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辺境へ追いやられた落とし子が、隠された聖女を迎えに来た  作者: もち雪
1:王都ロスト・ミューにて

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1:プロローグ:彼の部下の心配ごと

 夜、首都、ロスト・ミューの街に、しとしと静かに春の雨が降る。


 暗闇の雨の街を、一台の幌馬車が、街の北側の出入り口である、アロッサの門へ向かっていた。


「静かになりましたね」


 闇に紛れる、黒いマントの二人。

 御者台に座る若い男が時折、顔に滴る冷たい雨を腕で拭いながら、彼より背の高い男へと、小声で話しかける。


「あぁ……、どうやら寝たようだ」

「聖女様もやはり、他の修道女たちと同じで、早寝、早起きなのでしょうか?」


 マルティーは、ライストファー領の領主カリオスに問い掛けても、彼からの返事は返ってくることはなかった。


 ――いったい、何を考えているのやら?

 あの聖女に惚れた? まさか、まさかカリオスに限って。


 しかし、もし二人が結婚でもする事になれば、聖女の住まう領地として、

 ・教会からの資金提供

 ・うちの最弱騎士団こと自警団の即戦力

 ・なりより、医者の居ない我が町にやっとやって来てくださったお医者様! 聖女だけど!


 それが、カリオスの手腕によっては、半永久的に手に入れられる!


 辺境伯という、名前負けしている授けられた地位に、辺境伯の治める領土として、めっちゃ村の我が町に、夢の様な話ではある。


 マルティーは薄幸の若い領主殿の申し分ない横顔を眺め、自分の考えに酔っていた。

 もちろん、この旅はマルティーにとっては、そのための旅なのだから。


 ◇◇


 ライストファー、去年出来たばかりの領地に、出来たその町は、実のところ町とも言えない村で、領主殿の館は人口増大の目論見で、唯一の宿屋であり、レストランとして機能している。


 その部屋の一室、カリオスが無理やりベッドを入れ込んだ。書斎に町の各班のリーダーとなる数人が集められた。


 そこで彼が「聖女様をかどわかす事にした」と、宣言した時には、名ばかりの騎士団の団長とともに――。


 ――何言ってるんだ? この人?!


 そう思ったものだが、実際やってのけるとは……。


 ◇◇


 そして決行日の今夜、夜更けに、雨に濡れながら彼と共に現れた聖女は、貧しい身なりで、しかも北の地では珍しくはないが、この街では迫害の対象になりえる獣人の少女と共にやって来た。


「次は聖女様の番ですよ」


 もくもくと作業を進めるカリオスは、彼女に求められるまま、先に獣人の少女を乗せるため、キャビネットへと入ってしまった。


 残るは貴族とは無縁で、教会の世話になるにはまだ早い。

 そんなマルティーだけ御者台に残された。


 気まずい思いを隠しながら、霧雨に濡れながら地上に一人ぽつんと立っている、貧しい恰好の聖女に掛けた言葉がそれだった。


 雨除けのために生地が少しの分厚い程度のコートを着ているが、小雨程度の雨で、その機能をもう失いかけている。


 だが、彼女は濡れながら、見も知らないマルティーの顔を見つめ、しばらく胸元に手を置き眺めていた。その顔には『どうしていいのかわからない』と書いてある。


 ――戸惑う気持ちはわかります。生まれてから、ほぼ修道院から出た事がないのですよね?


 深くかぶったフードの中から、哀れみを込めて彼女を見ていた。


「お姉ちゃん?」


 待っていても来ない事を、不安に思ったのだろう。少女がキャビネットから顔をのぞかせる。

 仕方がない、学校に上がってすぐ位の年齢だ。


 そんな少女を見て「大丈夫よ」彼女はにっこりと笑うと、彼女はマルティーの手を掴んだ。

 頬には濡れた髪が、まとわりついている。


 ――決して、大丈夫じゃないだろうに……。


 カリオスに言われ、奥に引っ込んだ少女を見届け、意を決した表情のまま、彼女は御者台へ乗り込んで来た。


 手に伝わった重みはとても軽く、彼はしばらく、離された手を見つめていた。


「高いですね……」

 声を聞いて顔を上げると、彼女はそう言ったわりには楽しそうに辺りを見回していた。

 そして、マルティーと目が合う。


「……ありがとうございます」

「……あっ、いえ」


「フェリーネです。あの子はミリア、これからよろしくお願いします」


「フェリーネ」

「はい、カリオス様も改めてよろしくお願いします」

「ああ」


 行儀良く頭を下げた彼女は、領主殿の手を取り、後ろのキャビネットの方へ消えていく。

 その際、思わず……。


「マルティーです。マルティー ホーネス」

 そう叫んでいたが……。


 聖女は、ふたたび顔を出す事は無かった。


 ◇◇


 貧しい身なりに、平民のマルティーに触れる事にも、嫌悪感ではなく女性特有の戸惑いや、躊躇が見えた程度。そして話し言葉は、どちらかと言えば侍女やメイドに近く、平民より。


 やはり聖女として、上に立つ者としての教育を受けていないようだった。


 どうやら、領主殿の治める土地に、血筋の幸運さを上回る。

 不幸な星の元に生まれた人物が、二人も集まることになる。



 ……それは、我が当主殿から聞いていたままだが……。


 そこで、マルティーがは一つため息をつく。


 不幸な星の元に生まれた二人だが、元を辿れば高貴な身分の二人だ。


 そして不運を覆すのに簡単な手段は婚姻で、そして領主殿は王位継承権への順番は限りなく低い。

 下手をすると、当主殿の仇敵の家系のイクリオン家の当主よりも下だ。


 貴族たちも、そんな人物を担ぎ出す事もないだろう。


 それなら、若い二人が恋に落ちても問題ない。

 やはり魔物との戦いに明け暮れる、辺境の地のうちにピッタリな辺境伯夫人に、彼女ならなってくれるだろう。


 国防にもなる、恋愛結婚は聖女の権利、国も邪魔することは出来ないはず……なのだが。


 ◇◇


「カリオス様、……、できたらその……、聖女様に求婚し、地位を高めてはいかがでしょうか?」


 以前、家令のおっさんがそう言った時、

「領土を守るため、聖女が必要なら、青年部の誰かが、聖女に求婚すればいいだろう」


 そう言って腕を組み、その後、しかとしていた領主殿は彼女をどう見ているのだろうか?


 隣に座る当主殿を見ても、子どもの頃からの不遇な生まれと環境のせいで、ポーカーフェイスはお手の物で、気持ちが読み取れない……。


「おい……」

「はい?」

「もうすぐ跳ね橋の検問前だ。スピードを落とせ」

「あっ、はい!」


 マルティーが手綱を引くと、馬たちはヒヒィーンといななきスピードを落とした。


 第一関門である跳ね橋を眺め、スローテンポになった馬の蹄の音を聞く。


 そしてちらっと当主殿を見る。フードに隠されたその端正な顔。その頭は、自分を苦しめる元妃への復讐について考えているのか、それとも聖女のフェリーネの事でいっぱいだったりしないのか? 


 暇を持て余し考えてもみるが、道の先と、馬の尻を眺める、マルティーには馬の気持ちの方がよっぽどわかりやすいと思い、頭を傾げた。


 続く


読んでいただきありがとうございます。


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