↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
倭鏡伝  作者: あずさ
10話「静かに鎮め夕月夜」
PR
88/153

6封目 殺さないで

「何……って……」


 浴びせられる視線は刺すように冷たく、大樹は上手く言葉を押し出すことが出来なかった。

 戸惑いを隠せない。彼のこんなにも冷たい眼を今まで見たことがあっただろうか。


「葉に……」

「獣人は武器だぜ? 兵器なんだ」

「なっ……」

「そんな危険なものは倭鏡に必要ねぇよ。壊すのが当然だ」

「――っ!」


 頭をがつんと殴られたような衝撃。

 信じられなかった。信じたくなかった。彼がそんなことを言うなんて。


「だからおまえももう獣人には……」

「……んな……」

「あ?」

「ふざけんなっ!!」


 ふざけるな。冗談じゃない。このままなんてたまるもんか。


「ルナは……みんなは好きでそうなったわけじゃねぇのに!」

「けどそうなっちまったのが現実だ。もうどうしようもない」

「わかんねぇじゃん! 他に方法があるかもしれないだろ!?」

「無理だ。獣人は暴走したら止まらない。止められない」


 葉はあくまでも淡々と言葉を紡ぐ。それがかえって苛立たせた。


「大樹。おまえは獣人を助けて……他の大勢の人を犠牲にしていいのか?」

「んなっ……!?」

「獣人を助けるっていうのはそういうことだ」

「何で!? 何で“どっちか”じゃなきゃいけないんだよ!?」


 獣人も、他の人たちも。

 どちらかが一方的に悪いわけではない。

 どちらも幸せになる権利はあるはずだ。あるべきだ。


「仕方ないだろ? 獣人と人間は相容れることなんて出来ねぇよ」

「仕方ないって何だよ……! オレは諦めない! 諦めるなんて嫌だっ!」

「……どうしようもねぇことだってあるんだ」

「わかんねぇよっ!」


 怒鳴ると、葉は小さくため息をついた。

 これ以上はキリがないと思ったのだろう。かぶりを振る。


「とにかく。獣人を壊す。これを変える気はねぇ」

「…………んだよ……」

「? まだ何か……」

「壊すって何だよ……っ!!」


 悔しい。感情を抑えきれない。


「壊すって……っ、あいつらは物じゃねぇっ! 生きてるんだ!!」

「…………」

「笑うし泣くし怒るし……オレたちと同じじゃん! あいつらは生きてる! あいつらだって苦しんでる……っ!!」


 彼は知らない。


『何で……? 何で私、獣人なの……?』


 ――彼女が苦しみに押し潰されそうなことを。


 彼は知らない。


『大樹……怖いよ。私、自分の血が怖い……もうやだっ……』


 ――彼女が恐怖に身を震わせていることを。


 彼は知らない。


『助けてよ……っ!!』


 彼女が泣きながら必死に救いを求めていることを――彼は知らない。


「……おまえが何と言おうと俺は意見を変えない。獣人を壊す。それが倭鏡のためだ」

「だから! 壊すって言うんじゃねぇ!」


 たまらずに声を荒げる。

 その刹那、一人の男に腕をつかまれた。

 どこに潜んでいたのかはわからない。

 だが葉が何の驚きも見せないということは命令されて隠れていたのだろう。


「何だよっ……放せ!」

「大樹様、今日はもうお休みになりましょう」

「やめっ……」


 引っ張られる。力では抵抗出来ない。

 部屋から追い出される!?


「葉兄!!」

「…………」


 彼は、答えない。こちらを見ようともしない。


「っ……葉兄! オレはやだからな! ぜってー諦めないっ! ルナたちを助けるんだ!!」

「…………」

「だから! だから……お願いだから!」

「…………」

「獣人をっ……」


 お願い。お願いだから。これ以上我侭は言わないから。


「獣人を……オレの友達を殺さないで……っ」


 ――バタン

 最後まで葉の言葉を聞けないまま、大樹は部屋を追い出された。

 男につかまれている腕が痛い。


 悔しい。

 ――悔しい。悔しい悔しい悔しい。

 けれど。


(まだ……まだ何か……)


 大樹は必死に言い聞かせる。まだ何か出来ることがあるかもしれない。

 いや、探すのだ。何とかして出来ることを――。


「っつ……!」

「あ……申し訳ございません」


 ちょうどかすり傷を負ったところに触れてしまった男は、本当に申し訳なさそうに表情を曇らせた。

 だが手は放さない。そのことに大樹は戸惑った。


「……なあ?」

「はい」

「もう放してほしいんだけど……」

「それは出来ません」

「な……!? ――うあ!?」


 ぐいと引っ張られる。

 大樹はバランスを崩し、危うく転ぶところであった。

 だが男は止まらない。どんどん進んでいく。


「おい!?」

「手荒で申し訳ございません……ですが王からの頼みです」

「葉兄……からの……?」


 大樹は顔を引きつらせた。腕が痛い。

 けれどそれ以上に何かが“駄目だ”と訴えている。


「はい。……大樹様を一歩も外に出すなと」

「――……」


 目の前が真っ黒に塗り潰されたような気がした。



◇ ◆ ◇



「大樹を軟禁?」


 ――ふいに聞こえた声で、バルコニーにいた葉はゆっくりと目を部屋の中へ向けた。

 そこで春樹の姿を認識する。


「……おまえも俺を責めるか?」


 感情のこもらない声で尋ねても、春樹はしばらく何も言わなかった。黙ってバルコニーへ出てくる。

 やがて、彼はポツリと呟いた。


「……僕はまだ、どうにも出来ないこと……諦めること、知ってるつもりだから」

「…………」


 春樹がそっと見上げてくる。彼は小さく笑った。とても曖昧そうに。


「……そんなつらそうな顔の葉兄、久しぶりに見た」

「……そうか?」

「うん。葉兄も人間だったんだね」

「どーゆう意味だよ」


 軽く睨み――葉はわずかに肩の力を抜いた。

 春樹もどこかホッとしたように表情を緩める。


「……わかるよ、葉兄」

「あ?」

「葉兄は王様だもんね」

「……ああ」


 突拍子のない春樹の言葉に、葉は小さくうなずいた。突拍子ないが言いたいことはわかる。


「王様だから……倭鏡の人たちの安全を一番に考えて、それで獣人を壊すって判断したんだよね」

「……チビ樹には言われ放題だったけどな」


 肩をすくめると、春樹は困ったように笑ってみせた。


「今はまだ、大樹はあまり穢れを知らないから」

「……穢れ、ねぇ」

「挫折とか妥協とか、そういうの知らないから。だから理不尽なことにためらいもなく突っかかっていけるんだ。どんなに無謀でも頑張れるんだ。……そういうとこ、少し羨ましいし……僕には眩しいかも」

「……そりゃ俺も同じだ。けど、それだけじゃ駄目だろ?」


 穢れを知らなくても、周りの穢れがなくなることはない。

 春樹は神妙にうなずいた。


「大樹も少しずつわかっていくよ。ただ今すぐは難しいと思う。……僕も直接見てきたけど、大樹は獣人と関わりすぎた。大樹にとって獣人は“友達”だって思う」


 ポツリポツリと呟かれた言葉の一つ一つに、葉は小さくかぶりを振ることで答えた。そんなの、もうとっくにわかりきっている。


『獣人を……オレの友達を殺さないで……っ』


 ――人殺し。

 そう、言われたような気がした。

 大樹が直接そう言ったわけではない。彼がそう思っているとも限らない。

 けれどあの言葉はそれだけ痛く響いた。多少なりとも葉の心を動かした。

 それでも。


(……壊すしかねぇんだ)


 殺すなどとは思ってはいけない。

 獣人は武器だ。兵器だ。壊すのが最善の対処法なのだ。

 そう思わなければ決心が鈍る。そう言い聞かせなければいけない。


 深くため息をつくと、春樹が難しい顔をしてこちらを見た。

 風がうるさいほどに吹き抜け、部屋のカーテンを荒々しく振り回す。

 一瞬、そのカーテンで二人の間が遮られた。

 遮ったときと対照的に静かにカーテンが元の位置に佇み――それでも春樹は表情を変えない。

 何かをじっと見つめたまま。

 やがて彼は、迷いが消えないのかやはり表情を強張らせたまま、囁くように言葉を吐き出した。


「……一つ、提案があるんだけど」



◇ ◆ ◇



 木々がこすれ合って歌い出す。小さく囁くように、徐々にけたたましく笑うように。

 それはどこか不穏に感じられ、春樹はわずかにためらった。

 しかしそれは一瞬。軽く息を吸い、しっかり森の中へ入っていく。


 ――“御主人……”


「何、セーガ?」


 ――“わかっているだろうが、危険だからな”


「……でも自分で言い出したことだから」


 低く唸るセーガに苦笑する。

 もちろん言われなくてもわかっていた。

 今、春樹は獣人の住処に向かっているのだ。

 今までならいざ知らず、つい先ほど春樹と大樹が王家の者だとばれたばかり。

 危険は比べるまでもなく大きく膨らんでいる。


 ――“……わかっているならいい。俺から離れるな”


「うん。いざというときは頼りにしてるよ」


 春樹は微笑み、用心深く周りを見回した。

 相手は獣人。どんなに遠い距離でも声やにおいで気づかれてしまうかもしれない。

 慎重に足を進めていく。

 木々に気を払い、一歩ずつ進み、そして――……。


 ガサリと微かな音。

 春樹とセーガは反射的に身構える。

 そんな自分たちの警戒を知らずか木の陰から素早く出てくる顔。


「!?」

「やっぱり……!」

「――え?」


 聞き覚えのある声に、春樹は無意識に緊張を緩めた。

 二つの紺碧に見つめられ、思わず瞬く。


「ギャラさん……。ルナさん!?」

「しぃっ!」


 傷だらけのルナを背負っていたギャラは鋭く制した。

 周りに厳しい視線を投げつけながら歩み寄ってくる。

 春樹も再び、周りへの警戒を高める。


「おまえ……大樹の兄貴だよな。においで気づいた」

「はい」

「一人で来たのか? 大樹は?」

「大樹は今動けません。それよりルナさんは……?」

「……仲間にやられた」


 ギャラが苦々しげに顔を歪める。彼はそっとルナを降ろした。

 彼女は弱々しく呼吸を繰り返している。

 その身はひどく汚れ、所々痣のようになっていた。擦り傷や打撲傷が目立つ。

 ただ、流血だけはしていない。ギャラが冷静であるのが何よりの証拠だろう。


「仲間に……。すいません」

「何だ?」

「僕たちのせいですよね……」

「……そうとも言えるな」


 責めるわけではなく、ただ淡々と。その言い方に春樹はますます表情を曇らせた。

 だが、わかる。どうしてルナがこんな目に遭わされてしまったのか。


(獣人たちは焦っている……)


 王家の春樹たちが獣人の存在を、その居場所をはっきりと知ってしまった。

 獣人は狩られる立場だと自覚している。

 だからこそ、知られた今、彼らはその身の危険性をひどく理解してしまった。


 生まれるのは恐怖、焦燥、絶望。

 そしてそれらのエネルギーは一斉にルナに向けられたのだ。

 「おまえがあいつらを連れてきたからだ」と。


「春樹、だったか」

「……はい」

「実際どうなんだ? 王の動きってのは」

「……皆さんが危惧している通りです。王は獣人を壊すと」

「……そっか……」


 呟いたギャラは乾いた笑みを浮かべた。銀色の髪をぐしゃりと掻き乱す。何かが欠落してしまったかのようにその表情は寂しげだった。

 ギャラはルナを抱え直し、春樹の方へ押しつけてくる。

 春樹は慌てて彼女を支えたものの、戸惑いを隠せずにはいられなかった。


「ギャラさん?」

「ルナのこと、頼んだぜ」

「え……」

「ルナとは小せえ頃から一緒に育てられたからよ、出来るだけ助けてやりたかったんだが……俺にはこれ以上かばえねぇ。このままだと俺が先に殺られかねないんだ。悪いけど、俺も自分が生き延びるので必死だからな。……おまえに頼むのは筋違いだろうけど、他にどうしていいか浮かばねぇし」


 肩をすくめ、自嘲気味に笑う。そんなギャラに春樹は黙ってうなずいた。


「じゃあな」

「……はい」

「あ……そうだ。後で大樹に伝えといてくれよ、俺の本当の名前」

「――ギャラクシー?」

「……知ってたのか」


 紺碧の色が驚きで濃くなる。春樹は微笑んだ。


「そうかなと思っただけです。銀河という意味でしょう? ……その綺麗な髪を喩えたんでしょうね」

「俺にはもったいない名前さ」


 ギャラが笑い、森の奥へ駆け出す。

 春樹はとっさに叫んだ。流れるように銀髪をなびかせる背に向かって。


「ギャラさん! まだ諦めていません! 僕はそのためにルナさんに会いに来たんです!」


 無謀な賭けかもしれないけれど。

 無駄な足掻きかもしれないけれど。

 ――ひどい手段かもしれないけれど。


「だからギャラさんも諦めないでくださいっ!」


 振り絞るように声を張り上げると、ギャラがわずかに高く手を上げたような気がした。彼の姿はたちまち見えなくなる。

 それを確認するより早く、春樹はルナを抱えてセーガへ乗り込んだ。

 今の声を聞きつけた獣人がやって来る危険がある。一刻も早くここから離れなければ。

 ぐんぐんとセーガは森の中を駆けていく。

 春樹はしっかりとその背につかまり、一心に前を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。