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倭鏡伝  作者: あずさ
8話「過去と未来の狭間に眠れ」
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プロローグ あの日

 あの日も、こんな雨の降る日だった。

 重く雨がのしかかり、少々蒸し暑かったあの日。

 友達の家にいた自分にかかってきた一本の電話が、自分の中の何かを崩してしまった。


 受話器を持つ手が汗で滑ったのを覚えている。

 必死に伝えようとする母の声が震えていたのを覚えている。

 何度も、何度もつっかえ、母の声に涙が滲んでいたのを――覚えている。


『よく聞いてね……落ち着いてね』


 母は何度も「落ち着いて」と繰り返した。そちらの方がよっぽど取り乱した様子で。

 けれど、結局母はオロオロとするばかりだった。

 口にするのを恐れ、肝心なことを言葉にしようとしなかった。

 それに対し、父ももどかしくなったのだろう。

 唐突に相手が父に替わり、彼は一呼吸置いて口を開いた。


『――――』


 掠れ、押し殺した声で告げられたのは――すぐには受け入れられなかった現実。




「…………」


 少年は軽くかぶりを振り、持っていた傘を強く握った。

 反対の手に握られていたメモ用紙をじっと見つめる。少々右上がりに書かれたソレ。


「春兄、ハラへったぁ~」

「少し我慢しろって。他にやらなきゃいけないこともあるんだから」

「そんなあっ」


 ――ふいに聞こえてきたのは、雨音にも負けない元気な子供の声だった。

 傘を傾けてみれば、二人の少年がこちらへ歩いてくるのが目に入る。

 一人はクルクルと傘を回している小柄な少年。もう一人は、顔をしかめてソレを咎めている少年。


 顔をしかめていた方が、自分より数歩離れたところで足を止めた。

 わずかに傘を上げ、こちらの顔をまじまじと見てくる。


「あの……僕たちの家に何か?」


 自分より少し年下であろう彼は、ずい分と大人びた口調で首を傾げた。

 もう一人の少年も彼の隣に並び、大きな傘からひょっこり顔を覗かせてくる。

 くりくりした瞳を、好奇心の光で一杯にしながら。


 そんな彼らに、自分の鼓動はわずかに高鳴った。

 期待にも不安にも似た思いに体が震えそうになり、慌ててそれを抑えつける。


「……ここが、あんたたちの家?」

「はい、そうですけど……」


 風が吹く。木々がざわめく。雨が打つ。

 一寸の沈黙。


「日向葉って、ここにいる?」

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