39. やり方は人それぞれ
定番になる可能性も出てきたメンテナンスによる強制ログアウトもくらい、泊まりに来ていた陽菜と桜と共に次はちゃんとログアウトしようと深く反省をする。
まさか現実を含めて合宿をやるとは思わなかったけどね。イベント終わるまで居るって言うし、案外ご飯が目当てなのかも。
そんな現実での話は兎も角として、肝心のゲーム内での合宿では【鎧袖一触】と言う称号を得ることが出来た。
これはレベルの差が一定以上あるモンスターなら一撃で倒せる、と言うものなんだけど、正直レベルがあるなんて初耳だよ。
二人も何か称号を得たらしいけど、師匠からの闘技場を匂わす発言が広まっている様で、頑なに教えることを拒んでいた。全く酷い奴らだよ。
そんな二人と過ごす中で迎えたイベントの日。
早起きしてメンテナンスが終わる六時にはログインしようと決めていたものの、寝起きの悪い陽菜に苦戦した為に、結局何時もと同じような時間にログイン。
そしてイベント開催を告げる運営からのメールのタイトルが、夜の世界から脱出せよ。と言う物だった為、直ぐにリビングに下りて窓から外を確認してみる。
すると、其処から見えたのは二つの月が輝く夜空だった。
既に日が昇っている時間なのに、今は夜と言うのはなんだか不思議な気分だね。
「おはよう。あら、皆仲良くログインなのね」
「家に泊まってるの。合宿なんだって」
「羨ましいわ。あそこの料理美味しいもの」
そんな不思議な気分に浸っていた時、背後から声が掛けられた。
その正体はトヤマさんで、彼女は一足先にログインしており、夜なのに朝のコーヒーという不思議な行為を楽しんでいたみたい。
でも知らなかったなぁ、トヤマさんが家に食べに来たことがあったなんて。今度手伝いをしているときに会ったらサービスして上げよう。
それにもう一つ知らなかった情報として、意外に近いところのマンションに住んでいると言うのも教えてくれた。
灯台下暗しって、こういうことなのかな?
なんでも、学校からも近くて飲食店もある場所を選んだらそうなったんだそう。早く帰ってゲームがやりたいトヤマさんには良い所なんだって。
そんな素晴らしい場所に住める喜びを語るトヤマさんに混じってテーブルにつき、ジーヌがコーヒーを淹れてくれている間にイベントの説明を読んでおくとしよう。
しかし誰かに聞けっていう意味なのか、説明という割に説明は無く、メールに書かれていたのは報酬についてだけ。
その報酬も、クリアタイムにより変化するとだけで、何が貰えるかは書かれていなかった。
「イベントの説明を読みましたの?」
「うん、全く説明は無いけどね」
「後でフジヤマ行くか?」
「噂の変態ドラゴンね。私は脱がないわよ」
「そのことで提案がございますの」
ん? もしかしてサクラは脱出の方法について何か知ってるのかな? 案外もう掲示板にあがっているとか。
そんな風に思ってはみたけど、実際の提案は全く逆。むしろ脱出しないと言うものだった。
「何でだよ、報酬貰えねーぞ」
「ああ、そう言うことね。そうね、確かに報酬が貰えない場合の事はどこにも書かれてないわね」
「ええ、そうなのですわ。なのでアオイさん、とりあえず社長にでも聞いてきて下さらない?」
早速のお使いかぁ、でもその提案は逆に有り難いかもね。今の話を聞いたハンターが、私の尻尾を狙っているのだ。
もしログハウスに引きこもるとなれば抱きつかれて離さないだろうし、ただの先送りだとしても、束の間の自由を満喫してこよう。
「なんだ、お前等もその口か。ありだぜ、その選択は。ただ忠告としては、その選択は行動も大事って事だ」
そんなアドバイスを貰い、ついでにプリンでも食べてのんびりしようか、と思ったものの直ぐにログハウスへ引き返すことに。
タツノが五月蝿いとの苦情が入ったため、仕方なくだよ。なんでこうも情報が速いんだっての。
それでその報告をして皆で考えた結論は、いつも通りに過ごすと言う物だった。脱出について調べることもせず、むしろ引きこもる事をメインにするというもの。
「はぁ、良いのう、この尻尾は実に良い」
その結果、私は日々タツノに尻尾を撫で回される事になったというね。
トヤマさんはアイテム作成でサクラは祭り村で遊び放題、ヨーナは室内運動場で他のモンスターとスポーツする。
そんな思い思い好き勝手に過ごす中、私は動く事もままならない為に、ひたすら小豆に付き合ってゲーム三昧。
あのね小豆さん。出来れば、本当に出来ればで良いから偶に私にも勝たせて下さい。ストレス発散させて下さいよ!?
「ねぇタツノ。私は一体何時までこうしていればいいの?」
「そうじゃのう。ふふっ、やはり一本増えただけでも極上じゃ。もっと増やして欲しいが、無理強いは出来ぬからのう」
いや、十分無理強いしてるからね?
それに、血涙流さん勢いでこちらを見ている先生の気持ちも考えて上げてね。窓からもウォーセやミズチがのぞき込んでるし。
狐って、こんなに敵が多い生き物だったっけ?
そんな悶々とした疑問を抱えつつ、迎えたイベントの終わる深夜零時。
通常フィールドへの帰還を知らせるアナウンスと共に一瞬の浮遊感を感じた為、窓の外を確認すると月は一つ。そして現れたウィンドウは称号取得を知らせるものだった。
得たのは【浮き世離れ】というもので、効果の記載はない。だけど多分これはイベントの報酬なんだろうし、何かしら意味があるものかもしれないね。
「アオイ、マップを見てみろ」
しかしそれを検証する暇もない様で、師匠からマップを見るように催促されてしまう。
やっとあの時の発言の意図が解るのか、と言われるがままに開いてみると、全体図にひし形の形をした大陸が二つ追加され、同じ形をした南の大陸も地図に載るようになっていた。
大陸の名前はそれぞれ第一、二、三、と相変わらずなネーミングで、第二大陸にある街の名前がスベガにも関わらず、前にカジノの先行体験をやった時の大陸の形とは違うみたい。
やっぱり社長の言葉は正しかったんだね。
「これ、この先も大陸が追加されれば、逆さまの五芒星や六芒星みたいになるのかしら?」
あ、なる程。確かに日本列島の形をした此処を中心に、南に第一と北東に第二、北西に第三と現れている。
なら次に増えるなら南側か、もしくは北に一つかもしれないね。それに、どの大陸もひし形の先端がこの島国の方を向いてるっていうのは、なんだか意味深かも。
「そんな事はどうでもいい。アオイ、スベガを解放して来い」
そこまで言われると流石に察しが付くよ。カジノや競馬場があり、エンターテイメントが集まる此処にならあるんだね。
闘技場みたいな何かが。
そして案の定ありましたとも。
第二大陸の街スベガに行って玄関からも行けるようにした後、直ぐに闘技場へと向かい師匠と共に受付を済ませ、石畳の舞台の上で向かい合い開始のブザーを待つ。
あまりの展開の早さにうなだれる私を、慰めてくれる人は何処かに居ませんか?
「此処でなら、お互いHPがなくなるまで存分に戦える。心躍るな」
そんな師匠の言葉に、観客席に座るサクラやヨーナ、トヤマさんに加え、タツノにぬーちゃんの声援が飛ぶ。
そして、声を出さないフィナが必死にこちらに向かって手を振っている。
フィナは慰めてくれているのかな? それとも応援しているのかな? ……あっさり負けたらさぞかし酷いブーイングが起こるであろう。
はぁ、私に逃げ場はないかぁ。
ならば仕方がない。確実に勝てるように何かしらの作戦は考えておこうか。
師匠は多分、速さ重視のスピードファイターだろうし、うまく攻撃を当てられればそう苦戦はしない筈なんだよね。
うん、正々堂々を重んじる人だし、それぐらいしか考えることはなさそう。
ならばと、開始のブザーが鳴ると共に背後へ移動し刀を振り切る。
しかし当然のことながら防がれ鍔迫り合いになるも、その力は思ったよりも強く、慌てて爆発を起こし再び背後から奇襲をするも、爆発を物ともしない師匠に容易く防がれてしまう。
「なんか師匠あの時より強くない!?」
「お前の装備を忘れたかっ!」
力負けして弾き飛ばされるも、直ぐに神速通で距離を取る。しかし師匠の速さもあり直ぐに距離を詰められ、打ち合いを余儀なくされてしまう。
てか装備のことをすっかり忘れてたよ。あれだよね、モンスターを強化するとかってやつ。
此処まで強化されるんだなぁ、と内心戦慄しながらも距離を取りつつ、コンボを決める為に火球を繰り出す。
「甘いなっ!」
火球は炎を纏った刀に容易く打ち落とされてしまうも、その隙に分身を作ることが出来た。
作戦とは違う思いつきな為に、少し焦る心では細かに動かすこと無理だと諦め、次々と送り込む事で師匠の動きを封じ込める。
やっぱり戦いは数だよね。目論見通りに師匠はその場に縫い止められており、その間に私はよんびーむの準備をし、賺さず放つ。
「くそっ! 防ぎきれんかっ!」
それだけでは倒すまでは行かなかったけど、あちらのリズムは崩せた筈。
トヤマさんが作った回復量5000というMPポーションを急いで飲み干し、神速通を繰り返して師匠の周りに五つの短刀を設置し、接近戦を仕掛ける。
後は短刀の奇襲と爆発、近距離からのビームを神速通で小刻みに動きながら繰り返すだけ。
「ははっ! やれば出来るじゃないか! 楽しかったぞ!」
はぁ、なんか別れの台詞みたいなことを言ってるけどさ、どうせログハウスに戻ればみんなで酒盛りするんでしょ?
此処に来たとき、こっそりジーヌにお酒を買いに行かせたのは知ってるからね。フィナが何処かに行くジーヌを不審に思って知らせてくれたもん。
「お主ならもっと早く終わらせられただろうに」
「お疲れさん。なんだかんだ楽勝だよな」
「お疲れさまですわ。どうです? この後ゲーセンでも」
しかし満足げに消えていった師匠とは反対に、タツノは今回の戦い方がお気に召さなかったみたい。
もっと大胆に行動した方が良いのかな? 多分最後の連撃を最初からやれよ、ってことなんだろうけど、どうしても慎重になって距離を取りたがるのは私の悪い癖かも。
でもね、そんな反省は後ですればいいの。今はサクラの誘いに乗るのが先決なのです。
何故なら都合のいいことに、トヤマさんは明日も仕事と言うことで対戦が終わるとともに帰って行ったらしいからね。
あの人がいればこれ以上の夜更かしは許さなそうだし、戦いの後のしんどさを発散するのには良いチャンスなのだ!
そんな訳でサクラと共にフィナとヨーナを連れ、酒盛りをしに帰って行くモンスター達と別れてゲームセンターへ。
ダンスゲームをする珍しくアクティブな小豆が居たのは驚いたけど、楽しそうだから放っておこう。
「ふっふっふ。実戦で無傷だったお前に、敗北を見せてやるよ」
そう言って格ゲーで勝負を挑んでくるヨーナだけど、当然のことながら私が勝つことは無い。
苦手っていうのはあるんだけど、なんでこんなにも勝てないのだろう?
「ところで、お前なんでずっとしゃがんでんだ?」
「え、これ無敵の戦術じゃないの?」
どうやら、敗因は無知だったらしい。