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倭鏡伝  作者: あずさ
4話「友情射程距離」
32/153

1封目 転校生は外人? いいえ、変人です

「転校生?」


 先生が来るまでの朝の時間、他愛のない会話をしていた日向春樹は、ふと出てきた話題に目を丸くした。

 話し相手だった隣の席の杉里蛍が小さくうなずく。

 彼は淡々と続けてきた。


「さっき、何人かの女子が騒いでたんだ」

「女子って早いよね、そーゆう情報回るの……」


 呆れというより、感心に近い声で返事を返す。

 自分もそんなに周りの動きに鈍いわけではないと思うが、それでも女子の情報網には度々驚かされることがあった。

 彼女たちは新聞記者にでもなれるのではないだろうか。


(まあ、その情報が正しいのかどうかは微妙なんだろうけど……)


 噂が一人歩きしているような気が、しなくもない。


「どんな子か言ってた?」

「さあ……。男らしいけどな」


 口調からして蛍にはあまり興味がないようだった。

 女子じゃなかったからといって落胆の色はこれっぽっちも見えない。

 なかなか硬派なようだ。彼らしいといえば彼らしい。

 きっと今の彼は、習い事である空手一筋なのだろう。


「……あ、でも日本人じゃないっぽいって言ってたな」

「え?」


 日本人じゃない?


「……外人ってこと?」

「他にあるか? まさか火星人じゃあるまいし」

「そうだけど……」


 妙な揚げ足を取られた気分で苦笑すると、ちょうどチャイムが鳴り響いた。

 みんながバタバタと席に着く。

 転校生の話がすでに広まっているのか、教室の空気はどこかソワソワしているようだった。

 自然と春樹も落ち着かない気分になる。


 ガラッ

 チャイムの余韻が消えるのと同時に先生が入ってくる。

 これは毎度の光景だ。

 あまりにもタイミングが同じなので、春樹としてはドアの前に潜んでいるのではと疑いたくなる。

 本当にそうだったら嫌なので訊いてみたことはないが。


「えー」


 コホン、と少々わざとらしい咳払いを一つ。


「知っている人も多いだろうが、今日は転校生が来ている」

「先生、どのクラスですかー?」


 噂好きそうな女子から質問が飛んだ。

 その質問に、先生は待っていましたとばかりに笑顔をつくる。

 下手すれば胸まで張りそうだ。その際には「えっへん」と擬音もつけてあげたい。


「驚け、なんとうちのクラスだ」


 ざわざわ。とたんに広がるざわめき、期待の声。


「静かに。まあ、先生は運がいいからな~。あみだも滅法強いんだ」


 ――は?


 はっはっはっ、と笑う先生に春樹は思わず目を丸くした。


(転校生のクラス分け、あみだで決めたの……?)


 もちろん冗談かもしれない。

 しれないが――あの先生から真意を読み取るのは無理そうだった。

 いつもあの調子なのだ。ありえないこともない。


「さ、入って」


 ガラ……

 先生がドアの向こうに声をかけると、ドアは比較的静かに開いた。

 そこから一人の少年が入ってくる。

 一瞬の間の後、はっきりと大きくなるざわめき。


(……うわ……)


 ――その一瞬は、春樹も息を呑んでいたほどだ。

 見惚れていたと言ってもいいかもしれない。それだけみんなの気を引いたのだ。

 きれいな金髪に、すらりとした手足。

 整った、しかしどこかで幼さを残した顔立ち。


「はじめまして、咲夜(さくや)隼人(はやと)です。よろしくお願いします」


 よく通る声で少年――咲夜隼人は頭を下げた。淀みのない日本語である。


(ていうか、思い切り日本の名前じゃん)


 怪訝に思って蛍を見たが、彼は眉を寄せて頭を掻くだけだった。

 心境は「俺に言われても」だろう。春樹も、別に彼を責める気はない。


「日向」

「あ……はい。何ですか?」

「クラス委員だし、何かと面倒見てやってくれな」

「わかりました」

「他のみんなも仲良くするんだぞー」


 先生の呼びかけに、みんなからそれぞれ声が上がる。

 それに満足そうに笑った先生が隼人に空いている席を勧め、この後の連絡事項をポツポツと話した。

 だが、大半の生徒が先生の話を聞いていなかったと思う。


 みんなの興味は転校生、咲夜隼人に注がれていた。




◇ ◆ ◇



 思わず抱いた感想は「動物園みたいだな」だった。


 給食を食べ終えて昼休み、春樹はクラスの様子を思い出してそんなことを考えた。

 先生が教室を出た後、みんなは一斉に咲夜隼人を取り囲んだのだ。

 その様子が、まるで珍しい動物を見ているようで動物園を連想させた。

 だが、そうなってしまったことにも納得がいく。

 ただでさえ転校生という未知数な状態のうえに、金髪美少年ときたもんだ。

 男女問わず、隼人は気になる存在だろう。


「僕、先生に頼まれたけどまだ一回も話してないや……」

「……あの人込みじゃ、無理もないだろ」


 そう言う蛍も、まだ彼とは一度も話していない。


「もう人気者みたいだし、別に僕が何もしなくても大丈夫そうだしね」

「確かに、さっきは女子と楽しそうに話してたしな……」


 蛍の口調が感心しているようだったので思わず吹き出してしまう。

 蛍にとっては信じられないことなのだろう。彼は元々口下手なのだ。

 自分とこうやって話せるようになったのも、つい最近のことである。


「……何笑ってんだ」

「ごめん、つい……」

「日向春樹クン?」

「――え?」


 急に呼ばれ、春樹は慌ててそちらを向いた。

 そこには、さっきまでの話題の中心人物、咲夜隼人が立っている。

 噂をすれば影がさす、とはよく言ったものだ。


「え……と、咲夜くん? どうしたの?」

「咲夜だなんて……隼人って呼んでよ」

「は? え、じゃあ……隼人くん」


 戸惑いながら返すと、隼人はにっこりと笑った。

 それと同時に、きれいな金髪がサラリと揺れる。

 それにぼんやり見入っていると、すっと片手を取られた。

 それから彼は軽く跪く。

 紳士が淑女にやるような、アレだ。


「もう一度自己紹介しておくけど、オレは咲夜隼人。よろしくね、春樹クン」


 にぃっこり。

 その笑みはやはりきれいだったし、エスコートのような態度もほぼ完璧と言って良かった。

 ただしそれは、女性相手に限る。

 男の春樹としては当然混乱を招いた。

 それでも笑みを崩さずに済んだのは春樹だからこそだろう。


「あ、あの~……咲夜くん?」

「隼人でいいって」

「隼人くん……ええと、この手は一体?」

「ん? オレ流の挨拶」


 あっけらかんとして言わないでほしい。反応に困るではないか。


「女の子にやった方がいいと思うよ、これ?」

「もちろん女の子にもやるさ。オレは男女平等主義なんだ」


 ――訳がわからん。


「ところで、春樹クンはクラス委員長なんだろ?」

「そうだけど……」

「いいね、クラスリーダー! お代官様ってやつ?」

「いや、それはちょっと……」


 春樹は顔を引きつらせた。

 時代劇でも見ているのだろうか。

 どうでもいいがテンションについていけない。


「……ここまで押されてる日向、初めて見たかも……」


 ポツリ、と蛍が呟いた。

 春樹は軽く睨んでおく。そんな他人事のように言わないでほしい。


「それで……隼人くん、僕に何か用があったんじゃないの?」

「そう。先生が、春樹クンに学校案内してもらえって」

「あ……わかった。じゃ、ちょっと待って……」

「Thank you!」

「わあ!?」


 突然抱きつかれ、春樹は思い切り悲鳴を上げていた。

 蛍もぎょっとしている。


「? 春樹クンはシャイなのかい?」


 そんな問題じゃないだろうに。

 すっとんきょうな言葉は無言で流し、春樹は肩で息をしながら彼を引きはがした。

 どうして会話をするだけでこんなに疲れなければならないのだろう。

 クラス委員になんてならなければ良かった、などと極端な思考まで浮かんできてしまう。


「あのね……急に抱きつかれたら、誰だってビックリするよ」

「……ああ! ごめんごめん。ここは日本だったね。つい、あっちにいた頃のクセが出て」

「そういえば……隼人くんって何人(なにじん)、なの?」


 自然な金髪ではあるが、よく見れば日本人に見れないこともない。

 外見だけでは人種までわからなかった。


「オレ? ハーフってやつだよ、父がイギリス人で。生まれたのは日本でかな。長く育ってたのはアメリカだけど」

「ずい分バラバラだね……。えっと、それじゃ案内するけど……」


 ちらり、と蛍に視線を送る。

 彼は当然それに気づいたが、こちらの考えを正確に読み取ったのか無言で席を立った。

 スタスタとどこかへ行こうとする。

 それをあえて言葉にするのなら、「逃げるが勝ち」がぴったりかもしれない。


 そんな彼の腕を、春樹はがっちり捕まえた。


「杉里くん……僕を見捨てる気?」

「……頼まれたのは日向だろ?」


 笑顔で詰め寄る自分に、蛍は明後日の方を見る。

 自分は無関係だ、の主張だろう。

 しかしこちらも負けてはいられない。


「先生、みんなも仲良くするようにって言ってたよね?」

「だからって……」

「その機会を棒に振るなんて、そんなことしないよね?」

「んな無茶苦茶な……」

「ヘイ、そこの侍ボーイ」


 とっても微妙な空気の二人の間に、軽い口調で隼人が割り込む。

 蛍は微かに眉を上げた。

 どの辺が「侍ボーイ」なのか理解出来なかったのだろう。

 春樹にもよくわからない。


「……何だよ?」

「リーダーの言うことは絶対だぜ、侍ボーイ」

「……俺は杉里蛍だ。その侍ボーイってのはやめてくれ」

「Oh,自己紹介ありがとう。それじゃあよろしくね、蛍クン」

「…………」


 蛍ががっくりと肩を落とした。

 会話が上手くつながっていないことに脱力感を覚えたのだろう。気持ちはよくわかる。


「……わかったよ。俺もついていけばいいんだろ……」

「ありがとう、杉里く……」

「Thanks! 持つべきものは友達だねっ」

「うわ、俺に抱きつくのはやめろ!」


 抱きつこうとした隼人に蛍が慌てて身を引く。

 その悲鳴があまりにも真剣で、春樹は苦笑するしかなかった。


「――で? 隼人くん、まずはどこを見たいの?」

「そうだね、やっぱトイレかな」

「……は?」


 せっかく気を取り直したのに、またもや気を挫かれてしまった。

 気のせいかクラクラしてきた頭を押さえる。落ち着け、自分。


「別に構わないけど……何か理由でも?」

「だって大切だろ? 理科の実験やピアノの演奏よりも、トイレの方が生きるうえで必要じゃないか」

「……さいですか」


 ケロリと答えた彼に、ため息を吐き出す。


 転校生の、金髪美少年。

 そんな春樹の中のイメージは、一転して「謎の変人少年」になったのだった。


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