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19 気安く首を突っ込んでくれるひと

 「で、呼ばれたから来たんだけど、一体何の用だい?」

 一時間ほどしたら本当に紅宮綺羅が十式艦戦から降り立った。吹き抜ける寒風に首元をすくめる。

「寒いんだから早く済ませてくれよ。朱音ちゃんも連れてきたんだしさぁ」

 この草原に降り立ったのは綺羅の十式艦戦だけではない。七式艦攻を太くした九式艦上連絡機が隣でエンジンを止めていた。元は担架を二つ運べるように七式艦攻を改造した機体であったが、六人もしくは五百㎏の荷物を運べる汎用機として重宝されていた。中から降り立った整備員の小野朱音が洋一たちの機体を覗き込んでいた。

「実はですねぇ」

 洋一はこれまでに判った経緯を話した。

「つまり降伏……いやこの場合は違うな、庇護下に入るためにはそれなりの地位のある人間が必要だと」

「ええ、隊長は皇族ですから向こうの顔も立つんじゃないかと」

「だから正装で来られたし、か」

 綺羅は防寒外套の前を開ける。その下はいつもの飛行服ではなく、濃紺の第一種軍装であった。

「まあマルガリータ様経由でどこかでデンマーク王室とはつながっているかもしれないけど、納得してくれるかなぁ。所詮大尉だよ私は」

 彼女の曾祖母、マルガリータ妃は二代前のブランドル皇帝ヴィルヘルム一世の娘である。欧州の王室は大体どこかでつながっているので、デンマーク王室とも親戚の可能性はあった。

「向こうも贅沢は云ってられないでしょう。あ、また誰か来た」

 綺羅を待っている間に向こうも人が次から次にやってきて交渉を試みていた。今までは馬車だったのに、とうとう自動車が現れた。

「えー、こちらルテナント キラ アケノミヤ。 プリンセスです」

 ノルマン語が通じる役人風の男に、洋一は綺羅を紹介した。

「プリンセス?」

 不思議そうな顔で役人は洋一と綺羅を見た。大尉(ルテナント)の後に続く言葉としてはいささかそぐわなかった。

「イエス プリンセス キラ アケノミヤ」

 しかし事実なのだからしょうがない。

「オー アケノミヤ!」

 理解してくれたらしく叫ぶと、彼はやってきた車に向かって走って行った。

「隊長、デンマーク語って出来ます?」

「習った気もするが忘れたなぁ。ブランドル語かノルマン語でなんとかするしかないね」

 如何に語学が堪能な紅宮綺羅でも、欧州すべての言葉が使えるわけではないらしい。

 車から降り立った男は黒くて背の高いシルクハットをかぶっていた。身なりから察するにかなり偉そうである。

「フェロー諸島の知事を務めますヒルベルトです。ようこそフェローへ、プリンセス」

 案の定島で一番偉い人物だった。ありがたいことに知事の口から出た言葉はノルマン語であった。

「紅宮綺羅、秋津海軍大尉です。部下がご厄介になっています」

 防寒着を洋一に渡し、綺羅は握手に応じた。第一種軍装に数多の勲章を輝かせたその立ち姿はこれまで見たどんな将官よりも立派であった。知事に随行していたカメラマンが一枚撮るほどだった。

「我らが国王陛下の母君はスウェーデン王室より来られた方。プリンセスアケノミヤの御祖母様マールバラ公夫人はカール十四世の妃デジデリア様のご実家に連なると聞き及んでおります」

「え? あ、ベルナドッデ朝はノルマンから来てるからか。へー、そこつながるんだ」

 びっくりしたので綺羅の口調がノルマン語のままいつもに戻ってしまった。

「縁というものは不思議なものでございます」

 知事は口調を崩さないまま小さく笑った。

「まいったなぁ、腹の探り合いは苦手ですよ知事閣下。何をして欲しいんです?」

 くだけた口調のまま綺羅は微笑んだ。

「そうですなぁ」

 少しだけ考え込む振りをしてから、声をひそめて知事は云った。

「フェロー諸島の総督に、なって頂けませんかプリンセス」

 一度瞬きをしてから綺羅は冬の空を見上げた。

「そう来たかぁ」

「現在国王陛下はコペンハーゲンで幽閉されているとのこと。しかし我々としてはブランドルとの戦争状態は終わっていないのです。とはいえ所詮人よりヒツジの方が多い島。ブランドルに立ち向かう力は持ち合わせておりません」

 何しろ周囲300㎞に陸地がない隔絶した地である。攻め込んでこようとする酔狂な国はなかった。軍備が必要だと誰も考えてこなかったのである。これまでは。

「そこで秋津の力が欲しいと」

「しかし、秋津領というわけには参りませぬ。そこはご理解頂きたい」

 如何に国王が降伏したとは云え、一応秋津から見てデンマークという国家は残っている。ブランドル帝国と戦う仲間となる国家の領土を接収してしまうのは少々まずかった。

「そのためにプリンセスアケノミヤには、国王陛下より要請されてのフェロー諸島総督になって頂きたいのです。勅旨の方はこちらの議会でなんとかしますから」

 あくまでもデンマーク王国領フェロー諸島という形式は維持したいらしい。

「遠縁ながら国王陛下の御血縁のお方が来られるのは神のお導き。何卒お願いします」

 頭を下げる知事を制しながら、綺羅は考え込んでいた。

「うーん、まあそうすると軍服はあまり良くないなぁ。ちょっと待ってて」

 連絡機に綺羅は歩み寄る。

「朱音ちゃん、着付け手伝って」

 洋一達の機を調べていた朱音に声をかけると、連絡機の中で着替えを始めた。朱音は慌てて駆け寄った。

「外から、外から見えますから!」

「慣れてるから大丈夫だよ」

 どうにも会話がかみ合ってない。

「あんたたち、ここで並ぶ!」

 朱音が洋一たちを呼びつけて壁になるように立たせる。

「背中を向けて絶対に振り返らないこと。見たら銃殺!」

 洋一たちは顔を見合わせて肩をすくめる。

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