002シャルル・ホワイティスの生い立ち
説明回
さて、どこからの説明が一番親切だろうかと考えてはみたものの、結局のところは自分がどのような生い立ちで現在まで生きてきたかを、順序よく語るのが一番だと思う。
これと言って面白くもない人生を語る事になるけれど、少しだけお付き合い願いたい。少し母と父の話が続く事になるが、最終的には私の話になるはずなのでとりあえず大人しく聞いてもらえると嬉しい。
そうでないと私という存在が語りつくせないのだ。
さて、私という存在がこの世界に生まれたのは二十一年前の事。
とある国のド貴族様である父親と、辺境の巫女と呼ばれた麗しくも儚い母親の間に長子として生まれた。
神に一生を捧げるはずの巫女であった母を、過酷な環境下から庇護――もとい、父が手籠めにした。見目麗しい母を視察に来ていた父が見つけて、嫌がる母を無理矢理――と聞いている。
巫女は純潔でなければいけないという誓約があるらしく、母は巫女である権利を失う。孤児であるがゆえ、行く先もないまま既婚者であった父に身請けされ、ド貴族様の愛人としての立場を得た。
当然、正妻は大激怒。
仕事で出かけたはずの夫が、自分より見目麗しい娘を愛人として堂々と屋敷に招き入れたのだから当然の反応だろう。
さらに数か月後には私が身ごもっている事を知り、正妻は母にかなり厳しく当たったらしい。突如として平穏を奪われ、頼る者も居ない状況下で自分の中に芽生えた命だけが母親の心のよりどころだった。
あの手この手で堕胎させようと必死だった正妻の奇行からなんとか逃れ、無事に私を出産した母が次に直面したのは父が母を無理矢理の形で愛人とした本当の理由だった。
「――無論、男児を生んだのだろうな」
大変な出産を終え、せめてもの労いの言葉を望んでいた母の表情が凍りついた。
正妻からどんなに酷い仕打ちを受けようとも母が、父の元を去らなかったのは、少なくとも彼が生まれてくる子供を楽しみにしてくれていたからだ。強く正妻を咎めることはなくとも、それなりに防波堤となってくれた父。
母はそこで父の意図をようやく知ったのだ。
父は精霊に愛される巫女の血を欲した。精霊に愛されるという事は、自分の魔力に関係なく魔法を行使できるという特権がある。
魔法についてはいずれ説明する機会があればさせてもらうが、精霊に愛される条件として確かに血筋も条件の一つに当てはまる場合がある。
つまりは次期当主を精霊に愛される息子を就けたかったらしい。
御家発展の為だけに母は人生を奪われたと言ってもいいだろう。道具としか扱われない事を知った母は、生まれた子供が女子である事を告げることが出来なかった。女子であると伝えた途端、父がどのような反応を示すかがわからなかったからだ。当然、出産に立ち会ってくれたメイドや助産師も母の表情から事情を察し、口を挟むことなく顔面を蒼白とさせながら成り行きを見守ってくれた。それが何よりありがたい状況であったという。
さも当然と言ったように性別を決めつけてきた父に返せる言葉はただ一つ。
「もちろんでございます」
母は虚勢を張って微笑みながら肯定した。
その笑みに満足した父は、私に男性名である『シャルル』と名付けたのだ。
貴族は大抵親が子育てをせず、乳母に任せる傾向があるため、しばらく私の性別はばれずに済んでいた。乳母は母に協力的で、正妻は酷く怪しんでいたものの、生まれた子に興味を示す事がなくなる事情が発生した。
正妻が子を身ごもったのだ。
そして一年後に生まれてきた子は男児。同時に協力してくれていた乳母が正妻の子に奪われ、新しく私に付けられた乳母が、私の性別を偽っていた事を知り、あろうことか父に報告してしまった。
母は父に露見するより早く私を抱えて家を飛び出した。
必死に隠れては逃げ走り、世界のどの国にも属さない不干渉の森へと逃げ込み、そして叫んだ。
「神よ!! 我が愛しき主である地の精霊王様! どうか! どうか我が子をお助けくださいませ! 巫女である資格を失いながらも不躾とは存じております! 私への罰はいかようにでも! どうか! どうか我が子をお守りください!!」
母の叫びに応えるかのように、腕に抱いた子は光の粒子に包まれ、そして姿を消した。元巫女であった母親の願いを神が受け入れたのだ。
腕の中にあった温もりが消えた安堵と、二度と会えない子を想い、母は頬に涙を零しながら笑みをこぼし、ゆっくりとその場に膝を付いて弾けたように咽び泣いた。
その後――母がどうなったのかは知らされていない。
◇◆◇
一方、母の願いによって神に届けられた私はというと、一歳になったばかりであったため、その時の状況を覚えているかと言われれば、否という答えを用意するしかない。
しかし転生者としての記憶は新たな保護者となった、神――イコール、地の精霊によって呼び起された。
「やっと私の元にやってきたね。待っていたよ、彼の愛し子。ああ、しかしこのままではいけない」
そういって私を抱き上げていた人物は私の額を一撫で。ただそれだけの行為で、思考が一瞬にしてクリアになった事に驚いた。
「ふぁぁ!?」
思わず声をあげると、私を抱き上げた人物はクスクスと笑う。
ふんわりとした雰囲気の優男という言葉が一番しっくりとくる。中性的な容姿ではあるが、長身であることや私を抱き上げている細マッチョな感じは男性なのだろう。
ギリシャ神話に出てくる神様が着るような神御衣に身を包み、少しクセのある白銀の短髪と少し垂れた瞳はアメシストの宝石を思わせる美しい紫。左耳にはいくつもの色鮮やかなピアスやカフスが並び、右耳には長い馬の尾のような金色の細い糸をいくつも束ねた形のピアスを一つだけ付けている。
特徴的なのは顔面の左側を覆うように施された、フェイスペイントのようなあざやかな大輪の華。どういう仕組かは分からないけれど、色が瞬きしている間に変わっていく。瞬きせず、じっと目を凝らしたところで、華の色はうつり変わるのだけれど。ところどころに蝶々も描かれているが、よく見ればその蝶々は顔の中で羽ばたき、華の周囲を飛び回っている。華も微かに揺らいでいるように見え、マジマジと見てしまうのは仕方がない。
「ふふふ。目が覚めたかい、彼の愛し子。……うん、調子はいいみたいだ」
多分、他の人であれば不愉快になるほどじっくり眺めてしまったにも関わらず、彼は私を咎める事もなくむしろ嬉しそうに笑った。
「あーうー」
現状把握しようと声をあげるも、肉体が一歳だからか思うように発言が出来ない事に驚いた。するとその人は意思をくみ取ってくれたらしく、笑みを携えたまま私に優しく語りかえた。
「伝えたいことを頭の中で考えてごらん。念話と言う技術だよ。今の君にならできるはずだ」
『……伝わる?』
伝えたいという思考と相手に伝えたい内容を同時に考えるというのはこういうことだろうか、と何気なく考えた事を言葉に乗せずに脳内で呟けば、相手には伝わったようでふんわりと笑みを持って返してくれた。
「ああ、伝わっているよ彼の愛し子。なんて愛らしい念話だろうか」
『……えっと、初めまして?』
「はい、初めまして。ふふふ、礼儀正しい子。確かに私は君を知っているけれど、君は私を知らないものね。まずは自己紹介からだ」
『えっと、たぶんシャルル・ブルエナです』
意識がはっきりしたのは今しがたなので、自分の名前を明確は覚えられていない。ただ、シャルルという名前は何度も母が呼んでくれていたから、たぶん自分の名前なのだろうという認識だ。名字はたぶんで付け足してみた。
しかしながら私が名乗った途端、その人は今までの穏やかな空気を一変させ、不機嫌を眉間のシワに表現しながら私に吐き捨てるように言った。
「シャルルというのは男性名だね。こんなに愛らしい君には似合わない。……それに、裏切りの巫女であるミィナを奪った、憎き男の姓を名乗るのも気に入らないな」
『え、シャルルって男性に付ける名前?』
音の響きが可愛いからてっきり女の子に付けるものだと思っていたのに、驚愕の事実を知らされる。そして現在の自分がどうしてこの人の腕に抱かれているか、父と母の関係等を聞いたのもこの時だ。この人はどうやら父を目の敵にしているようだし、母もこの人に仕えていたとは言え、裏切り者と表現しているあたり、既に好いてはいないのだろう。
「君はすでに私の保護下にある。新しい名前をあげよう」
『え。でもシャルルって名前は結構気に入ってたんですけど……』
唐突な提案に思わず本音で返せば、その人はちょっと渋ったような表情を向けたものの、すぐに小さくため息を吐いて苦笑した。
「そう……君がそう言うのであれば、シャルルという名であることは許そう。本当はあの男が君に刻んだ名前なんて使ってほしくはないけれど……ミィナの繋がりを完全に断ち切るのは君の本意ではないだろう。ただし姓はダメだよ。……そうだね、私の姓を名乗りなさい。君は今日からホワイティス――シャルル・ホワイティスと名乗るんだ」
『シャルル・ホワイティス……』
新たに授けられてた新しい名前を噛みしめるように反芻すると、今までの不機嫌さが嘘だったようにその人の瞳は和らぎ、愛おしそうな指先で私の頬を撫でた。
「そう、君は今日からシャルル・ホワイティスとして生きていくんだ。――では、改めて。初めまして愛しいシャルル。私の名前はガイナ。ガイナ・ホワイティス。四大精霊と呼ばれる一柱であり、地をつかさどる精霊王だよ」
ほんわかとした雰囲気で、なぜかとんでもない事を言われた気がした。
記憶があいまいではあるが、夢物語のように赤ん坊の頃から母親に聞かされていた話がある。
この世界には大小さまざまな特性をもつ精霊が存在する。
その中でも特に稀代な存在である四大精霊。
地・火・水・風の上位に存在する四柱で、これはどこかのファンタジー小説でも読んだことがある設定だ。
そしてこの世界ではその四大精霊の中でも地の精霊がこの世界を作ったと言われている――つまり人々は、この世界を作った彼を地の精霊王とも呼ぶし神とも呼ぶ。
『……かみ、さま?』
「ふふふ、父と呼んでくれても構わないよ。私の可愛いシャルル」
私はいつの間にか、とんでもない父親の元にやってきたらしい。
シャルルは男性の名前ですよ、というご指摘を頂き「ちょwwwおまwwwまじかwwww」ってなってしまいましたが、じゃあ設定に使っちゃおうと思って使わせて頂きましたw
ご指摘いただきありがとうございました!
この回で説明終わらせたかったのですが終わらなかった……