愚者の舞い 3−8
アクティースの予想に反して、ミカはなかなか足腰が強かった。
神殿内は狭くはないが、何をするにも長距離移動が必要なほど広くもない。
しかも、神殿に来る前は籠の中の鳥よろしく、ほとんど軟禁に近かった筈なのだが、丸一日近く歩きづめでも平気な顔をしている。
これが、クーナ達なら分かる。
アクティースと契を交わし、竜巫女になっているからだ。
竜巫女は半竜に近いものがあり、竜としての特性もそれなりに引き継ぐ。
腕力や脚力などの肉体における筋力の増加、打撃などの衝撃や斬撃などに対する対抗力の増加に加え、多少の竜語魔法も使えるようになる。
それゆえ、丸3日ほど飲まず食わずで行動出来ても不思議ではないのだが。
ミカはまだ竜巫女になっていないのに、このタフさなのである。
アクティースでなくても、驚くと言うものだろう。
もっともそれは、ミカがクーナ達と共にやっている、拳闘志としての訓練の賜物である。
ミカはあの事件以来、足手纏いにならないように必死に訓練して来た。
そのために、体力・筋力共に鍛えていたのだ。
「ところで、アクティース様。」
「なんじゃ?」
「もの凄く目立ってますね・・・私達。」
「わらわが美しいからじゃ。」
即座に言い切るだけの美貌は、確かに持っているアクティースである。
なんせ常日頃、クーナ達と肉体美について研究する事に余念がないのだ。
暇さえあれば素っ裸になって、あそこをこうだここをこうすればと変えているのである。
元々偽りの姿だけに、変えるのも安易であるため、4人とも楽しんでやっていたものだ。
もっともミカが来た頃にはほとんど落ち着いてしまい、やってはいなかったが。
ただ、アクティースはそのために完璧な美貌になってしまい、確かに目は引かれるがそれ以上の興味はわかない。
ある意味、生まれながらに極められた、エルフの美貌と同じなのだ。
実は、道行く人々の一番興味をひいているのが自分自身だとは、ミカはまったく気付いていなかった。
美しい、と言う分野でいえば、ミカはそうでもないだろうが、可愛らしさと言う点においては圧倒的にアクティースより抜きん出ている。
ましてや成人になりたての婚期真っ盛り、溌剌とした若さが滲み出ていた。
「ミカや。」
「はい?」
人の多い町中を抜け、人気の無くなった辺りで唐突に声をかけられ、ミカは振り返り、石に躓いて転びそうになる。
「お前に聞いておきたい事があるのじゃ。」
「なんですか? アクティース様。」
「もしわらわが死んだら、お前はどうするのじゃ?」
特に真剣な表情でも無く、世間話でもしているような顔でそう聞かれ、ミカはアクティースの真意を量りかねた。
「・・・アクティース様が死んだら・・・ですか?」
「そうじゃ。 わらわは寿命がないゆえ、自然に死ぬ事はない。 じゃが、病気や怪我ではその限りではない。」
「・・・考えた事も、無かったですが・・・。」
そもそも、病気になるのだろうかと疑問が浮かぶ。
クーナ達でさえ病気知らずなのである。
ましてや大元である、本物の竜が病気になるなど、想像すらできない。
「今ならまだ、巫女になっておらぬ故、どこぞでも行けるが?」
「私は・・・できれば、その時まで一緒に居たいです。」
「帰る場所がないからか?」
「理由はそれだけでは・・・ありません。 あ!」
アクティースが更に問いを重ねようとした時、ミカが声を上げて立ち止った。
何事かと見れば、前方で馬車が倒れていた。
ここは山間の山道だけに人の往来が少ない。
先ほどから誰ともすれ違わず、付近に人影もないことからこんな質問をしていたのだが。
「馬車が倒れておるが、山賊でも出たかのぉ。」
「大変! 負傷者がいるなら助けないと!」
「放っておけ。」
「・・・え?」
「人間同士の争いに、首を突っ込むのは好かぬ。」
「そ、そんな! 苦しんでいる人がいるかもしれないんですよ!?」
「わらわは助けてくれと頼まれておらぬし、こやつらから貢物も貰っておらぬ。 助ける義務も必要もあるまい。」
「義務って・・・!」
「ミカや。 お前はわらわが誰だか忘れておらぬか?」
ギロリ、と、睨まれ、ミカはビクリと身を竦ませる。
その眼光には紛れもない苛立ちと殺意があったからだ。
「わらわは我儘を言われるのは好かぬと言った筈じゃ。 先を急ぐぞ。」
そう言いながら、平然と足早に通り過ぎるアクティースを慌てて追いかけつつ、ミカは通り過ぎながら馬車をできるだけ詳細に見た。
馬車に繋がれていた馬の死骸や車体には、何本もの矢が突き立っており、山賊の仕業だとハッキリ分かった。
「ごめんなさい・・・。」
蚊が鳴くような小さな声でそう謝罪し、少し先に行ってしまったアクティースに早足で追い付くが、その歩みもさほど進まずに止まる。
道の脇から三人づつ、前後に山賊が現れて立ち塞がったからだ。
「これはまた、えれぇ美人じゃねぇか。 高く売れるぜぇ、こいつぁ。」
「さっきの娘もなかなかだったがな。」
「今日はついてるなぁ、え、おい。」
「目障りじゃ。 消えるがよい。」
下卑た笑みを浮かべ、そんなやり取りをしながら包囲の輪を狭めていた山賊達は、アクティースの一言で一瞬硬直し・・・腹を抱えて笑いだした。
「おい聞いたか? こいつ自分の置かれてる立場を分かってねぇようだぜ!」
「まったくだ。 6人相手に女二人で勝てるとでも思ってんのかよ。」
「いやいや、こういう気の強い女こそ楽しめるってもんだぜ。」
「おいおい、俺にも回せよ。」
そんな山賊達に、アクティースは聞えよがしにため息をつくと、呆れ果てたと言わんばかりに言い放った。
「顔も容姿も悪ければ、頭も耳も悪いようじゃな。 わらわは消えろと言ったんじゃが? わざわざ死に急ぐ事もあるまい。 見逃してやるゆえ即座に消えるがいい。」
アクティースにとっては塵芥よりも簡単に討ち滅ぼせる相手だけに、優しく言ったつもりだったが、相手はそう取らなかったようだ。
「おう、ねぇちゃんよ。 強がっていられるのも今だけだ。 後でグウの音も出ないほど苛めてやるぜ。」
「お頭、最初に壊さんでくださいよ?」
「まったくだ。 お頭にかかっちゃ・・・」
そんなやり取りをどこまで聞いていたのか。
ミカは全身を小さく震わせ、俯いていた。
「あなた達なの・・・?」
「あ?」
小さな声であったが、どうやら山賊の一人は耳が良かったらしく、ミカの言葉をしっかりと聞き取っていた。
「ミカ?」
いつもと違うミカの様子に、アクティースは訝しげに眉を寄せて見やる。
「あなた達がやったの・・・?」
そう言いながら、今通り過ぎたばかりの馬車を指さす。