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「あの三人が、この村に住む!?」
マックスがお茶を吹きだして、叫んだ。
メーラ一家の襲来から一週間ほどが過ぎた日、古城の庭にマックスとミッシェルを招き、お茶会を開いた。
ステアの目的は、マックスと人間についての話をするためだったが、話題は新しく来た吸血鬼たちの話になった。
「お前は反対か?聖職者」
ステアは聞く。
「……反対です。不安な部分が多すぎる!」
「あら、心配しないで、マックス。メーラ君は私を襲ったりしないわよ」
ミッシェルが微笑みながら、マックスの腕をなでる。
「だが、ミッシェル、あの子は君の血が好きでたまらないんだぞ!絶対にまた来るぞ」
「いいじゃない。他の人の所に行くより、事情を知っている私の所に来てくれた方が安全だわ」
「しかし……」
マックスは、心配そうな顔でミッシェルを見て、非難するよな顔でオレとステアを見る。
メーラ一家は、この村に来た翌日、ステアと一緒に、マックスとミッシェルの元を訪れた。オレも付き添いでついて行った。いきなり現れて驚かせないように、彼らには事前に手紙を送り、その日の夕方にマックス宅へと向かったのだ。
なぜ、夕方なのかというと、メイヤーとタロルは日の光が苦手だからだ。メーラはそうではない。ステアもだ。
「生活習慣の違いだな。メイヤーとタロルが子供の頃、吸血鬼の間では日の光が嫌悪されていたのだ。健康に悪いと。しかし、今はその考え方は薄れている」
ステアがそう説明してくれた。
コウモリの大軍を率いて現れた理由も、力の誇示ではなく夕日を遮るため、だったらしい。
メイヤーとタロル、そしてメーラは、日が暮れる頃にマックスとミッシェルに会った。
マックスもミッシェルもかなり緊張していた。マックスは念のためと、家中に白魔術の準備をして、待ち構えていた。
話し合い自体は穏やかに進んだ。
メイヤーのお喋りなところに面食らい、毒気を抜かれ、マックスもミッシェルも最後には会話を楽しんでいたように思える。
メーラもきちんと頭を下げて謝った。
特に、ミッシェルにかけた魔法を失敗したことは、メーラ自身とても恥じているようだった。
「苦しめるつもりは無かったんです。本当にごめんなさい」
そう言って謝るメーラの瞳には、真剣な光があった。
マックスもミッシェルも、メーラのその様子を見て、謝罪を受け入れたようだった。
しかし、その直後、メーラの腹の虫が大きな声を上げた。丁度ミッシェルと握手を交わした時だった。
「あ、あらあらごめんなさいね。この子ったらあなたの血が本当に美味しかったみたいで」
メイヤーは場を和ませるために、そう言ったのだろうが、マックスにとっては逆効果だった。
婚約者の血を狙う可能性のある吸血鬼だ。たとえ子供といえども、甘い顔はできない。危険な相手だと、マックスが十字架を握りなおした。
しかし、ミッシェルは違った。怖がるどころか心配そうに「あら、お腹が空いているの?それじゃあ、ええと、食べる?」と言いだした。
「いいの!?」
メーラが涎を垂らさんばかりに、身を乗り出した。
「何を言っているんだ!ミッシェル!」
マックスは大慌てで、メーラからミッシェルを引き離した。
「だって、別に害は無いんだし……」
「血を吸われるんだぞ!あれだけ苦しんだのを、もう忘れたのか!?」
「それは魔法をかけられたからでしょう?今回はその必要ないもの」
「いや、しかし……」
「それに、子供がお腹を空かせているのに知らんぷりするなんて、私にはできないわ。あなたにもできないでしょう?マックス」
さすが、聖職者の妻になる女性だ。困っている人へ、手を差し伸べようとする彼女の姿勢には頭が下がる。
マックスも、この言葉には何も言い返せず、口を閉じた。
そこへダメ押しのように、メーラの腹の虫が大きな音を立てた。
「平気よ。前回だって、貧血にはならなかったし……」
ミッシェルが「平気よね?」と言うように、ステアを見る。
「そうだな。メーラはまだ子供だから、吸う血の量も少ない。あ……そうだ、ミッシェル嬢、月経はまだ先か?」
ステアの突然の質問に、ミッシェルは顔を真っ赤にした。マックスが怒りの形相でステアに詰め寄る。
「妻になんてことを聞く」
「え?いや、すまない。しかし、月経がはじまっていると、貧血を起こしやすいから……」
「だ、大丈夫です。まだ、先ですから……」
ミッシェルが消え入りそうな声で、そう言った。
ミッシェルとマックスの微妙な空気に、ステアは困ったようにオレを見る。
「そういう質問は、デリケートな部類に入る」
「そうなのか……何故だ?」
「それは帰ってから教えてやる」
微妙な空気の中、メーラだけは一人嬉しそうに、ミッシェルから血を貰い、舌なめずりをしていた。
「あの吸血鬼の子供が、君の腕に噛みついている間、僕は生きた心地がしなかったぞ」
マックスがげんなりした様子で、そう呟いた。一週間前の事を思いだしているのだろう。
「あら、痛みはそれほどなかったし、傷も残らなかったのよ。それに、私すっごく元気じゃない」
「その通りだ。子供の吸血鬼に血を吸われて、死んだ人間など聞いたことが無い。むしろ、元気になる人間もいるんだぞ」
ステアの言葉に、マックスは「まあ、瀉血という健康法もあるにはありますが……」と疑り深そうな目をむける。
あれから一週間ほどたち、オレとステアは、村の皆と数回話し合いを重ねた。
その話し合いには、メイヤーとタロルも出て、彼らが村に住むことになった場合の問題点は何か、という事を話しあった。
今のところ、話し合いはスムーズだ。
住む場所は、この古城でいいし、食事の問題も片付いている。メイヤー達には、血を与えてくれる人間が数人いるらしい。オレとステアのような関係で、食事をするときは彼らの元へ行くそうだ。
彼らが魔法使いだという事で、新しい不安要素がいくつか出た。魔法の実験についての怖い噂が沢山あり、それを心配したのだ。
魔法については、オレもほとんど知識が無く、吸血鬼たちの言葉を裏付けられる人間がいない。ステアは、嬉しそうに魔法の基礎から説明をしてくれるのだが、ちんぷんかんぷんだ。
しかし、この問題もすぐに片が付いた。
この土地が、大昔から魔法を使うには適さない場所だと言う事が、その理由だ。
ここでは、できる魔法の実験が限られてくる。噂で聞くような事故が起こるような、魔法の実験はできないのだ。これには、マックスもお墨付きをくれたので、村人たちも、オレも一安心した。
村人たちが怖がる様子はなく、そろそろ、メイヤーとタロルの念願である、学校参観も実現しそうな雰囲気だ。ミルドレッド先生は、張り切っている。
「クレイ君は、元気ですか?」
突然、マックスが話題を移した。
「あ、うーん……」
「元気だぞ。元気ではあるのだが……」
オレとステアは言いよどむ。
「あら、何かあったんですか?」
ミッシェルが心配そうに聞いてくる。
「なんか最近、あいつの様子が変でさあ」
「うむ……元気に学校へ行っているし、魔法の勉強にも打ち込んでいるのだが……」
オレとステアは、同時に振り向く。
視線の先で、何かが物陰に隠れるのが見えた。
「?あれは、クレイ君ですか?」
マックスにも見えたらしい。俺達は頷く。
「一緒にお茶を飲みたいんでしょうか?私、呼んできましょうか?」
ミッシェルがそう言って腰を浮かしたが、オレとステアは首を横に振った。
「いや、そうじゃないらしいんだ。頑としてここには来ないって言うんだよ。でも、ああして、近くにいたがるんだ。正確に言うと、ステアの傍にいたがるんだよ」
オレは頬を掻く。
クレイがあんなふうに、ステアの傍にいたがるようになったのは、ステアがこの村に帰って来てからだ。
最初の内は、離れていたのが寂しかったのだろうと、特に何も思わなかったが、ここ最近、それが更に酷くなったように思う。
元々、クレイは一人でなんでもする子供だった。食事も、掃除も、裁縫も、ちょっと教えてやれば後は自分で試行錯誤したり、新しい先生を見つけたりして、どんどん腕を磨いていった。(村一番の裁縫上手のおばちゃんに手ほどきしてもらい、最近は刺繍までこなすようになっている)
時折、そこに、ステアが新しい情報を見つけてきて、それを試したりしていた。
魔法の勉強も、ステアから教わりはするが、習ったことを復習したり、魔導書を読み込んだりと、自分で勉強する時間をたっぷりと取っていた。
しかし、ここ最近は、常にステアと一緒にやりたがる。その日習った魔法を、一日で完璧に仕上げようとしたり、魔導書から新しい魔法を見つけてきては質問したり、まだ、早いと言われる魔法でも挑戦したがったり……
ステアはクレイのやる気が嬉しいらしく、とことんまで付き合ってやるのだが、さすがに徹夜してまでやり始めると、心配になったようだ。
(たぶん、ステアと一緒に寝たいんだな)
オレは、そう勘付いていた。
ステアの姿が少しでも見えなくなると、居場所を聞いてくるし、探し出す。数日前に、ステアが「もう少ししたら、また、旅行に行くかもしれない」などと言いだした時の、クレイのショックを受けた顔と言ったら……
「……赤ちゃん返りと似てますね」
ミッシェルがぽつりとそう言った。
「なんだ?それは?」
ステアが食いつく。
「新しいきょうだいが生まれた子が、親にかまってほしくて、より幼い行動をとっちゃう事なんですけど、クレイ君の場合はきっと、ステアさんと離れていた時期の不安を忘れられないのでしょうね」
「……しかし、私は帰って来て、しかも、村にいられることはほぼ決まったようなものなのに……」
「ちょっと安心して、気が抜けたからこそ、不安がぶり返してきちゃったのかもしれません。ステアさんと一緒に、魔法に打ち込んでその不安を消そうとしているのかも」
ミッシェルの言葉に、ステアは考え込む。
「……しばらく、クレイのしたいようにさせるべきか……」
「一緒に連れて行けばいいんじゃないですか?その旅行とやらに」
マックスの言葉に、ステアは驚く。
「クレイ君の不安は、ステアさんが自分の知らないところへ行ってしまうのではないか、ということでしょう。ならば、連れて行けばいい。少しでも見せてあげれば、安心するのでは?」
「……そうか、一緒に行けばいいのだ」
ステアは膝を叩く。
「こんな簡単な事に気付かないなんて、私は馬鹿か?クレイならば、道中で空を飛ぶ魔法を習得できるだろうし……ああ、しかし、学校が……」
「もうすぐ、種まきの時期ですから、学校はお休みになるのでは?」
「おお、そうだった」
オレも膝を叩く。
そろそろ春の種まきの時期だ。
土を耕し、種を植えるこの時期、農家は一家総出で仕事にかかる。子供たちの力も必要になるので、学校は休みになるのだ。
「それに合わせて行けばいい。お前は畑なんか持ってないからな」
「よし!そうと決まれば準備をしなくては!」
ステアは、そう言って立ち上がる。
「ありがとう、二人とも。やはり、子供の事は母親と父親に聞くのが一番だな」
「いや、私たちはまだ……」
「何を言っている。十月十日後には産まれるじゃないか。気持ちは既に親だろうに」
ステアはそう言い残して、立ち去っていった。
あとには、狐につままれたような顔のマックスとミッシェルが残された。
(あいつにはもう少しデリケートな話題ってものを教えた方が良いな……)
オレは腕を組んで、そう心に決めた。




