第10話 切り捨てた者たち
帝都へ入ったのは、朝の早い時刻だった。
街道から見上げた宮廷の尖塔は、卒業式の日と何も変わっていなかった。
変わっていたのは、荷馬車に積まれたものの方だった。
七河の水位表。
備蓄記録。
仮住民登録簿。
水没命令の原本。
避難名簿。
損失記録。
共同体再建費の予算書。
公認船の登録簿。
一季節限定の協定文。
国境市場の決済記録。
沈み野で積み上げた紙の束が、いくつもの木箱に収められていた。
監察院の門前で、三人は文書を受け取った。
審議終了まで、セイラ・ヴェルディア、アマンダ・ロセル、ライモンド・マクセルの三名について、沈み野における監察団残留班としての現地職務を停止し、帝都待機を命じる。
セイラは文面を二度読んだ。
「沈み野の運用は、どうなりますか?」
自分の処分について尋ねる前に、そう聞いた。
応対した官吏は、書類を見ながら答えた。
「既に定められた運航表、期限付き契約、公認輸送につきましては、その期限が満了するまで、現地の担当者が履行いたします。新たな政策を発することのみ、停止となります」
「配給と登録は?」
「仮住民登録簿に基づく配給は継続と記載されております」
セイラは、それ以上尋ねなかった。
門をくぐるとき、アマンダが小さく言った。
「私たちがいなくても、動くようになりましたね」
「ええ」
赴任したばかりの頃なら、そうはならなかった。
三人が仮庁舎を離れれば、配給の列も、倉庫の封も、船の出航も止まっていた。
今は、掲示板と運航表と台帳が、代わりに動いている。
それは、三人が沈み野で積み上げてきたものが、ようやく三人の手を離れても動き始めたということだった。
けれど、そのことを確かめられたのが、自分たちが現地職務から外された今だというのは、少し皮肉だった。
「……うまくできていた、ということなのでしょうね」
セイラは、ほんのわずかに苦笑した。
◇
審議の前日、アマンダは財務院の一室へ呼ばれた。
呼んだのは、財務院の上級官僚だった。
書類の束を挟んで向かい合うと、相手はまず茶を勧めた。
「ロセル官補。あなたの記録は読ませてもらいました」
穏やかな口調だった。
「正確です。不足額も、権限外の支出も、隠さずに載せてある。これだけの帳簿を、あの状況で作った財務官補は多くありません」
アマンダは礼を述べた。
「そのうえで、一つ確認しておきたいことがあります」
上級官僚は、書類を一枚だけ抜き出した。
「あなたは平民出身で、まだ任官して日も浅い。財務官補に、政策そのものを決定する権限はありません」
「はい」
「沈み野の臨時責任者は、ヴェルディア侯爵令嬢でした。共同体再建費も、公認船への輸送費も、最終的に決裁したのは彼女です」
アマンダは黙って聞いた。
「あなたは、上官の命令に従って財務処理を行った。そう証言することができます」
紙が、卓の上を滑ってきた。
「事実として、間違ってはいません。あなたは決裁権を持っていなかった。責任の重さは、権限の重さに比例します」
「それを証言すれば、どうなりますか?」
「あなた個人の責任は、大幅に軽減される可能性が高い。処分を受けずに済むかもしれません」
上級官僚は、目を伏せた。
「明日の審議では、あなたに最終決裁権がなかったことを、事実のまま答えてください。ヴェルディア侯爵令嬢の判断に従った、と」
アマンダは、卓上の紙へ目を落とした。
「それは、私に責任がなかったと証言しろということですか?」
「そこまでは申しません」
上級官僚は首を振った。
「あなたに決裁権がなかった。それは事実です。自分から、その事実まで捨てる必要はありません」
少し間を置いて、続けた。
「その方が、あなたの官僚人生を守れます」
取引ではなかった。
脅しでもなかった。
虚偽の証言を求められたわけでもない。
制度の中に、本当に用意されている道だった。
アマンダには最終決裁権がない。
支出を認めたのは、臨時責任者であるセイラだ。
官補である自分は、侯爵令嬢の命令に従っただけだった――そう主張する余地は、確かにある。
かつては逆だった。
問題が起きれば、家名を持たない自分の方が先に切られる。
そう思わされたことがある。
今度は、その立場を理由に、自分だけ責任の外へ出る道を差し出されていた。
アマンダは、卓の上の紙をしばらく見ていた。
「……承知しました。そう証言することもできるのですね」
「よくお考えください」
アマンダは礼をして退出した。
廊下を歩きながら、卒業式の日に、自分が言ったことを思い出した。
自分の署名で予算を動かせるところまでは、上がります。
あのとき、署名の意味を半分しか考えていなかった。
◇
合同審議は、監察院の大広間で開かれた。
正面に四人が並んでいた。
宮廷側の主席審議官。監察院の地方監督官。財務の陪席審査官。法務の陪席審査官。
その前に、セイラ、アマンダ、ライモンドが立つ。
向かい側に、三人がいた。
アルバロ・サンティリャン。
ヌーノ・フィゲイラ。
セザール・モニス。
拘束下の待遇にふさわしい簡素な服だった。
だが、三人とも背筋を伸ばしていた。
セイラがサンティリャンと目を合わせたのは、護送馬車の扉が閉じたあの日以来だった。
主席審議官が卓上の資料を開いた。
「本審議で調べるのは、次の五点である」
一つずつ読み上げていく。
「旧沈み野監察団による汚職。後任不在によって生じた権限空白。監察団残留班三名による越権。その越権によって生じた損害。そして、その越権によって得られた成果」
顔を上げた。
「これらを、一続きの行政崩壊と、その後の経過として扱う」
そこで一度、言葉を切った。
「先に述べておく。旧監察団の不正を告発したことは、残留班三名の越権を正当化しない。逆に、残留班が越権したことは、旧監察団の責任を軽減しない。二つは別々に判断する」
◇
財務審理が先だった。
財務陪席審査官が、問題となった財務上の措置を読み上げていく。
権限外の救援支出。仮住民への配給費。共同体再建費。公認船への輸送費。備蓄下限の設定。国境交易に伴う決済処理。
「いずれも、資産保全命令の範囲を超えている」
アマンダは否定しなかった。
「はい。超えています」
「ではまず、公金支出について確認する」
財務陪席審査官が続けた。
「これらの支出について、最終判断を下したのは臨時責任者セイラ・ヴェルディアである。あなたは財務官補として、その命令へ従って処理を行った。そういう理解でよいか」
昨日の紙が、そのまま声になって出てきた。
アマンダは、資料を一枚めくった。
「いいえ」
広間が静かになった。
「支出を必要だと判断したのは私です。平民だから判断できなかったことにして、私だけを免責しないでください」
財務陪席審査官が眉を動かした。
「あなたに決裁権はなかった」
「決裁したのはヴェルディア侯爵令嬢です。ですが、何を計上し、何を計上しないかを組んだのは私です」
アマンダは、帳簿の綴りを卓へ置いた。
「私が止めた支出もあります。私が増やした支出もあります。何に金を使い、何を削るかは、私が判断しました」
アマンダは、自分が下した判断を一つずつ挙げた。
「私費による立替を前例として残すことは、私が止めました。制度になりませんので。住民用の備蓄下限は、国境交易のためでも崩しませんでした。共同体再建費は、個人補償では測れないものがあると分かったので、私が新しい予算項目を作りました」
「命じられて作ったのではないと?」
「命じられてはいません。必要だと判断して、そう申し上げました」
フィゲイラが、初めてアマンダの方を見た。
かつて、この男は言った。
彼の数字として帳簿を整えておけば、いずれアマンダにも席を与える、と。
今度は、制度そのものが別の道を示していた。
他人の判断だったことにすれば、席を守れると。
差し出された手の形は違う。
だが、アマンダにとって、選ばされているものは同じだった。
「この帳簿に、私が判断せずに計上した支出はありません」
アマンダは、それだけ言って口を閉じた。
フィゲイラは何も言わず、視線を手元へ戻した。
◇
法務審理へ移った。
モニスが先に問われた。
「あなたが作成した非常時措置の文書について、説明を求める」
モニスは落ち着いていた。
「私は、命令を法的な形式へ整えただけです」
顔を上げる。
「政策を決めたのは監察官と財務官です。法務官が政策判断まで引き受ければ、それこそ職務権限の逸脱になります。私の作成した文書は、いずれも正規の決裁を経ています」
嘘ではなかった。
モニスは最終決裁者ではない。
ライモンドは、かつて自分もその理屈に一度納得しかけたことを覚えていた。
法務陪席審査官が、ライモンドへ向き直った。
「マクセル官補。あなたも、同じではないのか?」
問いは静かだった。
「あなたが作成した水没命令、公認輸送制度、国境の暫定協定。いずれも最終決裁者はヴェルディア侯爵令嬢だ。あなたは法務官補として、文書を整えたにすぎない。そう主張することもできる」
ライモンドは、しばらく答えなかった。
それから、はっきりと言った。
「形式を与えただけではありません。実行できる形を選びました。その結果から、私だけを外すことはできません」
法務陪席審査官が筆を止めた。
「具体的に述べよ」
「水没命令には、避難完了を切断の条件として組み込みました。損失の記録を義務とし、補償義務を残しました。個人補償の完了によって義務が終了しないことも、補足規定へ明記しました」
一つずつ挙げていく。
「船団については、旗を掲げる船への監督責任と、積荷目録と封印、期限付きの申告制度を組みました。港内の裁判権を自治都市へ残し、国境犯罪は帝国側との共同捜査としました」
「国境の協定は?」
「一季節限定、自動失効、襲撃時の即時失効、未解決事項の留保。この形を設計したのは私です」
そこで、ライモンドは一度呼吸を置いた。
「そのうえで申し上げます。私は、その協定について、権限内だとは言えないと申し上げました。同時に、実行可能だと判断し、採用を勧めました」
「命じられたのではなく?」
「勧めたのは私です」
モニスが、初めてライモンドを見た。
ライモンドは、その視線を受けた。
非難でも、勝ち誇りでもなかった。
「モニス法務官の主張には、法的な合理性があります」
ライモンドは言った。
「法務官がすべての政策判断へ責任を負えば、職務の範囲は際限なく広がります。それは制度として危険です。私も、そう考えていました」
一度、言葉を切る。
「ですが、私が作った文書は、私が実行可能だと判断したから、あの形になりました。別の形にすることもできました。しなかったのは私です」
ライモンドは、それ以上言葉を重ねなかった。
自分が作った文書の責任を、誰かの決裁印の向こうへ押し戻すつもりはなかった。
◇
最後に、セイラが問われた。
主席審議官が、水没命令の原本を卓の中央へ置いた。
「監察団残留班代表として、あなたが発した命令である。相違ないか?」
「相違ありません」
「一つの村を、意図的に水没させた」
「はい」
そのとき、サンティリャンが口を開いた。
「発言を許していただきたい」
主席審議官が頷いた。
サンティリャンは、セイラへ向き直った。
責める口調ではなかった。
むしろ、以前の執務室で報告書を読み上げていたときと同じ、静かな声だった。
「私の罪状は、証拠に基づいて別に裁けばよい」
そう前置きした。
「私が問うているのは統治のことだ」
一拍あった。
「君も一つの村を沈めたではないか」
広間が静かになった。
「私と君の違いは何だ」
セイラは、すぐには答えなかった。
サンティリャンは続けた。
「沈み野では、すべてを守ることはできない。堤防の予算は足りず、上流と下流の要求は矛盾し、自治都市と辺境伯領は互いを信用していない。すべてを中央へそのまま報告すれば軍が入る。地方貴族と中央が衝突する。市場が止まる。そうなれば、今より多くの人間が失われる」
彼は、自分の手元を見た。
「だから私は、報告書を穏当な形へ直した。切り捨てた場所があることは認める。だが、私はそれを、より大きな崩壊を避けるための判断だと考えていた」
顔を上げた。
「君の水没命令も、多数を守るために少数を切り捨てた判断だ。違うか」
「違いません」
セイラは答えた。
それ以上は、すぐに続けられなかった。
審理卓の上に、記録が並んでいた。
水没命令の原本。
雨と泥で波打った避難名簿。
失われた家屋と農地の一覧。
移すことのできなかった墓の記録。
ミゲルたちの異議申立書。
共同体再建費の予算書。
セイラは宮廷用の正装をしていた。
髪も結い上げ、袖口も整えている。
それでも、爪の際には薄い泥の跡が残り、指先にはインクが染みついていた。
何度洗っても、落ちなかった。
セイラは、避難名簿へ手を置いた。
泥の跡が、紙の縁に沿って残っている。
家が三十二戸。
納屋が十七。
共同の井戸が三つ。
集会所が一つ。
水車小屋が一つ。
墓が、百と少し。
数え上げるミゲルの声を思い出した。
外堤防が切られ、水が旧河道へ入っていった。
農地が呑まれ、道が消え、家々の壁を水が上っていった。
墓地の低い石が、一つずつ水面の下へ消えた。
泥水の向こうを見ていたミゲルの横顔。
何も言わなかった、あの沈黙。
セイラは、顔を上げた。
「あなたの問いから、私は逃げません。私は一つの村を沈めました」
サンティリャンは黙って聞いていた。
「違いは、私が正しかったことではありません」
セイラは、名簿から手を離さなかった。
「私は、あの村を沈めた事実を、穏便な措置とも、やむを得ない損失とも呼ばず、記録へ残しました」
一つずつ、卓上の紙を示していく。
「失ったものを数え、補償を命令へ入れ、その後を引き受けるために、今ここへ立っています」
そして、最後に言った。
「それでも私の決断が罪だというなら、裁きを受けます。ですが、誰も切り捨てなかったと偽ることだけはしません」
サンティリャンは、何も言わなかった。
しばらくして、視線を卓上の記録へ移した。
避難名簿の泥の跡を、長いあいだ見ていた。
それから、静かに目を伏せた。
◇
主席審議官が、資料の綴りを開いた。
「両者の差異について、提出された記録から整理する」
まず、旧監察団側の項目が読み上げられた。
私益および横領の存在。
ただし三名それぞれで関与の程度と罪質は異なる。
被害の過少報告。
責任主体の曖昧化。
切り捨てた地域と住民を、記録の上から見えなくしたこと。
切り捨てた後の損失を追跡し、補償・再建の責任を負い続ける仕組みを残さなかったこと。
次に、残留班側の項目へ移った。
私益を目的とした証拠は確認されない。
緊急避難の必要性が記録されている。
より損害の小さい代替案が存在しなかったことを検討した記録がある。
水没前に住民の避難を完了させている。
反対意見を含めて命令記録に残している。
制度には期限と失効条件が置かれている。
家屋、農地、墓地等の損失が記録されている。
補償義務が制度化されている。
命令後も現地に残り、その後の再建に関与している。
主席審議官は、そこで顔を上げた。
「以上により、旧監察団と残留班三名を同一に扱うことはできない」
一度、間を置いた。
「ただし、これをもって残留班三名の越権が合法であったとは認めない」
ライモンドが、わずかに頷いた。
「異なることと、越権が存在しなかったことは、別の問題である」
主席審議官は、旧監察団と残留班、それぞれの資料を閉じた。
◇
主席審議官が、今度は地方監督官へ向き直った。
「後任は、なぜ派遣されなかったのか」
地方監督官が資料を開いた。
「汚職の波及範囲を調査する必要がございました。沈み野の行政庁、請負業者、周辺の商会まで、どこまで関与しているか不明でしたので、後任候補者の再審査を行っております。その過程で任命手続きが遅延いたしました」
「理由としては理解する」
主席審議官は、次の紙をめくった。
「そのうえで問う。残留班三名へ新規政策を禁じたまま、食料危機と洪水へ対応できる権限者を、監察院は現地へ派遣できなかった。認めるか」
地方監督官は、すぐには答えなかった。
「……認めます」
「返書に、新規政策の禁止を明記したのは監察院である」
「はい」
「その後、その禁止を維持したまま、危機へ対応できる権限を持つ者を送らなかったことも、監察院の判断である」
「そのとおりです」
主席審議官は、筆記官へ目をやった。
「記録せよ」
セイラは、その一連を黙って見ていた。
自分たちを無罪にする材料ではない。
それは分かっていた。
それでも、自分たちが越権せざるを得なかった背景に、中央が権限者を送れなかった事実もあったことが、初めて公の記録へ残った。
◇
審議は、判決には至らなかった。
まず、旧監察団の三名について。
「残留班が越権したことをもって、旧監察団の責任が相殺されることはない」
主席審議官はそう述べた。
「賄賂、横領、帳簿の操作、虚偽および過少報告、不正を合法に見せるための文書設計、責任の回避。これらは、各自の関与に応じて継続審理とし、処分を決定する」
サンティリャンも、フィゲイラも、モニスも、異議を述べなかった。
次に、残留班三名について。
「洪水から多数を救ったこと、食料危機を改善したこと、公認物流を成立させたこと、国境における戦闘を回避したこと。これらは記録として認める」
主席審議官は、そこで紙を置いた。
「だが、成果をもって無条件に免責することもしない」
三人を順に見た。
「公金を権限外で支出し、一つの村を水没させ、非公式の船団へ公的資格を与え、自治都市の権限へ踏み込み、辺境伯軍の運用へ関与し、周辺勢力との協定を設計して実行した。いずれも、資産保全命令の範囲外である」
セイラは、その言葉を受け止めた。
反論することは何もなかった。
すべて、自分たちが記録に残した事実だった。
主席審議官は、別の綴りを引き寄せた。
「そのうえで、本審議において確認された点がもう一つある」
七河の水位表、公認船の運航表、自治都市との契約、備蓄記録、砦の補給記録、復興資材の受領記録が、卓の上に並べられていく。
「河川の管理、物流、備蓄、自治都市との契約、防衛、復興。沈み野において、これらはそれぞれ別の権限へ分散している」
主席審議官は、並べた資料を一度見渡した。
「監察官補は監察する。財務官補は財務を扱う。法務官補は法を扱う。辺境伯は軍を、自治都市は市場を、水利官は水を扱う。それぞれの権限は明確である」
「だが、それらを一つの運用として横断的に調整する責任を負う席は、どこにもない」
筆記官の手が動いた。
「残留班三名が越権したのは事実である。同時に、そこには、七河全体を横断して責任を負う席が置かれていなかった」
主席審議官は、三人の前に積まれた記録へ視線を落とした。
「したがって、残留班三名への処分判断は保留とする」
主席審議官が告げた。
「沈み野へ恒久的な統治制度を設ける必要があるか。設けるとすれば、どの権限をそこへ統合するのか。この問題と合わせ、継続審議へ付す」
その言葉で、審議はようやく「過去の責任」を問う段階から、「これからの統治」を問う段階へ移った。
主席審議官は、短い休憩を告げた。
◇
審議が再開されると、資料の最後に一冊の綴りが置かれた。
沈み野から三人自身が帝都へ送った、あの報告書だった。
成功した政策が書かれていた。
損害を生んだ政策も書かれていた。
削った配分と、その理由も書かれていた。
守った備蓄下限も、未解決のまま残した四つの争点も書かれていた。
そして、それらを実行する正式な権限が三人になかったことも、三人自身の手で書かれていた。
主席審議官は、その報告書をしばらく見ていた。
やがて、セイラ、アマンダ、ライモンドを順に見た。
それから、向かい側の三人へも視線を向けた。
「これまでの責任は分かった」
一度、言葉を切る。
「では、これから誰が負うのか」
主席審議官は、三人を見渡した。
「次回の継続審議では、その点を扱う」
セイラは、口を開きかけた。
だが、言葉にはならなかった。
越権の責任を認めた先で、今度はセイラ自身の未来が問われます。
家族と婚約者が示す、どれも現実的で穏やかな選択肢――その中で彼女は、誰の名で沈み野の責任を負うのかを選ぶことになります。
次回、第11話「誰の名で治めるのか」




