MMORPGって……何?【2】
一日の授業も終わりを告げ、ホームルームを終えた放課後。
担任が教室を去ると同時、隣の席に座る朝倉がいつになく真剣な顔で俺に話しかけてきた。
「なぁ。MMORPGって……何?」
え?
急に何を言い出すんだ、コイツは。
帰宅の準備を始めていた俺はいきなり突拍子も無い質問に目を丸くし、呆然と固まる。
するとそこにミッチーが椅子を片手に現れ、俺の隣に腰掛けた。
さも当然と会話に口を挟んでくる。
「マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム。その頭文字をとってMMORPGだ」
「へぇ」
尋ねておきながら素っ気無く。朝倉はあまり関心無さそうに相槌を打つ。
「なにお前、ゲーム始めんの?」
「別に」
そう言って朝倉は関心の無いようなフリしつつも、なお淡々と質問を続けてくる。
「略称はわかったけど、要するにそれって何?」
「MMORPGとは大規模多人数同時参加型オンラインRPGだ。インターネットで繋がった一つのヴァーチャル世界で、知らない奴とチャットみたく話したり、一緒に冒険してレベル上げしたり、時間で沸いてくる敵を倒したり、結婚したり、料理したり、裁縫したり、いろんな武器防具を作ってみたり、それを強化してみたり、決闘や戦争、洞窟収集と、まぁ個性感じる娯楽ゲームってとこだな。
――あ、そういや」
何を思い出したのかミッチーがポンと手を打ち、俺に指を向けてくる。
「たしかUMAと福田と上田がギルド組んでやってたよな? えーと、あれなんだっけ? スターなんとかオンライン」
違う。ソーシャルスター・オンラインだ。
「あーそれそれ。お前、今やってんの?」
やってねぇ。テストと補習と宿題の嵐でそれどころじゃねぇってんだよ。
「だよなー。荒俣の宿題とかパないしな。上田ン家なんかこの前のテストが散々だったせいで母ちゃんに回線ぶった切られたらしいぜ」
聞いた。だから休日は塾に行くフリして親に内緒で五時間ほどネカフェ通いしているらしいな。
「バレるのも時間の問題なのにな」
だな。
「つーか、この前の上田のテスト馬鹿ウケだったよな。【織田信長は本能寺でカンスト】だっけか。あの時はスゲー腹抱えて笑わせてもらったよ。知ってるか? センコーの奴、全クラスに名前伏せてダメ例文でウケ狙いに言いまくっているらしいぜ。お前の【パン何とかポテトチップス】って魔法の呪文も含めてな」
ほっとけ。あの時は俺もどうかしていたんだ。
「でもさ、それ荒俣のテストの時じゃなくて良かったよな。荒俣の奴、今チョー機嫌悪いぜ。もし書いてたら、今頃きっと『我が校の乱れのなんたるか!』とか怒鳴り散らして、絶対お前ら二人、休日丸ごと奉仕作業やらされてたぞ」
ただでさえ綾原がいなくなって学校の偏差値がどうのこうのと怒鳴ってんのに、これ以上荒俣の機嫌は損ねたくねぇしな。
「ははは。たしかにな。――あ。ってかさ、UMAって普段休日とか何してんだ? 家や塾でオニ勉してるわけでもなさそうじゃん。カラケ誘っても用事あるとかで来ねぇし」
別に。普通。あと俺をUMAって言うな。
「UMAはUMAだろ。うぜーぐらいに・モテる・遊び人。略してUMA。夏休みの行方不明騒動で、実は女の家に泊まってたって噂になってるぜ」
泊まってねぇよ。誰だ? そんな噂を流したのは。
すると、話を聞いていたのか福田と上田が、椅子を片手に集ってくる。
「あ、それオレも知ってる。青山校の女子だろ? アイドル並みにかわいいって噂だぜ」
「商店街のラブきゅんデートを何人も目撃してんだよ。そろそろ正直に吐け。お前、ほんとは彼女いるんだろ?」
誤解だっつってんだろ。あれはただのダチだ。向こうからハッキリそう言ってきたんだ。
ガタリ、と。
三人のダチは驚愕に青ざめた顔して席を立つ。口元をわななかせ、
「なんてことだ」
「今まで女に縁遠いはずだったお前が、いきなり何の繋がりもない他校の女子と『オトモダチ』だと?」
「しかもよりにもよって女子レベルの高い青山校を」
「なぁ、教えてくれよ。どうすればあんなミラクル・ヒットな美少女とラブコメゲーム的な出会いができるというんだ? 王道か? 毎朝パンくわえて走ってればいいのか?」
違う。あれは関わってはいけない暴力女だ。彼女とは公園で朝倉と一緒に居たら一方的に絡んできたんだ。
「逆ナンか?」
俺は難しい顔で首を捻る。
逆ナンというより、あれは
「逆ナンだろ。そうだと言え」
いや、ハッキリ言わせてもらう。あれは自然災害だ。俺たちはあの公園で自然災害に会ったんだ。なぁ? 朝倉。
「……」
朝倉は上の空で考え事をしていた。
おい、朝倉。
「ん?」
ようやく朝倉が俺を見る。
いや、「ん?」じゃなくてさ、何とか言ってくれよ。まるで俺が嘘言っているみたいじゃないか。
「え? あ、悪ぃ。話聞いてなかった」
するとその直後に、ミッチーが不気味に笑ってくる。
「あはは。嘘はいけないな、UMA君。もっと正直な心で話そうや」
上田と福田が指の関節を鳴らしながら俺に迫る。
「青山女子がそんなことするはずないだろ。彼女らは清楚かつ天使だ。暴力を振るうわけがない」
「虫よけか? オレ達が彼女にたかるのを避けているのか?」
「ちょっと福田君! あんた今日掃除当番でしょ! そんなとこでサボってないで早く掃除やりなさいよ!」
「そーよそーよ! あたし達ばっかりやらせてんじゃないわよ!」
「あーはいはい、わかったよ」
舌打ちして福田が仕方なしに席を立つ。俺たちに後ろ手を振りながら、
「女子がうるせーから掃除してくる」
「おう」
じゃぁな。
「いってらー」
福田と入れ替わるようにして柏原がやってくる。
「おぅ、お前ら何の話してんだ?」
ミッチーが言う。
「あー、UMAがUMAと言われる理由を話していたところだ」
パンと手を叩いて柏原がハイテンションに両の人差し指を俺に突き立ててくる。
「うほっ。それ超タイムリー。お前さ、アキバラの【みゃんにゃん喫茶】に彼女がいるってさっきオタ三島から聞いたんだけど、本当か?」
背後から浜田がやってきて俺の首に腕を回して絞めてくる。
「こっちは綾原とも付き合っていたって噂も聞いてんだよ。コラ。真面目そうな顔して三股か? この野郎。正直に吐け。そして表へ出ろ」
お前らが普段どんな目で俺を見ているのか、今のでよくわかった。そして誰も俺を信じてくれていないという真実にすげーショックだ。お前ら俺のダチだよな?
「おぅ、ダチだぜ。青山校の女子を紹介してくれたらな」
「次の休みはカラケに行くぞ、UMA。そしてその青山女子を連れて来い」
「ちゃんと彼女にダチ連れてこいって言っとけよ」
「オレ達の誰かが彼女と付き合ったとしても文句なしだからな」
「なぁ」
盛り上がりかけた会話を割いて、朝倉がぽつりと言ってくる。
「オンラインゲームってさ……インターネットに繋がらないとできないんだよな?」