愚者の舞い 3−6
急峻な崖沿いに杭を打ち、1メートル幅程度の板を乗せて固定しただけの道。
そこを、ミカとアクティースは歩いていた。
ミカの誕生祝いが終わり、後片付けが終わった後、アクティースは急に、ミカを連れて旅に出ると言い出した。
クーナ達は先に話を聞いていたので、黙って頷いた。
翌日、2人はクーナ達に見送られて旅立ち、今に至る。
「凄い景色ですね〜。 アクティース様、足元に気を付けて下さいね。」
気を使うミカに、アクティースは微笑みながら頷く。
アクティースは飛べるので、足元が崩れても何ら問題はない。
ミカこそ、足を滑らせようものならどうにもならないと言うのに、自分の心配をしているのが可愛く思える。
そんな場所で、反対側から1人の女性が歩いて来た。
まだ若いその娘は、2人に気が付くと足を止め、片眉を吊り上げる。
「・・・アクティース殿か?」
「はて。 見覚えが無いが、誰じゃ?」
アクティースは、本当に心当たりがないようで小首を傾げ、相手の女性はニッコリと微笑んだ。
気が強そうだが、顔立ちは整い、美人だしスタイルも良い。
「初めまして。 私はフィリアと言います、アクティース様。 プリの娘です。」
「プリの。 そうか・・・。」
「珍しいですね、結界から出られるのは。」
「まあ、たまにはの。 お主、今は何をしておるのじゃ?」
「見た通り、冒険者をしています。 なんでもトラーポの方に、ワームが出て暴れているとか。 国家自体は好まないですが、村人には罪は無いですから。」
「トラーポか。 まあ、攻めて来なければ、わらわも関与する気はないがの。」
「・・・一族ですが、宜しいですか?」
「・・・? ワームの事か?」
「そうです。」
「構わぬ。 強きが生き残り、弱きは糧となる。 一族とは言っても、ワームは知能無き者。 新たに生まれ変わるまでの寄り代に過ぎぬ。 早々に聖域に送り、生まれ変わる準備をした方がそ奴の為じゃ。」
「それを聞いて安心しました。 貴女と敵対したくはありませんからね。」
「フッ。 挨拶も無く倒す気でおった癖に、良く言うわ。」
アクティースがほほ笑みながらそう答えると、フィリアは口の端を釣り上げ笑みを作る。
「それでは、先にお進みください。」
そう言うと崖側に身を寄せ、グニャリと平らなスライムになって壁に張り付いた。
「ほれ、ボケッとしておらんで、先に進まぬか。」
驚愕して立ち竦んだミカの後頭部を軽くどつき、促す。
ミカは恐る恐るフィリアの横を通り過ぎると、振り返った。
フィリアは2人が通過するのを確認すると、再び人間の形に成って、歩き去って行った。
「・・・な、なんですか・・・あの人・・・。」
「ノーブルスライムと言う種族じゃ。 魔王の血筋の1人じゃな。 もっとも、あの娘の親で魔王の娘は、数年前に死んでおるがの。 ほれ、先を急がぬか。 こんな場所で野営をしたいのか?」
まだ驚きから解放され切ってはいなかったが、とにかく先に進んだ。
ミカは人間のままなので、ここで野営などしたら確実に風邪をひく。
そんな足手纏いになる事だけは、勘弁願いたかった。
上も下も無く、無音、真の闇、そして、何も無い空間。
それでいて、何かのエネルギーが満ち満ちていて、耳鳴りもしない不思議な空間。
そこに、一本の巨木が浮かんでいた。
名はなかったが、この巨木の事をある世界の神話になぞらえて、ある親子神はこう呼んだ。
ユグドラシルと。
その巨木の幹に手を添え、アラムは静かに目を閉じ会話をしていた。
「ああ・・・アクティースも。 お前はまた、次元を流れて行くのか・・・? そうか、ありがとう。 だが、俺もそんなに長くはない。 ああ、 そうだ。 だがもう一回だけ、お前の力を借りなければならないと思う。 そうだ、兄貴のあとを追わねばならない。 親父の狂気を止めてやらないとな。 それが子としての役目だろ?」
バサッと、その背に広げていた翼を一打ちする。
その翼は三対あり、左右で白と黒に分かれていた。
「こんちゃ〜。」
ルーケが荷車を引き込みながらそう声をかけると、奥から即座にルパとメレンダが飛び出して来た。
「あら? 魔王様の・・・執事の人。」
「下僕じゃなかったっけ? ルパちゃん。」
「違いますよ! なんで下僕なんですか!! 執事でもありません!」
あまりの言われように、思わずルーケがそう叫ぶと、後からクーナが出て来た。
「あら、ルーケさん。 こんにちは。」
「・・・こんにちは、クーナさん。 食糧とか持って来ましたよ。 ところで1人足りないようですが・・・。 まさか、また病気にでも?」
「ミカちゃんは今、ご主人さまとデート中よ。」
クーナより先に、荷物物色中のルパが答える。
「デデデ、デートォ!?」
女性しかいない(アクティースは竜で性別はないが)神殿で、デートと言う事は・・・。
思わず赤面するルーケである。
「私も付いて行きたかったな〜。 ご主人さまとデ〜ト〜。」
「あたしもだよルパちゃ〜ん。 そしたら今頃、ご主人さまとヌッポリと〜・・・。」
「遊びではないのですよ2人共。 お供にミカを連れて行った訳を忘れたのですか?」
「・・・訳?」
クーナはハッとしてルーケを見て、すぐに微笑む。
「色々事情があるのですよ。 ところで、今日は魔王様は?」
「師匠なら忙しいからって俺に・・・。」
「あ、そうなんだ。」
「じゃあまた暫く平穏だねルパちゃん。」
(心なしか残念そうに言ってるように感じるのは、俺、嫉妬してるからかな?)
チラッと見ると、クーナも少し寂しそうにしてるようにも感じる。
始原の悪魔であり、魔王でもあった男に弟子入りしたルーケだが、自分が魔王になりたいとは思わない。
それどころかまったくの逆である。
争いの絶えないこの大陸を統一し、救いたい。
そのためにモリオンと言う高名な冒険者に弟子入りしたのだ。
もっともその正体が世界を作った兄弟神の一人であり、元魔王だったとは露も思ってはいなかったのだが。
「とにかく、師匠に言われた物は全部持って来ましたので、確認してください。」
「お疲れ様でした。 今お茶を入れますので、こちらで休憩なさって下さい。」
「あ、いや、足りない物があったら困るので、近くにいて確認の手伝いをしますよ。」
そう言った途端、ルパとメレンダに睨まれた。
「下着とかもアルンデスケドー。」
「あんた、下着フェチ?」
「なっ!? そんなわけないでしょう!!」
「ど〜だか。 若い男だしね〜メレンダ。」
「ね〜。」
「2人のおもちゃになりたいなら止めませんが、お茶はこちらに入れておきますので、気がすんだら来て下さいね。」
何か言い返したかったが、この2人に勝てる気が全くせず、すごすごとクーナに導かれるままに別室へと移ったのであった。