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倭鏡伝  作者: あずさ
8話「過去と未来の狭間に眠れ」
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1封目 幽霊を殺したのは

「俺に来客?」


 “倭鏡”を治める一王の日向葉が、告げられた内容に思い切り目を丸くした。

 本気で心当たりが浮かばないらしく、ずっと首を傾げている。


「ただの押し売りじゃねえの?」

「何で押し売りがわざわざ葉兄を指名するのさ」

「わかった、押し売りのストーカー」

「押し売りから離れてってば……」


 すでに投げやりな兄に、ため息を一つ。

 それと同時に、春樹はいつもと何ら変わりない兄につい苦笑してしまった。


 この兄は超がつくほどの面倒くさがり屋なのだ。

 その代わり楽しいことには異常なほどのこだわりを見せる。

 その主な被害者となるのが弟の自分たちだ。

 特に春樹より一つ下の大樹なんかは何かと玩具にされている。

 これは彼の、真にからかわれやすい性格が災いしているのかもしれないが。


「他にねぇしな、心当たりなんて」

「おまえ、ずっと倭鏡に入り浸ってるもんな」


 カラカラと笑って口を挟んだのは出雲空だった。

 一応葉の友達に分類されるのだろう。

 昔から割と付き合いがあり、よく春樹と大樹とも遊んでくれた気さくなお兄ちゃんタイプである。

 どうでもいいが、長身の二人が並ぶとなかなかの迫力だ。特に葉は目つきも悪いため。


「っつーか、何で空がここにいるんだよ?」

「ん? 退屈そうな親友の心をリフレッシュさせてやろうっていう俺の気配り」

「邪魔だ。今すぐ出てけ」

「お、珍しく『親友』にはツッコミが入らなかった」

「……お望みなら春樹で力いっぱいツッコんでやる」

「いや、ちょっと今のおかしくない!? 僕“で”ってどーゆうこと!?」


 確かに自分はハリセンを所持しているし、どちらかといえばツッコミ分野だと自負している。

 しかし春樹“が”ならともかく、春樹“で”とはどういうことだろう。

 いや、そんなことはどうでもいいとして。


「今もお客サン待っとるで?」


 ひょっこり顔を出した怪獣のぬいぐるみ――もっちーが話を元に戻す。

 普段は大樹に持ち運ばれているもっちーだが、今ばかりは春樹が連れ歩いていた。

 大樹には客の相手をしてもらっているのだ。少々不安ではあるが。


「あー……めんどくせえな。適当に追い返しとけ」

「え……でも……」


 そういうわけにもいかないだろう。

 あっちははっきりと葉を名指ししてきたのだ。

 どんな内容にせよ、彼に用があるのは間違いない。


「仕事が詰まってるんだ、しゃーねえだろ。つか誰だよそいつ?」

「日比谷(ひびや)瀬名(せな)って言えばわかる、って言ってたけど……」


 ガタン


「…………っ」


 葉がすごい勢いで立ち上がった。

 椅子が音をたてて倒れたが、葉はそれにすら気づいた様子がない。

 ただ、珍しく動揺した様子だけは見てとれた。

 瞳が落ち着きなくさまよっている。


「そんな……まさか……」

「よ、葉兄……?」

「葉?」

「……わかった。今すぐ準備する」

「え?」


 低く告げられた言葉に、春樹は思わず目を丸くした。

 じっと無表情な葉の顔を見つめる。

 珍しいことだ。あんなに面倒だと言っていたのに、こうもあっさり意見を変えるなんて?


「でも葉、仕事はどうするんだ? 自分で言ってたろ、詰まってるって」

「……そうだな」


 考えるように頭を巡らせた葉が、ふともっちーを見た。

 思いがけず目が合ったことにギクリとするもっちーを、彼はむんずとばかりに持ち上げる。


「おい、もっちーとやら」

「は、はい?」

「おまえ、俺に変身出来るよな?」

「あの、それはもしや……まさかとは思うんやけど……」

「しばらく俺の身代わりをやってろ」

「んなアホな――――!?」


 予想はしていたのだろう。

 しかし信じたくはなかったようで、もっちーは思い切り悲鳴を上げた。

 冷や汗もダラダラと流している。無理もない。


「大丈夫だ。俺にしか出来ない仕事は今のところない。他の奴らに頼ってりゃ何とかなる」

「そーゆう問題じゃあらへん! バレたらどないするんです!?」

「その辺はノリだ」

「そんな殺生な!」


 いい加減な葉にもっちーがわめく。

 確かにノリで済むような問題ではないだろう。

 しかももっちーは渡威なのだ。バレたときは少々分が悪い。


「葉兄。僕もそれはちょっと無理があるかと……」

「まあまあまあ」


 混乱を鎮めるかのように、空がみんなの間に割って入ってきた。

 彼は春樹ともっちーににっこり笑みを向けてくる。一見気軽な調子で。


「何とかなるって。俺もフォローしてやるからさ」

「けど……」

「春樹、俺を信じてくれないのか? この、いざとなったらとっても頼れるナイスなお兄さんを信じてくれないのか!?」

「……自分で言ってりゃ世話ないよ」


 ふざける空に苦笑する。

 だが、心の中では春樹もそれを認めていた。

 葉とは古い付き合いである彼は、十分葉と対等な力を持っている。

 春樹の知る他の十八歳に比べ、彼らは何かと飛び抜けているはずだ。


 まだ渋っているもっちーを尻目に、空は葉と向き直った。

 彼はニッと軽く口の端を上げる。


「行ってこいよ」

「空……?」

「おまえがそこまで言うんだ。何か理由があるんだろ? だったら行って、さっさとすっきりしてこい」

「……ああ」


 遅れてニヤリと笑った葉が、軽く彼の拳と空の拳を合わせた。

 彼はそのまま歩き出す。日本へ向かうために。


「……しゃあない」


 何を言っても無駄だと悟ったのだろう。

 もっちーが肩をすくめ、次の瞬間には葉の姿へとなっていた。

 春樹の背を押してくる。


「ほら、おまえも早く行け?」

「……もっちー、なりきるの早いよ」


 苦笑し――「ごめんね」とだけ兄の代わりに告げ、言われた通りに駆け出した。

 すぐ先を歩いていた葉の隣に並ぶ。

 彼は足早なため、春樹は否応なしに小走りでついていかなければならない。


(それにしても……)


 何者なのだろう。

 葉がここまでして会おうとする、日比谷瀬名とは?


「……春樹。そいつの名前は?」

「え? だから……日比谷瀬名でしょ?」

「違う」


 ピシャリとはねられ、春樹はつい口を閉ざしてしまった。

 怪訝に彼を見上げる。


「訪れてきたのがその名前本人のはずはねぇ」

「本人じゃない……?」

「……もし、そいつが本人だとしたら」


 葉はこちらを見ない。足は速めるばかり。

 ふいに、彼の横顔に苦々しい影が見えた。


「それは幽霊だ」



◇ ◆ ◇




 久々に見た我が家は少し狭く感じられた。

 それは城での生活に慣れてしまったせいなのか、単に自分が大きくなったからなのか。

 しかしその雰囲気には特に変わった様子もなく、葉はどこか懐かしい気分で幾分目を細めた。

 家具なども変わりない。

 テレビの場所だって自分の覚えているままだ。


「うわ、食卓も変わんねえ」

「まだ古くないし、むやみに買い換えるお金もないの」

「そりゃそうだろうけどよ……。おい、台所綺麗すぎないか? 本当におまえら二人暮らし?」


 中学生と小学生だけで暮らしているには立派すぎだ。

 密かな家政婦の存在を疑ってしまう。

 きっと葉が一人暮らしを始めたら、こんな風には保てない。


「僕が毎日頑張ってますから」

「……家政婦の正体はおまえ自身か」


 元々細かい性格だとは思っていたが、ここまで主夫だったなんて。


「将来食いっぱぐれても、おまえは立派に生きていけるな」

「……何訳のわからないこと言ってるの。それよりお客さん……あれ?」

「どこにもいねぇじゃん」


 居間には客の姿はおろか、大樹すらいない。

 不思議に思っていると、二階の方から笑い声が聞こえてきた。

 二つの内一つはよく知っている者の声で、葉と春樹は同時にため息をつく。

 どうやら大樹と客は気が合っているようだ。

 はっきりとは聞こえないがずい分楽しそうである。


「大樹っ!」


 春樹が声を張り上げると、ピタリと笑い声が止まった。

 代わりにバタバタと騒がしい音が近づいてくる。


「春兄! ……うわ、葉兄がこっちに戻ってくるなんて珍しいじゃん」

「俺の勝手だろーが」


 本気で目を丸くする大樹の頭を小突く。

 すると大樹が不満そうに頬を膨らませた。

 だが、それより早く葉の目は彼の後ろの人物を捉えていた。


(あれは……)


 春樹より少し年上だろう。

 髪はいくらか癖がついている。

 目は一重だが決して小さいというわけではない。

 笑えば人懐っこいだろうに、今の表情は固く強張ったまま。


 見たことはない。

 だが――面影は、わかる。


「あんたが日向葉?」


 そう尋ねた少年の声は凛としていた。

 それすらある一つの影と重ねている自分に気づき、葉は知らずの内に微苦笑をこぼす。


「ああ。そっちは?」

「俺は……日比谷拓真」


 ポツリと名乗った少年に、葉はわずかに目を細めた。

 拓真。聞いたことがある。


 少年――拓真はぐっと顔を上げた。

 真っ直ぐとこちらを見据えてくる。


「死んだ日比谷瀬名の弟、だよ」

「……やっぱりな」

「……葉兄?」


 妙な空気を感じたのか、大樹が戸惑ったように声を上げた。

 春樹も言葉には出さないものの、ハラハラと様子を見守っている。


 そんな二人に、葉はそっと肩の力を抜いた。

 わざと盛大にため息をついておく。


「ま、立ち話もなんだ。何の用か知らねーが、とりあえずどっか座ろうぜ」

「あ、じゃあ食卓の方に座ってて。椅子、ちょうど四つあるし。僕はお茶淹れてくるから」

「おう」

「みんなお茶で大丈夫? ……大樹はジュースだね。拓真さんは?」

「俺は別に……、じゃあジュースで頼める?」

「わかりました」


 きちんと指定してもらえたことに、春樹がホッと笑顔になった。

 彼は妙なところで優柔不断なので、はっきりしてくれた方が助かるのだろう。

 この前はアンパンとクリームパンのどちらを買うかで一時間悩んだと聞いた。

 何でも一グラムの値段は同じだったので決めるに決められなかったとか。アホな話である。


 そのまま駆けていこうとする彼を、葉は腕をつかんで引き止めた。

 みんなにはリクエストさせておき、自分を無視とはこれいかに。


「俺には選ばせてくれないのかよ?」

「葉兄は『豆からつくったコーヒー』とか面倒なこと言うからパス」


 ――ちっ、見抜いてやがる。


 春樹が駆けていくと、みんなはゾロゾロと食卓へ向かった。

 まず定位置らしき席に大樹が座り、その隣へ拓真が腰を下ろす。

 葉は拓真の向かいに座った。その方が何かと話しやすいと思ったからだ。


「てゆーか……僕たちも聞いて構わない話なの?」


 台所から遠慮がちな声が飛んでくる。

 確かに流れでちゃっかり大樹も座っているし、春樹だって四人分の飲み物を用意している。

 見たところ笑い話ではないようだが、別にそれでもいいのだろうか。


「どうなんだ?」

「……別にいいよ。俺は構わない」


 それきり拓真は黙り込んだ。

 そのとたん、大樹が居心地悪そうな顔になる。

 沈黙が苦手なのだろう。わかりやすい奴だ。


 少しして飲み物を持った春樹もやって来た。

 一人一人に配って回る。


「お、コーヒーだ」

「インスタントだけどね」


 肩をすくめ、春樹が葉の隣へ滑り込む。

 ――これで準備完了だ。


「……で?」


 早速本題に突入しようとすると、拓真がチラリとこちらを見た。

 飲み物には手をつけず、少々困ったように眉を下げる。

 どう話せばいいか迷っているようだ。


「兄貴のことは知ってるんでしょ?」

「ああ。……中学でクラスが一緒だった」

「だったら兄貴が死んだときのこと、詳しく知ってる?」

「……何だって?」


 少し意外な気持ちで、葉はわずかに目を丸くした。

 春樹と大樹も顔を見合わせている。


「俺はよく知らないんだ。友達の家に泊まってたら……突然電話が来て、兄貴が死んだって聞かされて。結局事故みたいに片づけられたんだけど……」

「ちょっと待て? おまえの兄貴が死んだのは俺らが中三……十五のときだ。もう三年前。……なのに何で今更?」

「……あの後、家はすぐに引っ越したんだ。俺も中学では寮に入った。だからずっとバタバタしてて……でも、この前手紙を見つけたから。久々に家に戻って、部屋の整理をしていたときに」

「……手紙、だと?」

「そこにはあんたの名前が書かれていたよ。一応俺宛てだったけど……半分はあんたに向けてだった。だから来たんだ。本当のことが知りたくて。……あんたなら何か知ってるんじゃないかと思って」


 今度は葉が言葉を詰まらせる番だった。

 知っているといえば知っているのかもしれない。

 知らないといえば何も知らない。


(瀬名……)


 思い出す。

 眼鏡の奥でいつも微笑んでいた彼を。一歩下がったところで、いつも自分を見上げていた彼を。


 呼べば、いつだって澄んだ声で返事をしてくれた。

 昔から変わらない自分に時には呆れ、時には素直に感心してくれた。


 そして何より――。


(――……)


 ああ、そうだ。これだけは言える。


「……拓真っていったな?」

「? ああ」


 拓真が怪訝そうにうなずく。

 春樹と大樹もじっとこちらを見つめたまま。

 三つの視線を受け止めながら、葉は微かに自嘲的な笑みを浮かべた。

 拓真を見据え――静かに言い放つ。


「おまえの兄貴は――俺が殺したんだ」

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