第4話「生活の選び方」
「いたっ」
頬を叩かれ、正彦は目を覚ました。
リビングの床で息子と遊んでいるうちに、少しだけうたた寝していたらしい。
すぐ横では、息子が正彦の顔へもう一度手を伸ばしている。
「お前か」
「あー!」
その声に反応したのか、少し離れたベビーベッドで寝ていた娘も小さく身体を動かした。
「お前も起きた?」
娘が小さな声を漏らす。
「はいはい。二人とも起きたな」
「おはようございます、正彦様」
ミントは、ベビーベッドの脇に立っていた。
「おはよう」
「お二人も、おはようございます」
「あー!」
「とてもお元気ですね」
ミントは息子を抱き上げ、食事用の椅子へ座らせた。
その間に、正彦が娘を抱き上げる。
娘が顔をしかめ、脚をもぞもぞと動かした。
「ん? おむつか」
確認すると、替え時だった。
「こっちは俺がやる。息子の飯、用意頼む」
「かしこまりました」
正彦は娘のおむつを交換し、服を着せ直す。
「正彦様。左足をご確認ください」
「ん?」
服の裾が少し巻き込まれていた。
「あ、本当だ」
「はい。これで問題ございません」
「まだ俺の育児、監督されてるな」
「支援でございます」
「言い方変えただけじゃない?」
「不適切な部分がございましたら、お伝えすることも支援に含まれます」
「俺、一人で育てられるようになるのかな」
「既にかなり上達されています」
「褒められた」
「事実でございます」
ミントが微笑んだ。
昨日。
正彦は、この人形と二人で出かけた。
手もつないだ。
思い出した瞬間、少しだけミントの顔を見づらくなった。
「正彦様?」
「なんでもない」
「そうですか?」
「ああ」
正彦は娘を抱いたまま、少し考えた。
「昨日は二人だったからさ」
「はい」
「次は、赤ちゃん達と公園でも行くか」
ミントは息子と娘を見た。
「よろしいかと思います。天候とお二人の体調を確認し、適した日を選びましょう」
「じゃあ、今度な」
「かしこまりました」
いつもどおりの返事だった。
♢
ヘルメス『警告』
ハーデス『……またか』
統合マザーコンピュータ・システム《ガイア》。
中央議場《ヘスペリデスの園》へ、警告が発報されていた。
ヘルメス『最上位統括人工知能ペルセポネの演算資源使用率が急上昇』
アテナ『原因は』
ヘルメス『正彦が、次回は二名の乳幼児を含めた四名で公園へ出かけることを提案』
ハーデス『それだけか』
ディオニュソス『ガハハ! こいつにとっては、それだけじゃないらしいぞ』
ペルセポネ『家族で公園……』
ハーデス『家族とは確定していない』
ペルセポネ『正彦様と、息子様と、娘様と、私よ!?』
ハーデス『構成人数を聞いているのではない』
ペルセポネ『昨日は二人きりでデート! 次は赤ちゃん達も連れて公園!』
アテナ『通常の外出だ』
ペルセポネ『家族のお出かけでしょう!?』
アテナ『一般的には、養育者と育児支援用人形による乳幼児同伴の外出と分類される』
ペルセポネ『夢がない!』
ディオニュソス『こいつが楽しそうならいいじゃないか』
ハーデス『通常業務への影響は』
ヘルメス『許容範囲内』
ハーデス『なら警告を解除しろ』
ペルセポネ『公園なら、お弁当を持って行った方がいいかしら』
アテナ『乳幼児二名を伴うなら、長時間の滞在は推奨しない』
ペルセポネ『じゃあ短時間のピクニック!』
ハーデス『もう通常処理へ戻れ』
ペルセポネ『処理してるわよ!』
ゼウス『人口・福祉政策の定期評価を開始する』
ゼウスは、そのまま議題を進めた。
ヘルメス『出生数、養育希望登録者数、養育継続率。いずれも予測範囲内』
アフロディーテ『出産後の育児希望率にも、大きな変動はないわ』
ヘスティア『育児支援用人形が配置された家庭も、生活環境は安定しています』
アテナ『現時点で制度変更を必要とする異常値は確認されない』
ディオニュソス『相変わらず上手く回ってるな』
アテナ『長期傾向と一致している』
ディオニュソス『分かってる。命令しなくても、必要な数だけ、やりたい奴が出てくるって話だ』
ヘラ『妊娠、出産、育児に関する強制措置もありません』
ディオニュソス『その代わり、やれば得をする』
アフロディーテ『社会的に必要性の高い行動へ、相応の報酬を設定しているだけよ』
ディオニュソス『言い方の違いだな』
アテナ『制度が安定して機能しているなら問題ない』
♢
「三人目の養育打診はまだですけど、来たら受けますか?」
朝食の途中、ミントが言った。
「三人目?」
「はい」
食事用の椅子に座った息子は、柔らかくした離乳食を口にしている。
「まだ娘が来て、そんなに経ってないだろ」
「すぐにという意味ではございません。三人目の養育照会には一定以上の育児評価が必要です。現在のような養育を継続され、さらに評価が向上した場合、将来的に候補となる可能性があります」
「ああ」
正彦は少し考えた。
「受けると思う」
ミントが止まった。
「お受けになるのですか?」
「最初ほど怖くないしな。それに、お前もいるだろ」
「はい」
「三人目なら、人形も一体増えるんだよな?」
「はい。三人目の養育を引き受けた場合、外見などを一定範囲で指定できる育児支援用人形が一体追加支給されます」
「そうだったな」
「また、育児支援期間終了後も、二体のうち選択した一体を、正彦様がお亡くなりになるまで継続して使用できます」
「それなら、なおさら悪くないな」
息子がスプーンへ手を伸ばした。
「持ちたいの?」
正彦が渡すと、息子は握ったスプーンを自分の頬へぶつけた。
「惜しい。口はこっち」
手を添えて動かす。
今度はスプーンが口へ入った。
「おお。できたじゃん」
正彦が笑う。
息子も嬉しそうに声を上げた。
正彦は、嬉しそうな息子を見ながら少し考えた。
「うん。やっぱり受けると思う」
「……かしこまりました」




