エピローグ 僕らだけの白い地図
城のとある一室に響いた笑い声に、春樹は思い切り顔をしかめた。
その根源である男を力なく見上げる。
「そりゃ大変だったな」
「笑い事じゃないよ、葉兄……」
大して嬉しくもない慰めにため息を返す。
そんな楽しそうに言われても、全く同情されている気がしない。
いや、同情されても困るだけだが。
「セーガにも手伝ってもらって元の位置に戻したはいいけどさ、本とかは離れたままだし、銅像のポーズは違っちゃってるし。次の日には大騒ぎだったよ。『二宮金次郎分解事件!?』とか言って」
みんなが騒いでいるのを聞いて、春樹は一日中冷や冷やしたものだ。
もちろん二、三日程度で話が静まるわけもなく、今でもたまにドキッとさせられる。
あれが自分たちのせいだと知られたら……。
「でも、大した被害もなかったんだろ? 良かったじゃねーか」
「そりゃ……まあ」
それは事実なので渋々とうなずく。
確かにそれは幸いだったし、早く解決出来たことは自分でも頑張ったと思う。
ちなみにこれは余談だが、例の銅像は後日どこかに持っていかれるようだ。
そこで処分されるのかは定かでない。
そしてその代わりに、校長の像が新たに出来るという話が流れている。
「とりあえず、ハイ。封印したの渡しておくね」
「おう。ゴクローさん。……どうだ、この先やっていけそうか?」
玉を受け取った葉に訊かれ、春樹はどう答えようか迷った。
何とも言えず、仕方なく苦笑する。
「まだ一つ目だと思うと……ちょっと先が思いやられる、かな?」
「だろうな。でもてめーはやるつもりなんだろ?」
「……っていうか、やるしかないし」
小さく呟くと、ふと葉の顔色が変わった。
感心とも呆れともとれる表情へとなる。恐らくどちらも正しいのだろう。
「おまえは昔っからそうだよな。どんなに大変でもあまり人に頼ろうとしなくてよ」
「そうだっけ? でも、葉兄は人の頼みを突っ返すじゃん」
「あ? 人聞きのわりーこと言うなよ」
顔をしかめる葉に笑っておく。
だが、間違ったことを言ったとは思わない。
彼に何か頼んでも「めんどくせえ」で終わるのがオチだ。
もちろんその内容にもよるのだが、彼が動くにはよっぽど重要なことでないと。
「ま、おまえが平気だって言うなら口出ししねーけど」
「うん。ありがと」
「でも無茶はすんな。親父たちもうるせーから」
「わかってるよ。……でも、出来る限りやり遂げたいんだよね」
やるしかない。
そういった使命感はあるし、それが大半を占めていた。
けれど、それだけじゃなくて。
――もしやり遂げることが出来たら、何かの自信に繋がると思うんだ。
そう小さく呟くと、葉が肩の力を抜いた。
ふっと小さく息を漏らす。
「てめーも根は頑固だしな。……ま、頑張れや」
葉らしい言葉に笑顔で応える。
春樹は大きくうなずいた。
「……それじゃ、葉兄」
「帰るのか?」
「うん。そろそろ大樹の奴がわめいてる頃だから。『ハラへったー』て」
「大変だな、“お兄ちゃん”」
からかう言葉に苦笑する。
そう言う彼が一番の兄のハズだが……今はあえて言わないでおこう。
「葉兄も無理はしないようにね」
そう言い残し、春樹はしっかりとした足取りで部屋を出た。
足音が完全に消えたところで、葉が小さく微笑む。
「……頑張れよ、二人共」
誰もが持つ白い地図。
その地図は、まだ描かれたばかり。
■1話「繋がる世界」了




