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「……どうしたの、空兄?」
翌日の約束された時間、倭鏡にやって来た春樹は真っ先にそう尋ねていた。
挨拶すら忘れてしまったほどだ。
それほど彼の顔は「すごい」としか言いようがない。
「いやー……寝不足とやぶ蛇に襲われて」
「寝不足はともかく、やぶ蛇?」
「口は災いの元ってことだ」
腕を組んでうなずく彼に呆れる。
何だそれは。会話として成り立っていない。
「空兄……どうせまた、葉兄に余計なこと言ってケンカ売ったんでしょ」
「うわっ、こうもあっさり見破られるとすげー傷つく! 心が痛い!」
「いや、そんな胸押さえてまでリアクションしなくていいから」
オーバーな演技を披露してくれる彼に冷たくツッコむ。
しかし、こうでもしないと話は一向に先に進まないのだ。
このまま何をしに来たのか忘れてしまいたくはない。
「つれねーなあ。――ほらよ、封御」
軽く投げ出され、慌てて受け取る。
自分とほぼ同時に受け取ったらしい大樹が封御を見て歓喜の声を上げた。
「すげー! 元通りだっ!」
「ちっちっちっ。甘いな大樹」
「へっ?」
「封御にはちと改造を加えてな……ホラ、ここを押すと――」
ぴろりろり~♪
…………。
…………。
「……空兄。今の何?」
あのマヌケな音は自分の気のせいだろうか。もしくは妙にはっきりした空耳だろうか。
どちらでもいいから、どうかそうであってほしい。
「いいだろ? 音出るの。あとここをこうすると光るんだぜ? これで懐中電灯が壊れても生きていける!」
「意味わかんないよ!? もしかしてやりたいことって……この改造だったの……?」
「もっちろん♪ ここまで上出来なら徹夜した甲斐があったってもんだぜ。カッコイイっしょ?」
笑顔で訊いてくる彼に引きつり笑いを浮かべる。
これはまあ、彼なりに努力してやってくれたことなのだろう。その気持ちは嬉しい。
だが、これはカッコイイというより……。
(ちゃちなオモチャになった気がする……)
ぴろりろり~♪
ぴろりろり~♪
「~~~~大樹! 連打するな!」
異様に力が抜けてくるではないか!
「だってすげーじゃん。音出る封御なんてきっとコレとソレだけだぜ?」
「大樹! おまえはこの価値をわかってくれるんだな!?」
「おう♪ 空兄って天才だなっ」
「くう……っ、言葉が目にしみる……! よし大樹、今から俺の弟になれ!」
「勝手に変な話を進めないで、空兄……」
ぐったりとした気分で息を吐く。何なんだこのテンション。
認めてもらえて嬉しい気持ちはわからないでもないが、だからといってやりすぎではないだろうか。
大体これを気に入る大樹も大樹だ。
「――あ、そうそう。まだオマケの機能があるんだ」
「まだ……?」
「そー。センサーつけたんだよ。これで渡威が近くにいたら、光って教えてくれるって仕組み。まあ、半径十…メートルかそこらまでしか反応出来ねーんだけど」
さらりと言われ、春樹は一瞬意味が呑み込めなかった。
ポカンとして彼を見上げる。
その隣では大樹がピロピロ鳴らしていてうるさいが、まあそれはともかく。
「すごくない、ソレ?」
「ま、オマケだけどな」
「いや、明らかにこっちメインでしょ!?」
あくまでもセンサーはオマケだと言い張る彼に唖然とする。彼の基準はどうなっているんだ。
どう考えても音が出るよりセンサーの方が実用的ではないか。
「細かいことはともかく、それで楽しめ!」
先生。――そもそも、封御は楽しむためのものなんですか?
「……何かよくわかんなくなってきたけど……とりあえずお礼は言っておくね。ありがとう、空兄」
「オレも! サンキュー空兄!」
「なあに、これくらいどうってことねーよ」
礼を述べる自分たちに、空は本当に楽しそうに笑った。
しかし少ししてそれを柔らかいものに変え、二人の肩をがしっと抱く。
「色々大変だろうけど頑張りな」
「空兄?」
「俺にも出来ることは手伝ってやるからよ。
――期待してるぜ?」
「……?」
突然の言葉に、すぐには戸惑いを隠せなかった。
春樹と大樹は思わず顔を見合わせる。
彼が何を思い、どうしてそんなことを口にしたのかはわからない。
けれどそこには確かな響きがあったのも事実で。
――どちらからともなく、二人は笑顔を見せた。
「うん」
「任せろっ!」
■幕間「空色未来」了




