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COLON:SERIES - アンネ・ラインハルトの記録  作者: 志室幸太郎
ANNE:2020 - アンネ・ラインハルトの黙示録
54/56

[5-17]

 ニーナも席の近くまで来て、軽く会釈する。


「ニーナ・ハートリンドです」

「どうも。あんた確か、あのショッピングモールの対応に参加してたな」

「……思い出しました、事後処理を担当されていた方ですね」

「ああ。と言っても俺はサポートで、実際に痕跡を消していたのはこっちだがな」


 チトセは烏山とニーナに順に視線を送ると、また麺を啜り始める。一息で口にするにはなかなかの量だった。


「確か、物質を消す能力を持っているとか」

「当人曰く、“消す”というのは本質的には違うらしいが、その認識で構わない」

「なるほど。確かに強力な能力です」

「注文は?」


 いつの間にか傍に立っていた店主が、わずかに苛立った様子で聞いた。機構の息がかかった店ではあるものの、好き好んで残業をする人間はいない。


「俺は……麻婆丼を」

「炒飯と餃子をください」

「あいよ」


 店主は目を細めながらメモ用紙に殴り書きして、奥の厨房へと引っ込んでいった。

 シノユキとニーナは烏山たちの対面の席に腰を下ろす。


「で、なにをするのに俺たちが必要なんだ?」

「まず前提として、機構が戦争を計画しています」


 それを聞いて、烏山は口に運ぼうとした分厚いチャーシューを取り落した。はねた醤油ベースのスープが白いワイシャツに飛んで、忌々しそうにハンカチを取り出す。


「冗談だったら洗濯代を請求するぞ」

「おそらく事実です。アンからの情報なので」

「見つかったのか?」

「痕跡は、ですが」


 烏山はハンカチでシミを取ろうとしながら、少し迷って、口を開いた。


「機構から姿をくらました人間を、信用するのは難しいな」

「おっしゃることはごもっともです。ですが、もうすぐその証拠もここに届くことになっている」

「へい大将、やってるー?」


 機を見ていたかのように、暖簾を大袈裟にはたき上げてセーラが店に入ってきた。


「お邪魔しますー」


 続いて入ってきた女性は、そのイントネーションから関西の出身であることがわかる。


「あたい酢豚ね! パイナップル入れて!」

「せやったら、私もそれつつかせてもらいますね」


 厨房の奥から唸るような返事が聞こえてくる。

 セーラは了承も得ずに隣のテーブルを引きずって、シノユキたちのテーブルとくっつけた。関西弁の女性が椅子を二脚用意し、六人が長机を囲むような形になる。


「誰だ?」


 予定にない人物の登場に、シノユキの表情が曇った。


「情報部の市川マナちゃん。手を出すなよ!」

「出さない。いいのか? これから話すことに巻き込むことになる」

「もう手遅れですなあ。とんでもないもん出てきはりましたよ」


 マナは、セーラが肩にかけている筒に視線を送る。

 セーラがその蓋を引き抜くと、気の抜けた音が店内に響いた。そこから丸められた何枚かの用紙を取り出して、テーブルに広げた。一同の視線が集まる。


「これは……図面ですね」


 ニーナが手元の一枚を手にして言う。

 用紙には細かな格子状の線が引かれており、その中に緩やかな曲線が走っていた。


「船か?」

「シノユキ君正解。ただ船は船でも、潜水艦だよこれ」


 どの角度から見ても滑らかな流線形。甲板は存在せず、先細りの弾丸のような形状は海水をかき分けて進むためのものであることがわかる。


「セーラちゃんに言われて、財務部の記録をちょっと覗かせてもらったんやけど。一見な、おかしいところはなかったんですよ。ここ最近の予算配分は、ずーっとほぼ例年通りで変化なし。ただね、理事会に割り振られている予算が多すぎた」

「組織の指揮系統なんだ、多くても不思議じゃないんじゃないか?」

「へえ、箸って人を指すのにも使えるんやね」

「すまん」


 指摘を受けてばつが悪そうな烏山を、チトセが横目で見て少し微笑んだ。


「気になって少し深堀りしてみたら、今の予算配分になったのが一九四一年から。それまではもっと少額だった。ここまでの総額は日本円で十数兆円。これでも不思議やないと思います?」

「それは……多すぎるな。で、その使途を辿った結果出てきたのがこの図面というわけか」

「そう。およそ八十年前から、少しずつ少しずつ、この船を建造してきたんやないですかね」


 シノユキは、潜水艦上部に並ぶいくつかの円形を静かに見ていた。セーラがその視線に気づく。


「わかるよ、ユッキー。これ多分積んでるね」

「積んでる? なにをだ?」

「核弾頭、じゃないですか」


 それを聞いて、烏山はついに箸を置いた。


「事実なんだな」

「これまでの情報を総合すると、そう見えます」

「そしてお前たちは、それを止めようとしている」

「はい」


 烏山はシノユキを一瞥すると、両手で前髪をかきあげ、天井を仰ぎ見る。


「だが理由がわからない。暦史書管理機構の目的はこの世界の記録と、異能による歴史の歪曲の防止のはずだ。戦争を発生させるなんて、それこそ歴史を歪めてしまう。どんなシナリオが用意されているにしろ、組織の存在が明るみに出る可能性もある」


 一同が口を結ぶ中、チトセがラーメンを啜る音だけが聞こえてくる。


「……聞くしかないか」

「聞く? 誰にだ」

「一週間後、有栖川支部長から、アンの行方の手がかりになるかもしれない少年について情報を共有してもらうことになってます」

「支部長と直接対決ってわけか。賭けだな」

「なんとか上手く立ち回りますよ」


 シノユキの位置から、両手にお盆を持ってこちらに向かってくる店主の姿が見えた。セーラに図面をしまうように目配せする。


「あ、ユッキー。一応もう一つ気になったことがあるから言っておくんだけどさ。この潜水艦、なんかおかしいと思わない?」

「悪いが潜水艦の構造についてはあまり詳しくない」

「動力炉らしきものがないんだよ」

「は?」

「発電機っぽいものはあるんだけど、この規模の潜水艦を動かすにはそれこそ原子炉が必須なはず」

「……ここは?」


 潜水艦の内部中央にある、円形の空間を指して言った。


「うーん、単に記載を省略してる可能性もあるけど……」


 シノユキが図面全体に目を走らせていると、セーラが一瞬ですべてを丸めて筒の中に収めてしまった。


「へい、お待ちどう」


 テーブルまで来た店主が、麻婆丼、炒飯と餃子、パイナップルたっぷりの酢豚がのったお盆をテーブルの上に置く。


「うっひょ~! いただきまーす!」


 セーラは手を合わせ、割り箸を割ってパイナップルを口に運ぶ。


「初手でパイナップルいくか普通」

「なに言ってんだ、これがうめーんだ!」


 烏山の奇異の目を気にすることなく、セーラはひょいひょいとパイナップルを口に放り込んでいく。一方マナは、甘辛い味付けの豚肉を頬張って満足げな様子だった。


「どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 ニーナから麻婆丼とレンゲを受け取りながら、シノユキは最後の一瞬で目に入った手書きの文字を思い起こしていた。


 “Cー27 Ark Eve”


「アーク、イヴ……」

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