0.6
やるしかないと言うか、より正鵠を期した言い方をすれば、「やらないしかない」である。
何をほざくかと怒られそうだけれど、しかしこれはなるほど得心せざるを得ない«策»で、何よりこの世のあらゆる魑魅魍魎、憑き物や呪いの対処を生業とする旅人、月嶋 忍さんのお墨付きの" とっておき "でさえある手法なのだ。
またもや回想──おどけた調子の彼女とこんな会話を交わしていたのを思い出す。
「ところで少年。奇妙な怪奇に遭った時、最も正しい対処は何か、知っているかい?」
「え?」
「最も良い対処──ではないが、最も正しいとされる対処だよ。それは«何もしない»ことだ。そういう怪異、憑き物ってのはねえ、在るべくして在るだけだからさ。大きい言い方をしてしまえば、自然の流れとして生きているわけよ。いや生きていないんだけれども。」
「ならばそこに我々が干渉すべきではないのは解るね?──ただ鬼となれば話は別だが。これは最終手段だ。」
行き詰まった時。
手詰まった時。
これを使いなさい──月嶋さんはそう言って、僕の双肩に触れた手に力を込める。
「なっ、ちょっと!?」
「へっへー。隙あり隙あり。」
椅子から転がり落ちるようにして、床に押し倒されてしまった。
僕の身体の上に跨るようにして、月嶋さんが妖艶な笑みを浮かべている(神威は我関せず)。
「何、何、何!?」
困惑と混乱の渦に見事に呑まれてしまっている。
目がぐるぐるだ。
あれ、あれ?
なんでこの人、こんなに力が強いの?
「ふふーん。ちょっとは抵抗しなさいよ少年。まるで捕食されたがってるみたいじゃない。」
「捕食するつもりなんですね!?」
「そうだよ。良い身体してんねー、ほれほれ。」
どこか艶かしい手先で身体のあちこちを無意味に弄り回す月嶋さん。
やばい。
何がと言わないが、この人はやばい・・・・・・。
ぞわわってする!
「やめろやめろ!あんたみたいな肉食系女子がいてたまるか!!」
「肉食じゃないもん。美食家女子。グルメ。いいカンジの歳下の子をひたすらにいただく、みたいなー?」
「喜べねえよ、何の基準を以て" いいカンジ "なんだ!」
「肉食でも美食でもないとしたら、そうだね。暴食っていったら簓木っぽくなるかな?」
「洒落になってないことを言わないでください」
「いや、あまりに本編へ触れなさすぎてさー。流石にちっとまずいかな?的な。話題を本編へ絡めないと。」
「だとしたらそんな雑な絡め方もないですよね・・・・・・。」
落胆。
・
回想終了。
まあ、こんな感じで。
一見ふざけているようにも見えるし、まあ実際にふざけていただけなのだが、月嶋 忍さんはあろうことかその間にも«策»を練っていたわけだ。
「いや・・・やっぱまさかだろ。」
羽織っているシャツの内側ポケットに、一枚の札が入っているのに気づいたのだ。
いかがわしい戯れの間に、月嶋さんが僕の服の間に滑り込ませたのだろう。
日を改めて同じ服を着てきたことが、まあ奇跡といえば奇跡だ。
古めかしい様相の護符──否。
呪符、か?
血腥さを思わせる紅色で、規則的に連なった目玉のような、奇怪で奇妙な模様が瞭然と描かれている。
「はぁ?そんなもんアテになるのかよ。」と、洞木が猜疑心を如何にも滲ませた声色で訊ねてくる。
「いや──洞木。こういうのは、案外馬鹿にはならないんだ。」
馬鹿にできない。
呪符──つまり、この札に込められた«呪い»。
僕も普段ならば、そんな咋なワードには反応しないだろうけれど。
でも月嶋 忍は、そして彼らは違う──────人々に憑き纏う«呪い»の専門家・«六禍仙»の札なのだ。
意味が無い、わけがない。
霊験あらたかな神具霊具の扱いにおいては、他の追随を許さない程度の実力は確実に誇っているはずである。
「ふーん・・・なんつーか、アレだな。お誂え向きというか、あまりにも都合が良すぎるっつーかさ。如何にも物語として整然と整えられている感じがするぜ。」
「────────────────────────────」
深呼吸。
「だが、それでいいッ!!」
洞木が再度、駆動する。
僕の手から呪符をかっさらうようにして、低く空中を跳び続け、その延長線上で唸り続ける«簓木 鶫»の本体だけに狙いを集中している。
役割交代ってわけだ。
洞木が札を奴に飲ませる。
あくまでも僕は囮役。
口の中に化物を入れて、『囮』。
成程それならば、悪くはないな。
「お前の目的は僕だ、«簓木 鶫»──!」
幾度目かになるであろうその名を思い切り叫び、僕は(洞木ほどではないが)悪魔の脚の力で高く跳躍する。
あっという間に間合いを詰めて、そして──────。
僕は叫ぶ。
「«罪悪»ォォォォォォッ──────!!」
悪魔の右腕。
今まで僕を突き動かした──憑き動かした衝動と情動の数々。
糧。
燃料、みたいなもの。
それはたとえば、後悔とか、悲哀とか、痛みとか、屈辱とか、劣等感とか、憤怒とか、不甲斐なさとか、願望とか、辛苦とか、涙とか、怨恨とか、責任とか、諦念だとか。
罵り、嘲り。
不用意に僕を押し付けた圧力。
無粋にも僕を跳ね除けた辛い記憶。忘れたい記憶。
否応なく僕を生き永らえさせたあの日の夜。或る日の夜。
生ける屍として堪えた寒さ。
君に向けた嫌悪。
君に向けた憎悪。
それでも本当に伝えたかった無垢な本音。
そういう負の感情を全部、全部全部全部拳に込めて、死んでも死にきれなかった僕は、漸く一撃。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
奴の脳天を、ぶち抜いた。




