プロローグ 「親父」
カチリ カチリ
部屋には耳障りな時計の音だけが響いていた。
余計なものはほとんどなく、ただ椅子、そしてそこに座る影だけがシンプルに存在している。
薄暗いそこはひんやりと肌寒い。
その温度だけが、ここが現実だと示しているかのように。
その寒さに腕をさすった少年は、息を整えてその部屋に踏み入った。
「親父」
異様に静かな空間に響く、少年の声。
――中にいた黒い影は、決して少年を振り返らなかった。
低い声だけが返ってくる。
「……わかっているな?」
「ああ、わかってる」
うなずき、少年は手近なところにあった時計を取った。
何の気なしに眺める。
カチリ カチリ
絶えず時を刻むソレ。
「大丈夫だ。簡単なことじゃねえか」
「……困ったとき、すぐに助けに行ける者はいないんだぞ?」
「はっ……笑わすなよ、親父。誰が助けを求めるて?」
鼻で笑い、時計を乱暴に元に戻す。
その勢いでソレは奇妙な音をたてた気もしたが、少年は気にしなかった。
腕を組んで影を見据える。
影は、ピクリとも動かない。
「どう見たって甘ちゃんな奴らに、俺が手こずるわけねえよ。泣きを見るのはあいつらだ」
「…………」
「……それとも俺を信じないのか?」
「……まさか」
静かに聞こえた笑い声は、少年のよく知ったものだった。
少年はこっそり胸をなで下ろす。
最近いつもの父とは何か違うものを感じることも多かったので、久々に聞く彼の笑い声にはどこかホッとした。
少年は影に背を向け、静かに部屋を出ようとする。
そこで少年は一度立ち止まった。呟く。
「……親父。俺はあんたの期待に応えてやるよ」
「…………」
影は何も答えない。
だが少年は構わなかった。
握る拳にわずかに力を込め、低く呟く。
その呟きは、暗い闇に静かに、強く響き渡った。
「日向の奴らを――ぶっ潰す」




