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3/3

人助けをしたら、お茶をごちそうになった

森の中を進む。

人が通るうちに踏み固められた道が続いていた。


カリナの後を追う。


ふと後ろを振り返る。

誰かが追ってくる様子はない。


数歩進んだところで、カリナが小さく口を開いた。


「……あの」


少し間を置いて、続ける。


「さっきは、ありがとうございました」


「いえ……あのような者たちは、よく出るんですか?」


カリナは首を横に振る。


「初めてです……」


「そうですか……」


短く返す。


カリナは少しだけ振り返り、不安そうに森の奥を見た。


「また来たり、しませんよね」


「……わかりません。来なければいいんですが」


カリナはわずかに表情を曇らせた。


それ以上は、何も言わなかった。


実際、わからない。

来るかもしれないし、来ないかもしれない。


だが――


さっきの感触だけは、妙にはっきりと残っていた。


脛を蹴ったときの衝撃。


理屈は知っている。


骨は折れる。

関節は外れる。

人は気絶する。


護身術を学ぶ以上、そういう想定はいくらでもしてきた。


だが、知っていることと、実際にやることは違う。


脛に入れた瞬間。

嫌な感触が足裏に残った。

何か硬いものが砕けたような、そんな感触だった。


思い出しただけで、少し気持ち悪い。


吐き気がするほどじゃない。

だが、決して気分の良いものでもない。


……当たり前か。


スパーリングで人を殴ったことはある。

でも全力じゃない。

あくまで軽いスパーリングだ。


だが、本気で壊しにいったのは初めてだ。


勝てた。

生き残れた。

それは事実だ。


けれど、爽快感のようなものはなかった。

あるのは安堵だけだった。


しばらく歩いていると、前方の木々の間がわずかに開けてきた。

木と木の間が広くなり、やがて視界が開けた。


視界の先に、いくつかの建物が見えた。


村だ。


カリナは、その中でも端の方へと進んでいく。


やがて、一軒の家の前で足を止めた。


村はずれに、その家はあった。


木造の小さな家だった。

古びてはいるが、荒れてはいない。


質素だが、きちんと手入れされた家だった。


戸口の外に立ったまま、周囲を見る。


小さな村だった。

家はまばらで、少し離れた場所には畑らしきものも見える。


静かだ。


けれど、無人ではない。

ちゃんと人が暮らしている場所だ。


ここが、この世界で初めて見る村か。

そう思うと、少しだけ現実味が増した。


カリナが戸口の前で足を止める。


「少し、待っていてください」


そう言って、カリナだけが家の中へ入った。

言われた通り、戸口の外に立ったまま待つ。


家の中から、落ち着いた女性の声が聞こえた。


「カリナ? 遅かったね」


娘を案じる母親の声だった。


「母さん……」


少し間があった。


「森で……襲われたの」


「襲われた!?」


椅子が引かれる音が響く。


「大丈夫なのかい!?」


「うん。この人に……助けてもらったの」


そこで、家の中の気配が止まる。


しばらくして、一人の女性が戸口まで出てきた。

四十代半ばほどだろうか。

その視線が、俺へ向く。


腰の剣。

見慣れない服装。

そして、俺の顔。


ゆっくりと観察するように見ている。


「……あんたが、助けてくれたのかい?」


「はい。ユウと言います」


深くなりすぎない程度に頭を下げた。


「森でカリナさんが襲われていたので、助けました」


それだけ伝える。


考えて動いたわけではない。

気づいた時には、体が先に動いていた。

結果的に助けていた、というのが本当のところだが。


母親は何かを測るように、しばらく俺を見ていた。


「……そうかい」


だが、カリナが無事でいることだけは事実だった。


母親は少し戸口を開いた。


「とにかく、中へどうぞ」


「失礼します」


軽く頭を下げて、中へ入る。


小さなテーブル。

使い込まれた道具。

壁際には棚があり、器や道具が並んでいる。


派手さはない。


だが、使い込まれていることは分かる。

人が暮らしている家だ。


わずかに木の匂いがする。

それに、火を使う生活の匂い。


視線をゆっくりと巡らせる。

ゲームやアニメで見たことはある。


だが、それは画面の向こう側の話だ。


今は違う。

目の前にある。


触れれば感触も分かるだろう。

……本当に来てしまったらしい。


母親は何も言わず、火を起こし、棚から乾いた葉を取り出して器に入れる。

やがて、湯気の立つ茶がテーブルに置かれた。


「粗末なもので悪いけど」


「ありがとうございます」


両手で包む。


温かい。


一口含む。

知らない香りだが、悪くない。


日本で飲んでいた茶とも、コーヒーとも違う。


……こういう味なのか。


妙なところで実感が湧く。

本当に別の世界らしい。


張り詰めていた身体が、わずかに緩む。


茶を半分ほど飲み、器を置く。


「……少し、外で休ませてもらってもいいですか」


「外でかい?」


母親が首をかしげる。


「いえ。少し風に当たりたくて」


母親は一瞬、俺の手元の器を見た。


……ああ。

そりゃそうか。

借り物を持ったまま外へ出ると言っているのだから。


「器は必ず返します」


そう言うと、母親は少し驚いたように目を開いた。

やがて、小さく笑う。


「そこまで疑っちゃいないよ」


「そうですか」


つられるように、こちらも少しだけ笑った。


器を手に持ったまま立ち上がる。

外へ出ると、夕方の風が頬を撫でた。

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