異世界なのに、言葉が通じた
できるだけ穏やかに、丁寧に問う。
「…はい……」
女性は一瞬ためらい、小さくうなずいた。
その視線が、ゆっくりとこちらをなぞる。
上から下へ。
見慣れない素材の服。
ジャケットに、細身のパンツ。
足元はトレッキングシューズ。
街へ出るつもりで着ていた、機能性重視の服装だ。
動きやすく、丈夫で、多少の雨なら問題ない。
どれもこの世界には無いものだろう。
どう見ても、怪しい。
「コホンッ……」
軽く咳払いをして、立ち上がる。
ん? ちょっと待てよ?
「言葉を理解できた」
視線を女性に向けたまま、思考だけが一歩遅れて追いつく。
言葉が、理解できている。
向こうの言葉も。
自分の言葉も。
さっきの連中の武器も、女性の服装も見たことがない。
なのに、言葉だけは問題なく通じる。
頭の中で変換している感覚はない。
聞こえたまま、理解している。
最初から“そういう言語”として認識している。
……深く考えるのは後にしよう。
まずはこの状況だ。
さて。
素手のままでいる理由はない。
自分がやってきたのは、素手だけの技術じゃない。
武器を扱うことも含めて、繰り返し鍛錬してきた。
相手が何を持っているか。どこから動き出すか。それを見る。
そういう前提でやってきた。
しかし、ここは現代じゃない。
武器が、日常にある。
さっき、初めての実戦を経験した。
勝てはしたが、運が良かっただけかもしれない。
少しでも噛み合わなければ、結果は逆になっていた可能性もある。
武器を持つ相手に対して、素手がどれだけ不利なことか、嫌というほど思い知らされた。
同じことが、また起きてもおかしくない。
ならば、武器はあった方がいい。
男のそばにしゃがみ込む。呼吸はある。気絶しているだけだ。
もう一人に視線を向ける。
脛を怪我した方は、こちらを睨みつけていた。
動けないだけで、完全に無力ではない。
――すぐに離れるべきだ。
だが、その前に。
足元に転がっている剣へ手を伸ばす。
柄を握り、ゆっくりと持ち上げる。少し重い。
だが、扱えない重さじゃない。
手の中で軽く角度を変え、重心を確かめる。問題ない。
倒れている男の腰に目を向ける。
革のベルト。剣を下げるためのものだ。
持ったままでは邪魔になる。
運べる状態にする必要がある。
手を伸ばし、ベルトを外す。
立ち上がり、そのまま自分の腰に回して締める。
剣を差し込む。
腰に重みが乗る。
違和感はあるが、不安定ではない。
そのまま、もう一人の近くに落ちていた短剣も拾う。
軽い。取り回しはいい。
反対側に収める。
軽く動いて、揺れを確かめる。
――問題ない。
周囲を見る。
見えるものだけでなく、音にも集中する。
風の音。
葉の擦れる音。
それ以外は――ない。
人の気配は感じない。
仲間がいる可能性がある。
時間が経てば、様子を見に来るかもしれない。
もう、ここに留まる理由はない。
女性に尋ねる。
「休める場所はありますか?」
勢いで人助けには成功したが、正直、頭の中が追いついていない。
転生した?状況を落ち着いて整理したい。
女性は戸惑ったように瞬きをした。
助けられた直後とはいえ、
見慣れない服装に、腰には剣と短剣。
警戒するなというほうが無理だろう。
少しの沈黙が流れる。
――あ。
そういえば名乗ってなかった。
いくら助けてくれたとはいえ、怪しい奴では警戒して当然だ。
しかし、何と名乗るべきか。
本名で名乗っても問題はないか。
一度名乗れば、その名前で通る。
浮く名前は避けたい。今は目立ちたくない。
……よし。
俺の名前なら問題ないだろう。
変に目立つ名前でもないはずだ。
……おそらく。
「私はユウと言います。あなたのお名前は?」
女性は少しためらってから、小さく名乗った。
「カリナと言います……」
一瞬だけ、迷うように視線を伏せる。
「もし、よろしければ……うちに、来ますか?」
小さな声だった。
遠慮がちで、どこかこちらを試すような響き。
「え? 良いのですか?」
思わず聞き返してしまう。
まさか、家に招かれるとは。
とりあえず、少しは信用してもらえたようだ。
「はい……」
かすかにうなずく。
「ありがとうございます」
相手の顔を見てから、ゆっくりと頭を下げる。
自然と、深く丁寧な礼になっていた。
「では、こちらです」
女性が歩き出す。
その後を、少し距離を保ちながらついていく。




