.1 シンセカイ
ドタドタッ――
「あ、今日も……か……」
まだ薄く眠気の残る部屋の中で、
男は軽い掛け布に半分埋もれたまま天井を見上げていた。
すると次の瞬間――
バタッ!!
勢いよくドアが開く。
「ジン!おはよう!」
元気な声が、その部屋へ飛び込んできた。
少女は慣れた様子で部屋へ入ると、返事も待たずそのまま一直線に窓際へ向かう。
そんな彼女を見ながら、ジンと呼ばれたその男は寝起きのまま軽く声を返した。
「おっす、おはよー」
だが、彼女は気にした様子もなくカーテンへ手をかける。
「はい!カーテン開けて!」
シャッ――と勢いよく開かれた窓から、朝の光が一気に部屋へ流れ込んだ。
「いや、俺まだ、瞑想してないんだけど」
まぶしさから逃げるように少し下を向いたままのジンに、
彼女は呆れたように振り返る。
「え、まだやってんのそれ!?もういいから、ほら早くー!」
自分全肯定、前を見て走る電車だ。
「ああ、行くよ」
諦めたように立ち上がったジンを見て、彼女は満足そうに頷いた。
「ねぇ、昨日の課題ちゃんとやった!?」
「うん、まーそれなりに」
それだけ言って、ジンは逃げるように部屋を出る。
階段を降りる足音が朝の家に響いた。
朝7時前。ジンの日常。
(今日は瞑想どこでしよう……)
そんなことを考えながら居間へ向かう。
テーブルにはすでに朝食が並べられており、
キッチンでは母親が使い終えた調理器具を軽く片付けていた。
シンク奥の上に置かれた小さなラジオからは、
穏やかなクラシック音楽が静かに流れている。
制服姿の妹は、椅子に座り、携帯を片手に眠そうな顔をしている。
だが時折、画面を見ては小さく笑っていた。
ジンはその妹に視線を向ける。
(妹、今日も元気)
居間へ入ってきたジンたちに気づくと、母親は振り返って柔らかく笑った。
「あら、おはよう。やっぱり、アサちゃんに起こしてもらえると助かるわ!」
「あっ、おはよ…」
ジンが言い終えるより早く、隣のアサが元気よく前へ出る。
「はい!任せてください!」
胸を張って答えるその様子に、母親も楽しそうに笑った。
(うん……)
ジンは頷き、そのままテーブルの椅子へと腰を下ろした。
すると、向かい側から勢いよく皿が差し出される。
「はいジン、これオーガニック、凄くいいから!」
その野菜を前に、ジンは一瞬だけ表情を止めた。
「オーガニック?」
「うん、うちの経営してる所で、とれたの!」
ジンはその彼女の言葉を聞き、そしてまた皿を見る。
(目前にだされるとつい食べてしまう。まーいいっか)
そう思いながら、淡々と箸を伸ばした。
朝食を終えると、ジンは家を出る。隣には当然のように、彼女の姿もあった。
2人は並んで住宅街を抜け、そのまま近くの駅へ向かう。
朝の駅までの道。行き交う学生たちの声と、電車の走る音。
そして、学校へ――。
四元学園。
創立1200年、学園全体は、大形汎用AIによって管理運営されている。
この辺り一帯では、それなりに進学校として知られているらしい。
俺はここの一年生。
校内は、朝から騒がしかった。
「おいっ!また出たぞ!」
「えっ」
ざわつく声が廊下に響く。
一方、ジンは携帯を取り出し、いつものチャンネルを確認していた。
(おっ、今日はこれだな!)
そんなジンに、アサが呆れたように身を乗り出す。
「ちょっと、なしてんの!」
そのままジンはアサに肩をがくがく揺さぶられ、画面までぶれる。
するとそこへ、弾むような足音とともに一人の生徒が駆け寄ってきた。
「おっ、おはよう!アサ、ジン!」
元気いっぱいに手を振るその生徒に、アサもすぐ笑顔を返す。
「おはよう!ミカ!」
「おっす」
ジンも軽く手を上げる。
ミカはそのまま二人の前へ立ち、
「ねぇ、今朝もまたでたの魔物!早く、ジンもさ!」
「えっ、やっぱり!ほらほら、ジン!」
アサも当然のように背中を押す。
「えっ、いや、また朝からいきなり?」
少し戸惑い前を向いているジンへ、アサは呆れた顔を向けた。
「あんた、対魔部でしょ!」
今年15になった時、俺は“対魔系統”と認定された。
その流れで、一応任意という形ではあるが、この学校の対魔部に入っている。
「新愛ジン ………いくか」
どこか独り言のように返しながら、ジンは天井を見た。
(今日の昼は……)
するとアサは、そんなジンの背中を両手でぐいぐい押し始める。
「ほらほら」
そのまま前へ押し出しながら、今度はミカへ顔を向けた。
「ミカ、どこででたの?」
「中庭!なんかめっちゃ暴れてる!」
ミカが焦ったように答える。
その言葉に急かされるように、3人は学園の中庭へ向かった。
すると――
「グワァァァッ!!」
獣のような唸り声が、校舎に囲まれた中庭に響き渡っている。
四方を三階建てほどの校舎に囲まれたその場所は、
中央に広い芝生がひろがり、開けた空間になっていた。
中庭の周囲では、対魔部ではない生徒たちが、
対魔物用の装備を手にその魔物に懸命に応戦していた。
校舎の回廊や窓からも、ざわついた視線が集まっている。
「おっ、お前、対魔部か!?早くどうにかしてくれ!」
声をかけられたジンは、芝生の上で暴れる魔物へ視線を向けた。
大きさは、ジンの胸下あたりほど。
全身は淡い色の柔らかな毛に覆われており、短い腕には妙に力強さがあった。
外側へ尖った触角のような耳を揺らしながら、
丸みのある体で芝生をばたばたと踏み荒らしている。
一見すれば、どこか間の抜けたぬいぐるみにも見えた。
だが、その黒い瞳は、確かにこちらを見据えていた。
(魔力数値4ぐらい、
振動数は…まーいいか、とりあえず朝から先読みを使わなくて済んだ)
ジンは改めて、その魔物に視線を移したあと、
今度は応戦していた生徒たちを見る。
「よし、任せろ!」




