あたためますか。
片思い編
サラリーマン視点
コンビニでは、店員とお客が顔見知りになってしまうことが多い。何せ、通り道にあれば寄ってしまうのがコンビニ。俗に言う常連にはなりやすいだろう。
例えばそこで、毎日夕食を買っていたとして
例えばそれが、毎日同じようなメニューだったとして
俺がコンビニの店員だったら、やっぱり覚えてしまうと思う。そして、なんとなくだけれど「またこのおにぎりか…」くらいに、その客を認識するんだろう。
前置きが長くなった、のだけれど
なぜそんなことを考えていたのかには、訳がある。
いつものように寄ったコンビニ
俺が手に取ったのは、珍しくカップラーメンで深く考えずにレジに持って行った。
そこで、耳に聞こえたのは
「あたためますか?」という、小さな声。
「…は?」
思わず、間の抜けた声が出た。小銭を探していた手を止めて店員を見やる。だって、カップラーメンだ。あたためます、な訳がないだろうが。
呆れた俺がその瞬間に気付いてしまったのは、少し長い前髪に隠れたその店員の頬が真っ赤になっていること。
「…あたためると、思うのか?」
身長がすらっと高く、真面目そうな黒髪と眼鏡のそいつには見覚えがあった。比較的毎日、このコンビニの深夜、俺が夕食を買いに来る時間に勤務しているらしい。
「や、あの、違います。すいません!…今日はお弁当じゃないんですね…って、いや、違うんです。ほんと、ごめんなさい。」
(あたためますか?)
(ああ、よろしく。)
あぁ、と思った。
確かに毎回、そんな会話をしている。
余程恥ずかしかったのだろう。慌てて言い訳の言葉を重ねる彼は、いつもの淡々とレジ打ちをしている姿からはかけ離れていた。
勤務態度がくそ真面目なのは知ってる。
深夜のコンビニなんて、適当にこなす奴が多い中こいつはいつだってピシッとシャツを着て背筋を伸ばしてレジにいた。
いらっしゃいませ、と響く声は凛としていて見た目より高く聴きやすい。
その声が定型文以外を話しているのは、不思議な感じがした。
気まぐれで、お弁当をあたためてもらう間に話しかけようとしたことがあった。しかし、そのすました顔に声をかけられなかったのはつい最近のことだ。
綺麗だ
そう、思った。
恥ずかしさからか、必死に俯いてレジ打ちをしている。漆黒の髪は、サラサラしていて触り心地が良さそうだ。慌てたように眼鏡を直す指に、動揺で震えながらおつりを渡してくれる手に、触れたいと思った。
「俺がいつも弁当を買うって、覚えてくれているんだな。」
こういう、警戒心の強そうな相手には少し距離と穏やかな優しさが必要だ。
ありがとう、嬉しいよ。
そう笑いかけると、店員の顔はわかりやすく羞恥に染まった。
あくまでも、さりげなく手を伸ばして
おそらくかなり年下であろう相手の髪に少しだけ触れる。
これ以上は、だめだ。
俺の理性が、そう告げる。
ただの店員とお客からどうやって進展しようか。
そうだ。明日は、肉まんでも頼んでみよう。
そう決めて、コンビニを後にした。
まだまだこれから。