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婚約破棄をしたがっている北国の孤独な彼に、愛をたくさん注いでみた  作者: 入多麗夜


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1/7

孤独な領主様

脳内破壊されながら書く予定です!!、

 ローゼン・クライゼンは北国の孤独な領主だった。


 北の果てにあるクライゼン領は、一年の半分を雪と氷に閉ざされる。春が来ても土は固く、夏になっても風は冷たい。王都の者たちはこの地を辺境と呼び、地図の端にある寂しい土地だと語る。けれど、そこで暮らす者たちにとっては、ここが家だった。凍った畑を耕し、短い夏に麦を育て、冬の前には薪を積み、吹雪の夜には家族で暖炉を囲む。厳しい土地ではあるが、誰もがここで生きていた。


 ローゼンは、その土地を治めていた。


 若くして領主となり、戦乱を越え、多くの友人と部下を失い、荒れた北国を立て直してきた男である。人々は彼を強い領主だと言った。冷静で、判断が早く、どれほど困難な状況でも取り乱さない。国境に敵影があると聞けばすぐに兵を動かし、冬の食糧が足りないと分かれば、自分の屋敷の備蓄を先に開ける。領民から見れば、ローゼンは頼るに足る領主だった。


 けれど、ローゼン自身は、自分を強い人間だと思ったことがなかった。


  自分だけ死ななかっただけなのだ。


 戦場には、彼よりよく笑う者がいた。彼より気前がよく、人に好かれ、酒場に入れば誰かしらが声をかけるような友人がいた。帰ったら母に謝るのだと言っていた者もいたし、婚約者に贈る指輪を、戦場の荷の中にまで大事にしまっていた者もいた。彼らは皆、帰れなかった。雪の降る夜、北の谷で、あるいは砦の崩れた壁の下で、あるいは血と泥にまみれた退却路で、死んでいったのだ。


 だから彼は、帰ってきてからも、どこか帰りきれずにいた。


 屋敷の中には自分の部屋がある。執務室がある。食堂がある。使用人たちがいて、家令がいて、領主としての仕事がある。


 だが、それらは全て彼にとって、人生の延長線上でしかない。彼はいつも、あの場所に置き去りにされているような気がしてならないのだ。


 本当なら、自分もあの場所で死ぬべきだったのではないか。ローゼンは、何度もそう思った。数多の素晴らしい未来を犠牲にした上に立っている自分が、今さら穏やかな日々を望んでいいはずがない。自分がそれを手に入れることは許されないと。


 そう思っていたのだが、何年か前に、長く仕えている従者から誰がと婚約をして所帯を持ってほしいと懇願された。


 最初にその話を持ち出された時、ローゼンは断っていた。クライゼン家の存続を考えれば、いずれ婚姻が必要になることくらい分かっていた。領主に後継ぎがいなければ、いざこざを生むだけだと。


 しかし、従者たちは引き下がらなかった。それも一人ではない。家令も、古くから仕える侍女も、屋敷の管理を担う者たちも、皆が同じようにローゼンの婚姻を望んでいた。クライゼン家の存続のため。領地の安定のため。そして何より、ローゼン自身がこのまま一人で生き続けることを、彼らが案じていたためだった。


 ローゼンは何度も断った。自分に家庭を持つ資格はない。誰かを迎え入れても、穏やかな夫にはなれない。北国の暮らしは厳しく、王都の令嬢にとって幸せな場所とは言えない。そう言って、婚約の話を遠ざけようとした。


 けれど、従者たちは諦めなかった。


 その必死さを前にして、ローゼンは最後まで拒み続けることができなかった。


 結局、ローゼンは気負けするような形で、婚約を受け入れることにした。


 とはいえ、それは家庭を望んだからではない。穏やかな未来を夢見たからでもない。クライゼン家のため、領地のため、従者たちの懇願をこれ以上退けられなくなったため。ただそれだけの理由で、彼は婚約の話を進めることを許したのだった。


 そんなこんなで遙か北方の地に嫁いできたのが、アリシア・レインフォードという令嬢だった。


 アリシアは大陸の南部出身だ。


 大陸南部といえば、クライゼン領とはまるで違う土地である。冬でも雪は珍しく、春になれば早くから花が咲き、夏には果実が甘く熟れる。海に近い地方では潮の匂いが風に混じり、王都よりさらに南へ行けば、白い石造りの屋敷と明るい庭園が並ぶという。


 そんな土地で育った令嬢が、よりにもよって北の果てへ嫁いでくる。


 ローゼンは、その話を聞いた時、やはり何かの間違いではないかと思った。北国の冬は、慣れている者でさえ時折うんざりする。風は頬を刺し、雪は窓を塞ぎ、日が短くなる頃には屋敷全体が静まり返る。南部で育った令嬢にとっては、寒さだけでなく、その静けさも堪える。華やかなものに囲まれて育った娘なら、数日でこの土地を嫌になってもおかしくなかった。


 けれど、アリシアは意外にも北部の暮らしについて興味津々だったという。


 それが嫁ぐ理由だったのかは今でも分からない。ただ、アリシアがこの婚姻をただの不運として受け止めていなかったことだけは確かだった。

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