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倭鏡伝  作者: あずさ
9話「荒海×雷雨=順風満帆」
79/153

6封目 面舵いっぱい!

 春兄、と呼ばれた気がした。春樹はゆっくり振り返る。駆けてくるのは、もちろん弟の姿。


「春兄、春兄!」


 小さい頃から彼はそう呼んで自分の後ろをついてきたっけ。

 そんなことを思い、春樹は小さく苦笑した。


「大樹」

「春兄! 今日の夕飯何だ?」

「夕飯?」


 笑顔で見上げてくる彼に目を丸くする。相変わらず食欲旺盛な奴だ。いつもあれだけ食べているのになぜ太らないのだろう。実際その答えは簡単で、彼は食べる以上に無駄な動きでカロリーを消費しまくっているからなのだが。


「あれ? 夕飯……何だっけ?」


 思い出せない。いつもなら事前に簡単な献立を頭の中で考えておくのに。


「えぇ? 忘れたのかよ?」

「ちょっと待ってよ。えっと……」

「春兄、今日はイカ使うって言ってたじゃん」

「……イカ?」

「そう、あのイカ♪」


 大樹が笑顔で海を指差す。

 それが合図だったかのように、そこから巨大なイカが飛び出してきた。そのイカは勢いの余り宙に浮いてしまう。十本の足がウネウネと動く様は、正直、気味が悪いとしか思えなかった。

 イカの額――なのかは定かでないが――には渡威の核。


「ってさっきの渡威じゃん!?」

「イカだって」

「イカでも渡威なのっ!」


 訳のわからない主張をする大樹に怒鳴り飛ばす。あれをどうやって食べろと!?


「イカも食べてほしいって言ってるぜ?」

「無理言うな! だいたいっ」





「デカすぎるだろ!?」


 …………。

 …………。


「……あれ?」


 叫んだ春樹は、船員の顔を見て我に返った。

 漣や渉まで驚いたような顔をしてこちらを見ている。

 周りを見たが――変哲もない船の上だ。巨大イカもいない。


(……夢?)


 ようやく気づいた春樹は思わず顔が熱くなった。今、思い切り謎なことを叫んだ気がする。ていうか絶対叫んだ。


「春兄っ!」


 男たちの中からひょっこり大樹が姿を現した。目の覚めた春樹に顔を輝かせ、思い切りダイブしてくる。助走つきだ。こちらがビビるほどの。


「春兄――――っ!!」

「わあぁ!?」

「春兄ダイジョーブか!? 気持ち悪くねぇ!?」

「ちょ、だい」

「あ、渡威はちゃんと封印したんだぜ! 頑張った!」

「いや、あの」

「春兄の封御もしっかり取り返したし!」

「その、だから」

「嵐も通りすぎたしさ! これで万々歳だなっ!」

「おまえは僕を殺す気かっ!!」


 ガクガク揺さぶられ、春樹は大樹をぶん投げた。少々ひどいかもしれないが、漣があっさりキャッチしてくれたので良しとする。本当にこっちは気持ち悪いのだ。あんなにシャッフルされたら吐く。間違いなく吐く。


「なかなか元気みたいだけど」


 カラカラ笑い、渉が顔を覗き込んできた。


「調子はどうだい?」

「……正直、あまり良くはないです」


 答えながらため息をつく。さすがに見栄を張るわけにもいかなかった。頭はガンガンするし全身がダルイ。心なし目眩もあるようだ。

 今回は倒れてばかりで情けない。そう落ち込みながらも、春樹は「仕方ないかな」とも思った。

 疲労に船酔いに熱。そんなダブルパンチならぬトリプルキックを食らった上での“力”の放出だ。出血大サービスにも程がある。倒れない方が不思議だろう。

 しかし怪我もなく無事だったのは何よりで、周りにもようやくホッとした空気が流れた。


「いやー、おまえすごいな! あんな“力”だったなんてよ!」

「いえ、そんな……」

「ところで何がデカすぎるって?」

「うっ」

「やっぱアレか? 男のシンボル!」

「……何の話をしてるんですか……」


 下品な会話に顔をしかめると、男たちは失礼なほど大笑いした。渉まで笑っている。いいのだろうか、こんなんで。渉は男のシンボルとやらを潰そうとしたほどの者だから笑って済むのかもしれないが……。


「春兄!」


 グイと腕を引かれ、バランスを崩す。それでも転ばずに済んだ春樹は、つかまれていない手を額についた。具合が悪いと言っているのに!


「大樹、頼むからじっとさせて……」

「でもこれ見てくれよっ」

「これ?」


 大樹が笑顔で海を指差す。それが夢の光景と似ていたのでギクリとしたが、もちろん巨大イカが飛び出してくるわけもなく。


「……な、何これ……?」


 春樹は自分の目を疑った。ついでに、まだ夢なのではないかと自分の頭も疑ってみたりする。

 だが目の前の光景は決して消えず、頭も正常――ということにしておきたい。


「な? 驚いたろ?」

「そりゃ驚くよ……」


 楽しげな大樹にボーゼンと呟く。

 一体、いつの間に氷河へ達したというのだろう。大きな氷雪が船の周りをプカプカ泳いでいるなんて!


「オレが最初に見たときはもっとすごかったんだぜ。海が一面凍っててスケートリンクみたいになってて。今はかなり溶けてきてるみたいだけど……」

「は? それってどーゆう……」

「オレたちの“力”だ」

「……漣さん?」


 笑って話に割り込んだ漣に目を向ける。

 彼は酒を手に椅子に腰かけていた。その隣には、すでに酒を飲み干した様子の渉。どうでもいいが行動の素早い二人だ。酒なんていつの間に用意したのだろう。


「“力”というのは?」

「俺は氷雪を作り出し、渉は物を凍らせる」

「不思議な縁でどっちも似たような“力”だけどね」


 それで一定の範囲内の海面を平らに凍らせたのだと二人が説明する。そのおかげで足場の確保が出来、大樹はスムーズに封印作業が出来たのだ。

 春樹としては驚くしかない。仕方ないとはいえ、寝てしまったのが少々惜しいように思われた。


(それにしても……)


 男たちと談笑し始めた二人から少し離れたところで、春樹は小さくため息をついた。本当に体調がガタガタだ。しかしこれは熱などよりも“力”を使いすぎた後遺症のようなものだろう。しばらくすれば治るとは思うが……。


「大樹ってばタフだね……」

「へっ?」

「“力”を使いすぎたらこんなにしんどいなんてさ」


 春樹には初めての経験だが、大樹はすでに何回も経験している。一度経験すれば「もうこりごりだ」と思わせられるほどだというのに。

 だが、大樹は怪訝そうに首を傾げた。


「そんなにつらいか?」

「え? だって……」

「オレ、“力”使いすぎたらすっげー眠くなるけど。それだけだぜ?」

「……何だって?」


 意見の食い違いに目を丸くする。信じられなかった。だが大樹が嘘をついているようにも思えない。彼の様子から見栄を張っているわけでもないだろう。


(“力”の違いのせい?)


 そもそも自分たちの“力”は陰と陽だ。その違いのせいだろうか。それとも個人的な体質のせいなのか。

 しきりに首を傾げていた春樹は、ふと目を凝らした。

 何かが――大きな船がこちらに向かってきている。


「まさか……」


 見覚えがある。あの船は。あのマストにある紋章は。


「大樹! 海軍だ!」

「かいぐん?」

「間違いないよ!」


 大きな戦のない倭鏡では珍しい。春樹も初めて目の当たりにした。けれど本に載っていたのを見たことがある。

 しかし、一体なぜ?


(海賊討伐?)


 葉が今までの対処法では無理だと判断したのだろうか。そのため海軍を派遣したのだろうか。とにかくわかっているのは、あの船は真っ直ぐこちらへ向かってきているということだ。


「お頭―っ! 海軍だって!」


 大樹が声を張り上げる。

 それを聞いた春樹は思わずズッコケそうになった。漣を「お頭」と呼ぶなんて、馴染むにも程がある!


「……ああ」


 漣は難しい顔をして船を見やった。渉や他の男たちの表情も険しい。

 それも当然だろう。普段は獲物を狩る側の海賊が、狩られる側に追い詰められたのだ。


「どうする、旦那」

「……逃げても無駄だ。それなら返り討ちにしてやろうじゃねぇか」


 力強い言葉に周りの男たちの顔が晴れる。彼らはにわかに活気づいた。


「さすがお頭!」

「海賊をなめるんじゃねぇっ!」

「俺たちの底力を見せてやろうぜ!!」


 さすがの士気だ。しかし相手は海軍。商船とはレベルが違う。


「春樹と大樹! あんたら、今度こそ船室にいな!」

「え!?」

「危険なんだよ! つべこべ言ってると縛り上げて放り込むぞてめーら!?」


 渉の迫力に息を呑む。だが、春樹は素直に動けなかった。大樹も複雑そうな表情で立ち尽くしている。

 と――海軍の船から一人の男が躍り出た。

 男は人間離れしたジャンプで、何と、一気に一番端にいた春樹たちの背後に降り立ってしまう。


「!?」


 振り向こうとした瞬間、がっちり首に腕を回されて動けなくなった。


「春樹! 大樹!?」


 男たちにざわめきが広まる。それはすでに仲間を気遣うものだった。

 だが、春樹は周りの「心配」とは別の面で硬直していた。

 あのジャンプ力。顔こそ見れなかったが、もしや彼は……。


「海賊退治なんて夏のロマンだな」


 呑気な声に確信を深める。


「空兄!?」

「おっす。久しぶりだな、二人共」

「何で空兄が……!」

「いやぁ、せっかくの夏休みなのにおまえらってば全然遊びに来てくれないじゃん? だから俺から迎えに来たってワケ」


 とぼけた返事の彼――出雲空は相変わらずだった。

 けれど春樹と大樹に再会を喜んでいる余裕はない。そもそも再会が海賊船の上っておかしすぎるのではないだろうか。


「しっかりつかまってろよ」

「へっ?」

「うわ!?」


 ぐっと足に力を込めた彼が再び跳ぶ。今度は反対の端、つまり海賊船の中でも一番海軍に近い位置へと着地した。彼の驚異のジャンプ力はひとえに“力”によるものだ。久々に見た。


「おい! 何者だてめぇ!?」


 洋が空に声を荒げる。

 それを、空は涼しい顔で流してしまった。

 やっぱり腕は自分たちの首に回されたままで、春樹と大樹は動けない。というより、状況が理解出来ず立ち尽くす他に方法がなかった。そうしている間に渡し板から海軍の者が乗り込んでくる。

 そして……。


「ずい分と手間かけてくれたじゃねぇか」


 この声。この面倒くささが漂うこの口調。

 それはまさしく。


「「葉兄!?」」


 何で。何で彼までここに!?

 唖然とする自分たちに、彼はくるりと振り返ってみせた。ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「よぉ」

「いや、『よぉ』じゃねぇよ!」

「そうだよ、何で葉兄までここにいるの!?」

「何言ってんだ。俺のモットーは『()られたらり返せ』だぜ?」


 ニュアンス的におかしく聞こえたのは気のせいだろうか。ていうか人を物扱いしないでほしい。


「……あんたが王様かい?」


 渉が警戒するように睨みつける。

 その視線に怖気づいた様子もなく、葉が笑みを崩すことはなかった。

 ――当たり前だ。この兄が睨まれただけで怯むような、そんな可愛らしい神経を持っているとは思えない。


「ああ。あまりこうしてお目にかかることはないだろ? 貴重な経験が出来て良かったな」

「嫌味な言い方だね。……で、王様が直々に船に乗り込んでくるなんてどーゆうつもりだい?」

「そろそろチビ共を返してもらおうと思ってな」

「そうかい。そりゃ立派な兄弟愛だ」


 軽く笑い――渉が剣を持ったまま突っ込んだ。

 葉はあっさり彼の剣でそれを受け止め、金属の交わる音が響く。

 それをキッカケに急激に周りが殺気づいた。


「王!」

「姐さん!」

「「うるせえ」」


 なぜかハモリで答えられ、周りがたじろぐ。

 渉が意外そうに葉を見やった。その表情はわずかに楽しげだ。


「へえ……意外と気が合うかもね」

「そりゃどうも」


 軽く答えた葉が力で押し込む。力で勝負されると女の渉には分が悪く、彼女は一旦その身を退いた。


「王家ってのはみんなこうなのかい? 王家らしくないっつーか」

「いいや。俺らがちと変わってるんだろ」

「え!? 俺『ら』って僕たちまで入ってるの!?」

「たりめーだ。主夫が何言ってんだ」

「うっ……」


 詰まる。だが仕方ないだろう。主夫にならないと生活していけないのだから。


「……とにかく」


 ズレた話題を戻そうというのか、漣が進み出てくる。彼の手にも長剣が握られていた。それらはどれも戦利品なのだろうか。


「あいつらを返さないと言ったらどうする?」

「……人質ってものは、金と引き換えに返すものなんじゃねぇのか? おまえらは今までそうしてきたはずだぜ」

「気が変わったんだ。返すのが惜しくなった」

「あっそ。……んじゃもう一度言ってやるけど。俺のモットーは『盗られたら奪り返せ』だ」


 言うより早く、今度は葉から仕掛ける!


「葉兄!?」

「大樹……僕らには止められないよ」

「春兄? 何でっ……」

「見てよ葉兄の顔」

「? ……うわ」


 二人は同時にため息をついた。肩の力を抜く。


「「楽しんでる……」」


 パッと見ただけではわからないかもしれないが、そこはやはり兄弟である。彼のウキウキともワクワクともとれる雰囲気がはっきり伝わってくる。

 だが心配は尽きなかった。一歩間違えれば大怪我だ。素直な気持ちとしては、どちらが怪我をするのも見たくない。周りの者も手を出せずハラハラしている。

 激しい剣戟。

 次いで――。

 バン!!


「!?」


 葉に向かっていった氷雪が、彼の前に現れた壁に弾き飛ばされた。


「……それが結界か」

「まあな。多用するとしんどいからあんまやらせるなよ?」

「疲れたついでに倭鏡の結界も解いたらどうだ?」

「もっと面倒くせぇことになったら嫌だからパス」


 言うなり、彼は素早く後ろを振り向いた。手をかざすと同時に氷の壁が現れる。それは非常に薄く、葉が手を下ろすなり床に叩きつけられて砕け散る。

 彼の腕に鈍く光る銀のブレスレットだけが、静かにそれを見守っていた。


「ちっ……」

「へえ、結界をあそこまで綺麗に凍らせるとはな。けど二対一っつーのは卑怯じゃねぇか? 海賊さんよ」

「しっかり防いどいて細かいこと言うんじゃないよ」

「渉」

「いいだろ? 旦那ばっか楽しんでないであたしも混ぜな」


 わずかに顔をしかめた漣に、渉はただ強気に笑ってみせるだけ。

 だが、その笑いは十分な影響力を持っていた。今まで見守るしかなかった海賊たちの士気が急激に上がり出す。


「そうだそうだ!」

「俺らも暴れてやろうぜ!!」

「海軍なんて怖くねぇやっ! 王様がなんだ!」


 荒々しい声。膨れる殺気。同時に素早く構える海軍の者。


「ちょっと……」


 大変なことだ。このままでは収拾がつかなくなる。怪我人どころの話ではない。


「春兄!」

「……うん」


 うなずき、春樹は空を見た。

 いつの間にか彼の手は外されている。彼はただ笑顔で「行ってこい」と告げただけだった。

 春樹と大樹は共にもう一度うなずく。


「うらぁ!」


 海賊の叫び声を合図に始まった騒乱。止まない剣戟。鋭い怒鳴り声、耳を塞ぎたくなるほどの雄叫び。

 そして――……。



「「いい加減にしろ――――っ!!!」」



 ――突然の怒鳴り声に、周りがピタリと動きを止めた。

 徐々に音が消えていく。

 最後に残ったのは、似つかわしくないほど穏やかな波の音だけ。


「二人共……」


 そう呟いたのが、海賊側か海軍側かはわからない。

 春樹はみんなを見回した。誰もが曖昧な表情でこちらを見ている。

 一呼吸。そして。


「この騒ぎの元々の原因は、僕らの軽率な行動のせいです。申し訳ありません」

「オレも……ホントごめん。反省してる」


 呟き、大樹が頭を下げた。

 だが彼はすぐに顔を上げ、海軍側を見る。


「でもな、みんないい奴だったんだぜ! オレ、すっげー楽しかったし!」

「……確かにやっていることは感心出来ることではありません。けど、大樹の言う通りなんです。だから……これ以上怪我人が出るのなんて見たくなくて……」

「けれど……」

「今回だけです。彼らを見逃してもらえませんか」


 はっきり言うと、ざわめきが広まった。戸惑ったように顔を見合わせている者もいる。

 ただ、葉と空だけは楽しげにニヤニヤと笑っていた。

 みんなの反応も当然だろう。ここまで海賊を追い詰めたのにそれを見逃せ、だなんて。

 ――だが、葉が軽く手を上げた。船に戻るよう声をかけている。

 王の命令なら海軍が逆らえるはずもなく、彼らは未だ戸惑ったように、けれど徐々に退いていく。


(……ありがと、葉兄)


 内心で呟き、春樹は次に海賊たちを見た。すっかり見慣れてしまった顔ぶれに頭を下げる。


「……僕たちはいつまでもここにいることは出来ません」

「大樹……おまえもか?」

「洋、なんて顔してんだよ? オレ、洋に色々教えてもらえて楽しかったぜ! サンキューな♪」

「……まだまだ嬢ちゃんのくせに」

「すぐに男だって認めさせてやるぜ!」


 名残惜しそうに憎まれ口を叩いた洋に、大樹が笑顔でピースを向ける。

 そんな彼の頭を、洋は乱暴に撫で回した。


「うわ!?」

「……楽しみにしてるぜ」

「……へへっ♪ またなっ!」


 笑い、大樹が手を振る。彼は元気に葉の元へ駆けていった。

 春樹も追おうと――。


「春樹」

「……漣さん?」


 腕をつかまれ、春樹はその足を止めた。真剣な表情の彼を見上げる。


「おまえはいいのか? 俺たちと来れば、自由に夢を追うことが出来る。新大陸だってきっと……」

「……漣さんが言ったんですよ?」

「なに……?」

「僕が王になれば、夢は現実に近づくって」


 漣が軽く目を見開く。

 そんな彼に、春樹はそっと微笑んだ。


「僕が王になるか、なれるのか……それはまだわかりません。けど、僕に出来ることがあるならやってみたいです。僕は僕なりのやり方で夢を追ってみたいと思います。……そのためにも今は戻らないと……。だから、お互いに頑張りましょう?」

「……くくっ。旦那、一本取られたね」

「……ああ」


 笑い、腕を放される。

 春樹も笑顔を向け、もう一度頭を下げた。


「変な言い方ですけど……お世話になりました」

「いや。……おまえも大樹も、俺たちを救おうとしたし志は一緒だ」

「?」

「おまえらは、立派な俺たちの仲間だぜ?」

「……はいっ!」


 大きくうなずき、今度こそ春樹も駆け出した。海軍の船に乗り込み―― 一度、海賊船を見やる。

 再び彼らに会える日は来るのだろうか。そんなことをぼんやり思う。

 きっと。きっといつか。

 それは春樹か大樹が王に就いたときかもしれない。自分たちに限らず誰かが新大陸を見つけたときかもしれない。それともその前にもう一度会うか、それよりずっと後に会うか……。

 きっと。きっといつか。


「いくぞ野郎共っ!!」


 渉の威勢のいい声が風に流されてきた。

 追い風を受けながら、海賊船がゆっくりと離れていく。

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