樹も驚いたように声の主を見やる。

 殺気立っていた生き物はピタリと動きを止め――そして、セーガが静かに振り向いた。


 春樹は気づいた。セーガの目がわずかに見開かれたのを。声にならない呟きを漏らしたのを。


――“御主人……”


 声にならなかったその響きは、明らかに春樹ではなく――静かに佇む、一人の老人に向けられていた。


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