榛名対ビスマルク(その6.8)
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4月1日午前12時8分、草加駅近くのゴール地点に姿を見せたのは、大方の予想を覆してのビスマルクだった。
ARガジェットの損傷はないのだが、かなりの疲労状態にある為か――勝利者インタビューを聞けそうにもない。
続いて2着でゴールしたのは榛名・ヴァルキリーだが、こちらもゴール後には姿を消したためにインタビュー不能になっている。
『先ほどから、続々と完走者が姿を見せておりますが――』
実況の太田さんの手元にはある資料が届けられる。しかし、それを彼が読み上げる事はなかった。
実況に無関係な資料ではないのだが、あえてまとめブログ等のネタに――という思いもあるらしい。
「首位はビスマルクだったが――ガジェットの損傷がない以上、大きな不正があったとは考えにくいか」
遠目からゴールの様子を見ていたのは佐倉提督である。彼女はビスマルクの動向を見極めてから谷塚駅へ向かおうと考えていた。
しかし、草加の方でも一部で慌ただしい様子になっている個所もあり、こちらの方に残るのが得策とも考える。
独断と偏見で動くのもおかしな話ではあるのだが、今は超有名アイドルの芸能事務所絡みと思われる一連の事件を含め、全ての真相を探る必要性があった。
アカシックレコードを書きかえるほどの影響力を持った人物――仮にいたとしたら、それは唯一神である。
超有名アイドルが神コンテンツとなり、全ての情報を操作し、それこそチートを使っている存在だとしたら――。
これらが被害妄想と言うのは百も承知だが、過去に似たような事例に遭遇した彼女の場合は――予知に近いと言ってもいい。
午前12時10分、ARアーマーを分離、タオルで汗を拭いていたビスマルクの目の前に姿を見せたのは、彼女に見覚えのない人物だった。
「ビスマルク――話がある」
声を聞いてもピンと来ない。身長167程、ぽっちゃり系の体格、緑髪のセミショート、それにブルーライト対策のサングラス――。
しかし、何かが引っ掛かっている。ヴァルキリーは名声狙いの便乗プレイヤーが名乗るケースが多く、別のARゲームでも目撃例がある。
その中で唯一、シティフィールドには便乗プレイヤーが出ていない。その理由が榛名なのだが――。
「貴女は一体、何者?」
ビスマルクの一言は至極当然な反応である。知らない顔の人物が自分の名前を知っていたら、このような反応をする。
さすがに誘拐事件等の類ではないのは分かるが――それでも、顔に見覚えがない以上は――。
「この姿で貴女に会うのは初めてのようね」
ビスマルクは彼女の発言を聞き、まさか――と思った。
「まさか、榛名――ハヤト」
ビスマルクの発言を聞き、榛名は若干慌てていた。どうやら、そちらの名前を出されるのはNGらしい。
午前12時12分、榛名とビスマルクはファストフード店に場所を変えて話をする事にした。
2人のテーブルには、かなりの種類の変わり物スイーツや菓子パン等が並んでいる。
量としては、これでも少ない量であり、カロリーにしても1000に満たないだろう。
その種類はやきそばパン、コロッケパン、フレンチクルーラーと言ったような物から、チョコパン等もある。
置かれている飲み物は榛名側に置かれているのはラムネ、ビスマルク側に置かれているのはコーラフロート。どうやら、コーヒーは頼まないらしい。
ここのコーヒーはお代わり自由なのだが、2人が注文をしなかったのは別の事情もあるようだ。コーヒーの味が好みではないとか、そう言うレベルの可能性もあるが。
「あの時の話の続き――」
早速ビスマルクが切り出す。あの時とは、レース中の接戦を展開していた時のことだ。
その際は別のプレイヤーとも首位争いをしていた為に、話としては途切れ途切れだが――。
「芸能事務所が日本全てのコンテンツを独占しようと言う一件ね」
榛名の方は、若干不機嫌な様子を見せている。ただし、その話に関して拒否をするような様子はない。
「ARゲームと超有名アイドルのコラボが水面下で進んでいる事は、自分も知っていた。しかし、それを潰そうとしていたのがあなただったとは予想外というか」
ビスマルクも話に関しては、ある程度の情報をネットで掴んでいる。もちろん、まとめサイトの類ではなくソースがはっきりしている大手ニュースサイトだ。
榛名は目の前にあるやきそばパンに手を付け始め、ビスマルクの話を聞くような姿勢を見せているが――。
ここで話をレース中まで巻き戻す。
『お前はコンテンツ流通に関して、疑問に思った事はないのか!』
榛名がビスマルクだけでなく、先頭グループのプレイヤーに対しても語りかける。
本来であれば、このような無線使用に関しては八百長の観点から失格対象になるだろう。
しかし、一部のARパルクールでは無線で順位を伝えたり、最短コースを伝える手段としても利用されている。
シティフィールドでも非常用として一部回線が解放されていたり、接触回線が使えたりするのだが――。
「榛名・ヴァルキリー、お前の戯言に付き合う暇はない!」
別の軽装ガジェットのプレイヤーは、榛名の話を無視して先頭グループから一歩リードする。
「確かに疑問に思う事はあるけど――それは、企業側が決める事じゃないの? 個人で決められる度合いを超えている」
ビスマルクは榛名に疑問をぶつけた。本当に言及したい事はあるが、向こうの動向を見る為に若干だが内容はぼかしている。
『脅迫の様な犯罪に手を染める事例は論外だが――企業が超有名アイドルの傀儡企業となる事も間違っている!』
「たった1社の芸能事務所が――地球の全てを動かしている。デウス・エクス・マキナだと?」
『その通りだ。あの芸能事務所は、完全に暴走した。それこそ、吐き気を催す邪悪と言っていいほどに』
「それこそが被害妄想だと――考えた事はないの?」
ビスマルクが考えを改めさせようと考える一方で、榛名の方は意見を変えるつもりはない。
この意見を変えてしまったら、自分の存在意義も疑わしくなってしまうからだ。
そこから先に何があったのかは覚えていない。白熱しすぎて、周囲が見えなくなっていた可能性も高いが――。
唯一分かる事があれば、榛名の発言は間違っていなかった。
しかし、彼女の発言はこの世界においては間違ったルートへ進む可能性を持った危険な思想でもあったのである。




