09
幸いなことに、二人はすぐに見つかった。
というか、探し始めて少しすると、大声で喧嘩をする二人の声がした。
二人が見つかった安堵感よりも、あまりに不穏な空気に恐れを感じ、私とメアリーはこっそり扉の影に隠れて様子を伺った。
カミラとクラリッサは、私たちに気づかずに罵り合いを続けている。
「クラリッサ! どうしてくれるの、アロルドルフが死んだのはあなたのせいよ! あなたの家がちゃんと城の管理をしていたらこんなことにはならなかったわ」
「私は何度も止めたじゃない。それを臆病だなんだとバカにして、そそのかしたのはあなたでしょう。カミラ、あなたのせいよ。あなたのせいで、アロルドルフはあんな酷い死に方を……ふ、ふふっ、でもあいつも良い気味だわ」
不意にクラリッサが笑ったので、私はゾッとした。
あんな死に方をしたアロルドルフに、良い気味だなんて。
「このっ……人でなし! よくもこんな時に笑ったりできるわね。あんたどうかしてるわ。大体、私、知っているのよ、クラリッサ。あんたが昔、アロルドルフと恋人だったってこと。私に獲られたからっていつまでも恨みがましいったら」
「昔? あなた、何も知らないのね。今もよ。今も関係を続けていたわ」
「は……、知ってたわよ。でも、婚約した時に約束してくれたもの。クラリッサとはちゃんと別れるって。しつこいから仕方なく付き合ってやってるだけって言ってたわ」
私はそんなこととは全く気付いていなかった。驚いて、
「知ってた?」
とメアリーに小声で尋ねると、メアリーは
「そういうこともあるかもしれません」
とだけ、彼女も小声で答えた。
私は急に恐ろしくなった。
アロルドルフが婚約者のカミラがいながら、内緒で従姉妹のクラリッサとも関係を持っていたこと。
今日、この道中でも全然そんなことはわからなかった。むしろ、アロルドルフはクラリッサをバカにしていたように見えたのに。私が見えていないものは、一体どれだけあるというのだろう。
「あはははは、カミラったら信じてるの? それ? 子爵令嬢様ってやっぱり世間知らずのお嬢様だわ。言い寄ってきたのはあいつの方。私は全然好きじゃなかったのに、無理矢理ね。あなたとの婚約が決まったから、ようやく解放されると思ってたのに、しつこかったのはあいつの方よ!」
私はさらに混乱していた。
いつもあんなにおどおどしているクラリッサが、人が変わったかのようにカミラに言い返しているのが、奇妙で恐ろしくなった。この城で起きていること、何もかもが全て悪い夢のようだった。
「そんな……、そんなわけないじゃない! クラリッサ、あんた、好き勝手に言ってるんじゃないわよ! それに何よ、アロルドルフだけじゃないでしょう。叔父様とも関係があるって噂を聞いたわ。他にもあんたと浮気してるって、何人も噂になってる人を知ってるんだから」
「ああ、どうかしらね。勝手に寄ってくるだけよ。私は誰も好きじゃないわ」
「最っ低!! 気持ち悪い! あんたが死ねばよかったのに!!!」
カミラはクラリッサを罵り続けた。クラリッサは嘲るように口元だけをわずかに歪めて笑う。私の見たことのない顔。その目には冷たい光が宿り、城に飾られた絵画のように無機質にカミラを見つめていた。
二人を見つけて安心したはずなのに。
私は姿を現すのが怖くなった。伯爵令嬢としてあるまじき状況だ。
でも。
そもそも今回の原因は、私なのだ。
私が“祝福の古城”を試したいなどと言ったから……。
カミラの罵倒が私に向いたら。
あの私の知らない不気味なクラリッサが私を責めたら。
私はどうしたら……。
「お嬢様」
メアリーに小声で呼びかけられて、私は意識を確かにした。
そうだ。二人の関係は、二人のことだ。
私は姿勢を正した。そう、やるべきことをやらなくては。
私は先に二人が気付くよう、わざと探しているかのように二人の名前を呼び、物音を立ててから姿を見せることにした。
* * *