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夫を喰い殺した残虐な女豹 ヴィペール・オブリ  作者: 佐古鳥 うの


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中編



社交界でとある噂が出回った。

とある貴族の妻が家の借金のため闘技場に売られたのだと。


闘技場とは文字通り闘いの場だ。血も流れるし場合によっては死にも至る。そんな野蛮な競技を貴族達の大半は嫌悪しているが観戦するのは大好きで見世物小屋感覚で通う者も少なくなかった。

戦争もなく処刑も近年は少ないので丁度いいガス抜きなのだろう。


だが貴族の夫人が闘技場に売られるというのは長い歴史でも初めての話だった。



数代前の国王が建てた闘技場は現在武闘派の第三王子が大会の代表となっている。第三王子は大会に顔を見せるだけでなく試合にも出ておりその強さに魅入られたファンも多い。


参加条件はこの国の民であるか公式に認定されている冒険者ギルドに登録している者のみ。種族や性別、年齢を問わない代わりに怪我や死亡、不慮の事故の責任は一切負わないことになっている。

それでもいいという怖いもの知らずだけが参加する血の気の多い大会だった。


そんな場所へ淑女が?

最初は誰もがデマだと笑った。娼館に売られるならまだしも闘技場に売られるなどおかしな話だと。闘技場と似た名前の店に売られただけなのでは?と揶揄したがそんな店はなかった。


ならば下女として働いているのでは?となったが安全な王都内に闘技場があるとはいえ血の気の多い野蛮な者達も出入りするような危険な地帯だ。一介の淑女に耐えられる場所ではない。

借金があるから仕方ないのでは?と誰かが嗤ったがそこは代表の第三王子が否定した。


『後ろ暗いことがありそうだと何かと敬遠されるからこそクリーンであるべきだな。我がカストロゼ闘技場には夫に売られるようなか弱い淑女は働いていないしそんな者を雇うほど落ちぶれてはいない』


ならばその噂はどこから来たのか。


『貴族としての務めを果たさず妻に取って代わられ立場をなくした貴族が憂さ晴らしに広めているのだろう。闘技場を話題にするのは構わないが内容はいただけない。家がわかり次第王家から直々に抗議しておこう』


王家に目をつけられた上にお叱りまで受けたら社交界での立場を失ってしまうと顔色をなくした貴族達は嗤っていた口を慌てて閉じた。


しかしその闘技場の出場者におかしな者が出ててると噂されるようになった。


海を挟んだ南の国の女部族のような、(この国にしては)露出が多く体のラインが出ている派手な服装に相手を威嚇するようなドギツイメイク。

どこぞの道化師か何かかと最初こそ笑われていたが闘技場で最初の登竜門とされた巨漢のレビアダンを沈めたことで騒然となった。


道化師のような新人挑戦者とレビアダンの体の大きさは子供と大人だ。体重も馬車馬三頭分に匹敵すると新聞で書かれていた。

そんな巨漢を体だけ見れば若い女性と何ら変わらない相手が跳んだかと思えばレビアダンの脳天に踵落としをして地面に埋めたのだ。驚かないほうが難しい。


その後も彼女の快進撃が続き、あれが売られたという貴族夫人ではないか?と噂された。

噂を聞いた貴族達は怖いもの見たさでこぞって闘技場に向かった。しかし誰がどう見ても彼女がどの家の誰かわからない。


ドギツイメイクのインパクトが強過ぎて記憶から炙り出そうとしてもまったく出てこないし、髪の色もベースが黒であるものの半分から毛先は華やかな紫に染まっておりその黒も絹のように艷やかで真っ直ぐだった。

どちらかの色で探してみるもそんな色の貴族はいないし他の種族でもその色はいても顔が人ではなかったりその逆もまた然りと情報だけが錯綜する。


社交界の笑いのネタにしようと躍起になっていた貴族は地団駄を踏んだ。



さて闘技場では試合に勝ち進むごとに賞金が得られるシステムになっている。

参加者を増やし大会を盛り上げるために増やした項目だが近年貴族が観覧しに来ては勝手に席を強奪するため貴賓席とは別の間くらいのグレードの席を作りその料金を倍額にした。

また第三王子は知らないが(ということになっている)非公認の賭け事も行われており賭博好きな者達が毎試合勝敗を予想しては金銭のやり取りをしている。

その賭け金が賞金にも流れているのだがそちらも第三王子は知らないことになっている。


貴族達が迷走している間に道化師のような新人挑戦者は『紫黒のスティンガー』という異名が付き破竹の勢いで対戦者を撃破していく。

驚くことに紫黒のスティンガーは武器利用をしておらず変わった体術を多用して対戦者を倒していた。


それが何かの違法魔術か八百長だと妬んだ者達が言い出し規定違反だと大会から閉め出そうとしたが『私が使っているのは付与魔法で身体強化の重ね掛けです』とあっさり公表した。

また『付与魔法は己の命を守る大事な防御のひとつだ。規定違反ではない。魔法も中級までは使用が許されているし付与魔法は初級クラス相当だというのが国公認の魔法魔術研究会の回答だ』と第三王子が大会代表として答えたため陥れようとした者達が引っ込み、彼らに追従しようとした闘技場参加者は紫黒のスティンガーにボッコボコに打ちのめされた。



「このような場にあなた様のような方をご招待できるなんて思ってもみなかったですわ」


ホホホホ、と笑う令嬢に周りも一斉にクスクスと笑い出す。

品のない蛮族の娘が第三王子に付き纏っているという噂が出回ったことで癇癪をおこした侯爵令嬢が親を使って圧力をかけ主催のパーティーに無理やり招待したのだ。


筆頭侯爵である我が家に招待されたとノコノコ浮かれてやって来た愚か者を皆さんで笑いものにいたしましょう。

招待状には素顔を晒したくないでしょうから試合に出る時と同じメイクでいらしてくださいと書いたの。きっと化け物みたいなメイクなのでしょうね。


気つけ薬は持ちました?まともな令嬢はきっと失神してしまうでしょうから。

高位貴族のご令嬢方を失神させたなどと社交界に出回ればきっと外も出歩けない醜聞となりましょう。


傷ついたか弱いわたくし達を第三王子殿下は優しく労り酷い目に遭ったなと慰めてくださるでしょう。そして二度とあの化け物を近寄らせはしないでしょう。

だって御自分の婿入り先に無体なことをしても何の利益もありませんもの。


なんて勝ち誇っていたが、その第三王子はなんと件の化け物をエスコートしながら入場してきた。


貴族と噂されているがマナーなんて知らないだろうからとエスコート役が必要だなんて書かなかった。一人で入ってきたところを嘲笑する気満々だったので。

また第三王子がエスコート役を受けると本気で思っていなかった。だって化け物なんかをエスコートしたら王家の名に疵がつくと思っていたので。

王家の恥になるようなことを未来の伴侶が理解していないはずがないと令嬢は考えていた。


というか、エスコートするならわたくしでしょう?!


だがこれはもしかしたらわたくしが主催者側だったから声がかからなかっただけかもしれない。主催者は何かと忙しいもの。

きっとわたくしを慮ってくれたのだわ。なんてお優しいのかしら。そう思うとことにした。


人を使って第三王子を連れ出し紫黒のスティンガーを孤立させたところで取り巻きを連れて会いに行ってやった。


カーテシーはまあまあね。挨拶の言葉も及第点かしら。目を合わせないように伏せる行動にやはり格下だとわかり自分は自己紹介もなく高飛車にマウントを取った。


「あなたは国内の貴族だそうけれど家名はなんて仰るの?ああ、ご実家でもいいわ。そのメイクもお衣装も斬新よね。品がないというか…ああごめんなさい。あなたにとってはその衣装は思い入れが深いものでしょうしそれしか持ってらっしゃらないのよね?」


招待状には『試合に出る格好で』と書いておいたからその格好で来るのは当然だ。怒って手を出そうとしてきたら悲鳴をあげて第三王子に助けてもらおう。

周りは手駒で固めさせ見えないようにしているから誰もがわたくしの意見を信じるわ。


「あらちょっと、臭うのではなくて?」

「いやだわ。洗濯していないのかしら?でなければ香水でもふりかければよろしいのに」

「わたくし達貴族が好む香水はとても値段が張りますもの。安い香水を使って悪臭になったのかもしれませんわ」

「いやだ臭い臭い。皆さんも扇いで臭いを外に追い出しませんと」


無様に泣きながら尻尾を巻いて逃げ帰りなさいな。と遠回しに伝え、取り巻き達とうっそりと嗤いながら化け物を見遣ると彼女は微笑を携えたまま微動だにしなかった。


「あらまあ。怖がらせてしまったかしら?」

「貴族と言っても最下位でしょうしね。ああ、泣かないでくださいましね。折角のお化粧が大変なことになってしまいますわ」

「元々不気味なメイクだから泣いたところでそれほど変わらないんじゃなくて?」


フフフ、ホホホホ。と取り巻き達と嗤ったが化け物の表情は崩れなかった。なかなかやりますわね。と眉を寄せたところで第三王子が現れ令嬢達が驚く。


「無駄足だったな。得られるものは何もなかった」

「左様でございますか」


自分よりも先に第三王子と話し出す化け物を凝視すれば「お待ちください!」と父達が早足でこちらにやって来た。


「殿下。話はまだ終わっておりません」

「俺の話などどうでもいい。今日は彼女を招待しもてなすパーティーのはずだろう?なのに俺に婚約者を斡旋するとは何事だ。

貴様達はスペアでもない第三王子なら自分達の意見がまかり通ると思っているのか?」

「そんな!滅相もございません!!」


慌てた父がこちらに目配せしてきたので素早く対第三王子用に柔らかく微笑み優雅に挨拶した。


「そんなお急ぎになられなくともパーティーはまだ始まったばかりでございますよ。あちらで殿下のお好きなワインをご用意しております。それを楽しんでからでもよろしいではありませんか」


第三王子はワイン党でお酒が大好きでらっしゃるから簡単に乗ってくださるだろう。わたくしが自ら話し相手になれば王子妃の席も確実になるはず…。


手を差し伸べエスコートしてもらおうと剛腕な腕に添えようとしたらスッと遠退いた。驚き見上げれば冷めた目で見下ろす第三王子がいて体が勝手に固まった。何か致命的なことをしてしまったかのだろうか。


「おい侯爵。この者達はゲストである彼女に無礼を働いた。勝手に招待しておきながらゲストを侮辱することはパートナーである俺を侮辱するのと同義だ。それがどれ程罪深いことか侯爵家なら言わずともわかるはずだぞ」

「そ、それはその…」

「…貴様は入り婿だったか?まぁいい。この場で制裁を与える。誰がいいか選べ」


「そそそんな!おおお待ちください!」


「貴様は主催するパーティーで招待したゲストを吊し上げにして笑い者にすることを是とするのか?ならば筆頭侯爵の地位を返上するがよかろう。

俺の見ている前でそんなバカなことをする貴族などこの国の臣下である必要はないからな」


侯爵位の質も落ちたものだな。と罵られ父は拳を握り締め沈黙のあと取り巻きの中で家格が低い子爵令嬢を指名した。


「怪我をさせなければ好きにしていいぞ」

「わかりました。ではジャイアントスイングで」


取り巻きの子爵令嬢は悲鳴をあげたが逃げられず、両足を取られると化け物に軽々と持ち上げられられまた悲鳴をあげた。


スカートが捲れ下着が露わになるという辱めを見せられても誰も助けることができず、振り回される子爵令嬢を真っ青な顔で呆然と見ていることしかできなかった。

最後は父達大人がいるほうへとぶん投げられた子爵令嬢は涙でぐちゃぐちゃになった顔で失神していた。


なんて野蛮なの?!と悲鳴をあげ第三王子にそんな化け物から離れたほうがいいと善意で声をかければ。


「誰だ貴様は。軽々しく俺の名を呼ぶな」

と吐き捨てられそこでわたくしの記憶が途絶えた。



この件は直ちにタブロイド紙に掲載され、『紫黒のスティンガー、貴族のパーティーで大暴れ!』と報じられた。


見出しと途中までは紫黒のスティンガーをこき下ろすものだったが、読んでいくとパーティーの主催者であるどこぞの貴族令嬢が注目株である紫黒のスティンガーに圧力をかけ無理やり招待したと書いてあった。

また注釈には『まったく交流がなかった相手に家を通さずいきなり招待状を送るのはマナー違反。この場合断っても問題ないが送った相手が()()()()だったから断われなかった可能性が高い。』

『招待状が送られてきたのは一週間前というタレコミがあった。これは茶会やパーティーを開いたことがある者ならば絶対にやってはならない侮辱行為だ。』と記載してあった。


貴族マナーについて答えてくれたのはタブロイド紙で常連の高位貴族夫人Qで今回の事件に強い嫌悪感を抱いていると答えている。

実名は出ていないし高位貴族かどうかも不明なので効果はないが読み手である大衆には好意的に見られているため貴族と市民の間にある亀裂が更に深まることは避けられないだろう。


話を戻すが、紙面の続きには『招待状の指定通りの服装で行ったにもかかわらず、ドレスで来るよう明記していたと非難してきた上にそんなこともわからないなんて、とその場にいた貴族達と笑い者にした』と書かれてあった。


その日のエスコート役は第三王子ということもあり紫黒のスティンガーは理不尽な嘲笑にもぐっと耐え続けていたが、

『そんなだから家の者に軽んじられ夫にも見捨てられ、売られるように闘技場に身を投じたのね〜おかわいそうに(笑)』

などと挑発され激昂。


『観戦したことがある者ならば記憶に刻まれているだろう。夫に売られたことと家族の話は発してはならない禁句(タブー)だと。

口にした無謀な対戦者達が悲惨な末路を辿ったことをそのどこぞの令嬢は知らなかったようだ。』


『紫黒のスティンガーの逆鱗に触れた憐れな貴族令嬢とその家は十数名の負傷者を出し破壊されたパーティー会場の負債額はタウンハウス一軒分に相当したという。だが主催した貴族は弁償の訴えもしなければ裁判を起こす予定もないそうだ。』


『情報元によると『俺より強い女しか娶るつもりはない』と以前から公言していた第三王子の言葉を知っていたにもかかわらず、主催した家の貴族令嬢が自分こそが第三王子の婚約者だと触れ周り『婿入りする身なのだから大人しくわたくしの言うことを聞くべきだ』と人目を憚らず件のパーティーで宣言してしまったとか。』


『それが王家の耳に入りお叱りを受け社交界での立場を失い。大会代表の第三王子からも『戦う選手の価値も大会の理念も理解しない者が王子妃になろうなど片腹痛い。他をあたってくれ』とお断りされたので大人しく嵐が過ぎ去るのを待っているそうだ。』


『やらかした令嬢は領地に追いやられたとも修道院に送られたとも言われているが詳細は不明。興味がある方は社交界のパーティーに行けばわかるかもしれない。』


なんてことが面白可笑しく書かれていた。

また末尾には。


『これは余談だが、王妃殿下が主導している婦人団体と教会所属の元貴族と平民の混合非営利団体が社交界の在り方と離縁を望む既婚者、とくに女性側に対しての人権保護と発言の権利を主張する声が高まっているようだ。』


『女性の議会への参加権がないこの国でこのような声があがることは異例中の異例だ。

紫黒のスティンガーの活躍(オブリガート)によっては男の現場に女性が並んで働く日もそう遠くはないのかもしれない───。』



この記事を読んだ者は彼女に期待を込めてこう呼ぶようになった。『オブリ(助奏)』と。


それに合わせてキャッチコピーも変更された。

夫を喰い殺した残虐な女豹、ヴィペール・オブリ。と。


統一性は皆無だが元々本名で登録しておらず、大会でも新人や挑戦者の名前に興味を持つ者も少なかったため『紫黒のスティンガー』で罷り通っていた。


その紫黒のスティンガーも悪くなかったが繰り出される技に針的要素が減ったのと響きが男性っぽいということで毒蛇の意味のヴィペールが採用された。

ならば女豹も蛇でいいのでは?という意見もあったが女豹のほうが格好いい!と関係者が熱く語るのでそのままとなった。


オブリの名が定着する頃には闘技場の来場者数が三倍に増え、女性観客も増えた。比例してオブリのファンも増え続けており、オブリの試合衣装の刺繍デザインが素晴らしいと噂になればその仕立て屋の名前がタブロイド紙にあがり注文が殺到。それをモチーフにしたものはなんでも売れた。


劇場ではどんなに激しい戦いをしてもメイクが崩れないことに注目しその化粧品はどこのメーカーを使っているのか問い合わせがあったり、魔法魔術研究会からは『付与魔法について忌憚なき意見が聞きたいので時間が空いたら是非とも来訪してほしい』とファンレターと一緒に研究所の通行証が送られてきたりもした。





その界隈で三本の指に数えられるという剣士を撃破し残る試合はあとひとつとなった。


闘技場では中盤まではトーナメント制で残りの三試合はマスタークラスと戦い二試合先取すれば優勝となる。


現在のマスタークラスは五人おり通常は大会が組み合わせた相手と戦うことになるが指名、逆指名も可能。

マスタークラスメンバーには第三王子もいるが殿堂入りに近い立ち位置なので挑戦者からの指名はできない。

オブリは大会が組み合わせた相手で戦っており第一試合は黒星だったため今回の試合は一層気合が入っていいた。


ちなみにマスタークラスへの挑戦はトーナメントで勝ち上がれば誰でも何度でも挑戦できるシステムになっている。

その代わりトータルで負ければ最初からやり直しなので大変だが、賭けによる賞金の増額も見込めるのでむしろそれ目当てで参加している者も多い。


もしマスタークラスとの試合で二勝すれば優勝賞金とは別に男爵位と屋敷、使用人が得られ、マスタークラスへの挑戦権が与えられる。

マスタークラスへの挑戦権は総当たり戦となり勝敗もポイント制に変わるのだがこのお話には関係ないので割愛させていただく。


「あと一試合勝てばマスタークラスに挑戦する権利が得られる。新人の挑戦者は俺以来だ。どうだ?高みに登った気分は」

「……とても畏れ多いことです。先の試合で負った怪我が完治していなかったことと相性の悪さが引き起こした悲劇でしょう。本調子であれば私など簡単に斬り伏せられていたかと。たまたま幸運が巡ってきただけです」


高みなどそれこそ畏れ多いことだと卑下するオブリに第三王子は鼻を鳴らした。だが口は楽しげにつり上げられている。


「フン。そういうことにしておいてやろう」


なんとも殊勝な言葉に近くにいた関係者は異名とは正反対だなと驚いた顔で聞き耳をたてていた。


「ですがもし最後の試合に勝てたとしたら、ひとつ叶えてほしい願いがございます」


男爵位も屋敷も使用人も果てはマスタークラスの挑戦権まで辞退するかわりに聞き届けてほしい願いがあるというオブリに第三王子は片眉をあげたが寛容に頷いた。


「わかった。最後の試合に見事勝てた暁には俺が願いを叶えてやろう」


それを聞いた関係者兼野次馬達は『ついにプロポーズをするのか?!』と心の中でどよめいた。


実は例のパーティー以降第三王子は常にオブリを気遣い目をかけているので『これはもしや…?』と想像している者も少なくなかった。

ただまぁ第三王子の宣言やオブリの立場的に想い合っていても成就することは難しいだろうと誰もが思っていて。


だがオブリが次の試合に勝てば第三王子の理想の相手が誕生するかもしれない。何せ自分より強い相手なら貴賤は問わないと言われているのだ。

お互い憎からず想っているならば是非とも結ばれてほしい。オブリなら第三王子に勝てるかもしれないし。そんな勝手な想像をしながら二人の会話を微笑ましげに見ていた。


そして運命の試合の日。その日の闘技場観客席は満席で階段通路も人で溢れていた。オブリの対戦者は現在S級パーティーの元メンバーの戦士だ。マスタークラスに加入した後剣闘士にジョブチェンジしている。


どんなにドギツイメイクをしていてもラインは女性。細さも相俟って他の対戦者同様うっかり殺してしまわないか尻込みしていたが試合が始まり一撃を喰らった途端彼の目の色が変わった。


オブリの付与魔法は身体強化の重ね掛けの他に攻撃強化、スピード強化、急所重点防御など薄く細かく重ね掛けしている。

大会も違反はないと認めているが同じ魔法の重ね掛けならともかく複数の付与ができる者はそう多くはない。

重ね掛けも片手分以上かける者は殆どいないので魔法魔術研究会の者達は観客席の最前列で目をキラキラさせながらオブリをガン見している。


前世で培った技と目線や手足の動きによる先読みを駆使し、異世界の闘技場でも通じるよう即時対応し改善を繰り返してきた。

それでも相手は海千山千を乗り越えてきた猛者。元S級パーティーメンバーと言われるだけあってなかなか隙ができない。武器を壊しても彼には自分の何倍もの大きく頑丈な拳があった。


付与をどんなにかけても殴る重みと痛みが皮膚を通して伝わってくる。内臓が震え胃液が逆流して吐きそうだ。

懐かしい。でも嫌な思い出だ。これならまだ泥酔して嘔吐した記憶のほうがまだいい。


負けて吐くくらいなら勝って吐くほうがいい。


……これ、先輩の迷言だった。

リングの上では最強だったけれどそれ以外はだらしなくて色々残念な人だったな。


私がいなくなって先輩大丈夫だろうか。

ちゃんと掃除洗濯してるかな。

お酒ばっかり飲まずにご飯食べてるかな。

カロリー気にしてるんだからちゃんと手料理してほしいけど誰か雇ったほうが早いかも。



「…(異世界の空も前の世界と同じ綺麗な青なのね)」



知ってはいたけれど、改めて見てあの頃の感情が濁流のように私を襲った。



「……お互い、そろそろ限界のようだな」

「ええ。あなたが剣を捨ててくれたお陰でまだギリギリ手足が繋がってるわ」

「俺の拳は手足を砕き引き千切ることもできる威力だ。俺の拳を受け原型を保っているだけでも誇っていい」

「……なら、この試合が終わったら自慢するわ」


フッと笑みを浮かべれば彼も口許をつり上げたが一呼吸置くと真剣な表情に戻った。


「…では、」

「ええ、」



「いざ尋常に勝負!」




先輩、私異世界でプロレスラーになります。


前の世界ではどんなに頑張っても芽が出なくて居酒屋で何度も先輩に元気づけてもらってましたよね。


でも結局先輩が泥酔して私が介抱して泣き上戸の先輩をあやして慰めてましたけど。


私がいないんだからお酒減らしてくださいね。






満身創痍の体から力が抜け一気に重くなる。耳は遠くなっていて音があまり入ってこない。


目の前には大の字に倒れている剣闘士。顔をおもむろにあげ審判を見ればこちらにやって来てだらりと下がった腕を掴み高らかと空へ突き立てた。



「…勝った…の?」


よく聞こえないがそのようだ。もう片方の腕をあげポーズを取ると小さいが歓声がうっすら聞こえてきた。観客席を見れば第三王子がよくやったと言わんばかりに頷き拍手している。




先輩、私勝ちましたよ。結構ボロボロですけど。


でもこの勇姿をあなたに見てもらいたかった。



───よくやった。さすがは恵里香だ。



あなたならきっとそう言ってくれますよね。







読んでいただきありがとうございます。

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