第32話「怒りの絶叫!ルッコの激情とゼノンの思惑」
絶体絶命の包囲網と、ローニャの突破口
霧が晴れ、六本の腕を持つ鬼神型ゴーレム【ギガントオニキス】が、その恐ろしい面貌をタクトたちの目の前に晒す。ゼノンの冷徹な瞳は、静かにタクト達を見据えていた。
「ここで、終わるか?」
その絶対的な威圧感を前に、タクトたちは一瞬、思考を停止させかけた。視界を奪われ、ニクスは右腕を損傷し、ルッコは魔力を消耗している。
その沈黙を破ったのは、戦術の要、ローニャだった。
「皆さん!固まってください!」
ローニャは、【グラニテカノン】に魔力を集中させると、新たな魔術刻印に全魔力を集中させる。
「【石壁】極大発動!」
大地が轟音を立てて隆起する。タクト、ニクス、ルッコ、ローニャの四機のゴーレムは、真下から生えた分厚い石の壁によって、霧と花弁の嵐が渦巻く戦場の上空へと押し上げられた。
【ギガント・オニキス】の漆黒の装甲が、予測外の行動に微かに揺らぐ。
高台の上で、タクトは即座に戦略を説明した。
「ゼノンは、リリエットの【樹精召喚】とルナの【霧幻】、そしてボルグの【オルクハンマー】による堅固な連携を計算していた。リリエットがフィールドを支配し、ボルグが破壊、ルナが妨害とサポート、そしてゼノンがとどめを刺す…。」
ローニャがそれに続けた。
「この連携を突破するには、フィールドの支配者であるリリエットを倒すしかありません。【フォレスタルナ】さえ止めれば、支援と妨害の効果は失われます!」
タクトは、ルッコの瞳を見た。彼女の瞳には、悔しさと勝利への渇望が燃えている。
「行くぞ!リリエットに強襲をかける!ローニャ、高台を維持し、戦術を俯瞰してくれ!俺とルッコで正面を突破する!」
石の壁から、ゴルディアスチームの三機のゴーレムが一斉に飛び降りた。
「な、なんじゃと!?あんな所から飛び降りるなんて!馬鹿なのじゃ!?」
リリエットは動揺し、自身の優雅な戦術が崩されることに憤慨する。
ルッコの【クリムゾンヘイト】が、怒りの炎を纏い、正面から【フォレスタルナ】に向かって突撃する。
それを阻止すべく、ボルグの【オルクハンマー】が地を蹴り、巨体を盾としてリリエットの前に立ちはだかる。
「リリエットには、指一本触れさせはしない!」
ボルグは理性的だが、リリエットを守るという使命感は強固だった。
そのボルグの側面から、【爆風】ブーストで急加速したタクトの【アブソルトレイル】が、槍杖の先に展開した【光剣】を纏って突撃する。
タクトの狙いは、ルッコの【スーサイドコンボ】が最初の一撃で生み出した【オルクハンマー】の装甲の亀裂だ。
「光剣【収束】!」
光の刃が、亀裂に一点集中する。
グシャアァ!
【オルクハンマー】の無骨な装甲が、悲鳴を上げた。ボルグは衝撃を受け、一瞬の硬直の後、数歩後退してしまう。
ボルグを押し返し、【フォレスタルナ】に突進を続ける【クリムゾンヘイト】。
ルナの【ムーンヴェイル】が、即座に反撃に出る。漆黒の爪に月光色の魔力を纏わせた【月影爪】で迎撃しようとする。
しかし、ニクスの【アサルトフェリス】が、砕かれたハルバートの代わりに、もう片方の腕に鋭い爪を展開し、発動させた【鋭爪】と【模倣】した【月影爪】を重ね合わせて迎え撃った。
ガギンッ!
模倣された夜鬼族の爪と本物の夜鬼族の爪が、霧のただ中で火花を散らす。そこに飛来したローニャの【グラニテカノン】が放った【石弾】が、【ムーンヴェイル】に命中。それにより、ルナの動きが一瞬動止まった。
ルッコの【クリムゾンヘイト】が、【フォレスタルナ】に肉薄する。
「ひぃ!来るのじゃ!逃げるのじゃ!」
リリエットはあわあわしながら逃走の指示を飛ばすが、【フォレスタルナ】はルッコの魔力の圧倒的な威圧感に動きが鈍る。
ルッコは【黒血呪縛】を発動し、【フォレスタルナ】の足元に闇の鎖を巻き付け、逃走を阻止する。
そして、大鎌の一撃が、【フォレスタルナ】の半透明の装甲へと叩き込まれた。
「うぎゃあああ!」
リリエットの悲鳴が、フィールドに響く。【フォレスタルナ】に大ダメージが入り、花弁の嵐が一瞬にして弱まった。
【フォレスタルナ】は、体勢を崩しながらも反撃に出る。前回ルッコを拘束した【蔦縛】で、再び【クリムゾンヘイト】の四肢を拘束しようと、蔦を射出した。
その時、ルッコの瞳が、憎悪と勝利への執念で完全に赤く染まった。
「【獄威絶叫】!!!!!」
華奢な少女からは想像もつかない、悪魔族の始祖を思わせる凄まじい咆哮が、【クリムゾンヘイト】のコアからフィールド全体へと炸裂した。
【獄威絶叫】——それは、心の内から湧き上がる魔力と感情を音波に変換し、一定範囲内のゴーレムの動きと魔術の発動を強制的に停止させる、ルッコの奥の手だった。
【フォレスタルナ】の蔦が空中で凍りつき、【樹精召喚】の精霊たちが霧散する。ボルグの【オルクハンマー】も、カバーに入ろうとしたその脚を止められてしまった。
「とどめよ!!」
拘束を逃れたルッコは、怒りのエネルギーを全て頭部に集中させ、【フォレスタルナ】に頭突きを叩き込んだ。
ドゴォ!!
華奢な【フォレスタルナ】の装甲が完全に砕け散り、機能停止した。
「うぎゃー!ワシの野望がぁああ!」
リリエットの悲鳴がフィールドに響く。
【フォレスタルナ】の機能停止を確認した瞬間、【ギガントオニキス】を操るゼノン・ゴブレイヴから言葉が発せられた。
「試合を停止。降参だ。」
タクトたちは驚愕した。リリエットを失ったとはいえ、【ムーンヴェイル】も【オルクハンマー】もまだ健在。そして何より、【ギガントオニキス】は無傷だ。
「ゼノン!なぜなのじゃ!?」
リリエットが問う。
ゼノンは淡々と理由を告げる。
「これ以上戦闘を継続すれば、【オルクハンマー】は【クリムゾンヘイト】の【破滅】だけで機能停止となる。数的に不利であり、私の負担も大きくなる。最良の結論は、この段階での降参だ。」
リリエットは、心配するボルグに起こされながら、涙目でゼノンに指示を飛ばす。
「まだ戦えるのじゃ!貴様の鬼神であの貧乳を叩き潰すのじゃ!」
ゼノンは冷静に彼女を説得する。
「リリエット、あなたは首長の座を望むのだろう?【オルクハンマー】をここで大破させれば、この後の戦力が破綻してしまう。あなた達と、豚鬼族との政略的な繋がりを弱体化させる恐れもある。実力は示せた。次戦に備えるべきだ。」
計算し尽くされた冷静な弁論に、リリエットは「ぐぬぬ…」と唸ることしかできなかった。
ゼノンが戦いをやめたため、ルナもそれに従い【ムーンヴェイル】を静止させる。
かくして、ゴルディアス王国チームの勝利が告げられた。
会場が歓声に包まれる中、控え席からクローナが飛び出してきた。
「タクトくーん!おめでとー!」
クローナは、前回のルッコがしたように、満面の笑顔でタクトに抱きついた。その姿は、人狼族の耳が嬉しそうにピクピク動く、非常に愛らしいものだった。
ルッコは、勝利の興奮が一瞬で冷めた。
「ちょっと待ちなさいよ!何よ、その真似!私への当てつけって事!?」
ルッコは嫉妬に顔を真っ赤にしながら、勝利の立役者という立場を忘れて、クローナに掴みかかろうとする。
ローニャは、その光景をニコニコと微笑ましく見つめていた。
その傍で、ニクスは無言で、砕けてしまったハルバートの残骸を掌に乗せて眺めている。
鬼子ゼノンとの戦いは、タクトたちの絆とロマンを再び試す、最初の一歩となったのだった。




