外伝:亡者たちの飛翔_後編
「少し休もう」
肩に手を置かれて、俺はようやく、背後に弟がいることに気づいた。
「ポールか、シヨンに看病を頼もう。それなら君も安心できるだろ」
ポールもシヨンも、この土地がまだ一軒家だった頃からの仲間だ。確かに彼らなら間違いは無い。
「そうする」
ポールに後を頼んで部屋を出ると、シヨンが紙束を持って廊下に立っていた。
シヨンはニッケル型のサーミアンだ。ウサギのような長い耳と牛のような長い尾を持つ。
「調べてるが、まだ犯人の目処は立ってない」
「シヨン、休憩にならないよ。また後で――」
「でもどうせ落ち着いてられないだろ。分かってることは言っておいた方がいい」
「その通りだ。続けてくれ」
1階のリビングルームには向かい合わせにしたソファを置いてある。そこに3人で座った。シヨンの報告は簡潔で、つまるところ、大通りでゴブリン族の殺人騒ぎがあったせいで警備の目もすべて外に向いていて、自室で一人で寝ていた俺の妻の喉を誰が裂いたのかは分かっていないということだった。
「偶然だと思うか?」
「まさか」
シヨンの表情は険しい。当然だ。10数年も共に暮らしていた仲間が殺されかけた。かろうじて一命は取り留めたとは言え、状況は予断を許さない。
「大通りで騒ぎを起こさせて、その間に本命を……ということだろ」
「コリンを狙って何になる?」
「お前への脅迫」
「だね。ラブ・レターも沢山もらってたし」
つまりは脅迫状だ。内容は何かを要求するものから端的な殺意表明まで多岐にわたる。と言っても、この手のチリ紙や木板は集落から街に成長を遂げる中で無数に届くようになったし、今更という気もする。
「何をねだるつもりだと?」
「さてな」
「これまでのラブ・レターから要求リスト作ろうか? ゴブリン第一主義とかヒューマン以外は街から追い出せとかあったから、丁寧に答えていくと住民は最終的にゼロになるけど」
「まぁ、コリンの件は俺が担当するからまた追って伝えるさ。問題はもっと厄介な話があるってことだ」
ゴブリン殺害の話だ、とシヨンは続けた。
「殺されたゴブリンだが、ヒューマンに武器の横流しをしていたらしい」
「敵対勢力にか?」
「グリフ、ここは経済の街だよ。代金くれるならみんなお客さまさ」
「ヒューマン側は『仕入れ先を殺された』といってゴブリンたちを、ゴブリン側は『ヒューマンが火種を作った』といってヒューマンたちを、フェアリーたちは『中立を保てていない』といって俺たちヴァルズールを名指しで批判してる。カオス極まれりだ」
なぜフェアリーが口を突っ込む、と言いかけて、やめた。結局、文句が言えれば何でもいいのだろう。
「これまでもガス抜きは適度にしてきたつもりだが、今度のはかなりデカい。あちこちで殴り合いのケンカが起きてる」
「責任を取って俺が退けばいいか?」
そう問うと、シヨンは目をパチパチと瞬かせた。口を開こうとして、閉じて、また開いた。
「そういう問題じゃ……いやそういう問題か?」
「いやいやご冗談を」
「いや、一時的に権限を移譲するのはアリかも知れないぞ。住民の鬱憤は多少晴れるし、何よりコリンの傍にいてやれる」
それは確かに、一つの利点ではある。だが。
「仮にそうしたとして、誰が代理の長をするのさ」
ヴァルシェンが言う。表情は顔覆いで見えない。
「そりゃあシェン、お前だろ」
「僕はダメさ。裏方マンだもの」
俺は立ち上がった。
「あの女については調べたか?」
ヴァルシェンに問う。シヨンが不思議そうに俺たちを見ているが、構わず俺は歩き出した。
「おい!」
「シヨン、念のため家の警備を厚く頼む。ポールは荒事には不向きだ」
自宅を出て、仕事場へ。庁舎1階は深夜なのにひどい喧騒だった。3国それぞれからやってきた使者が庁舎窓口カウンターの受付担当者に罵詈雑言を並べ立てている。
「『あの女』っていうのは、コリンの部屋を指差したあのヒトのことだよね?」
追ってきたヴァルシェンは確認の後、「分からない」と言った。
「最近はとにかく色んなヒトがここに流れてきてるからさ。旅人、観光客、商人、娼婦、大工、魔術士、お尋ね者、ホームレス……素性を調べるのは簡単じゃない」
「専門の機関でも創るか」
使者らに向かっていく。奴らは俺に気づき、好き勝手なことを並べ立てた。やれ「殺害犯を引き渡せ」だの「中立都市が聞いて呆れる」だの「長なら家族より他を優先すべきだ」だの。
「もうやめだ」
頭の芯がジンジンしている。もう3日ほど寝ていない。
「これより、お前たち3国に貸与した邸宅、大使館、宿舎、詰め所のすべてを回る。そして法術士に来てもらう」
庁舎は水を打ったように静まり返った。俺は半分笑ってしまいながら言葉をひり出していく。
「お前たちのことはお客様だと考えようとしていた。だが誤りだった。いくら条件を平等にしても、各々《おのおの》の背景が違い過ぎる。平等にはならない。
だから公平にしよう」
何を、とフェアリー族の使者が返した。
「俺たちは毎日、同じ土地で顔を突き合わせ話をして飯を食い合っている。これを何と呼ぶか分かるか?」
「グリフ」
「家族、あるいは仲間だ。良い言葉じゃないか。仲間! ホストやゲストはもういらん。すべてをひけらかし、すべてを分かち合う! 楽しいことも苦しいこともだ!」
「グリフ!」
隣からヴァルシェンが口を挟もうとする。しかし止めるわけにはいかない。
「これからは『公平』だ。この街を――この国を含めての『公平』だ。
さて、いま仲間の一人が死にかけている。故に法術士だ。みんな隠しているんだろう? 寂しいことをする」
そこまで言ったところで使者の一人が罵声と共に向かってきた。だから触れられる前に全員を"翔"ばした。
3国の使者も、それぞれのSPも、賑やかしだか何だか分からないが庁舎にタムロしていたヒューマンやらゴブリンやらフェアリーやらも、全員を"翔"ばした。皆、地上50センチあたりのところで風船のように浮かんでいる。
「まずはゴブリン族の宿舎から回るとしよう」
俺は盛大に笑った。笑いながら庁舎を出て大通りを東に進んでいく。
通りにいた者たちは皆、一様に目を大きく開いていた。町の主要な種族すべてを背後で浮かせながらズンズンと長が歩いているのだ、そうもなろう。
「グリフ! あんまり……あんまりよくない気がする!」
ヴァルシェンが隣に並んだ。背後の使者らは引き続き罵声を放っているが、そのうちに喉も涸れるだろう。
「強引が過ぎる! きっと後で各国から非難ごうごうだよ! 攻め込まれる可能性だってある!」
「良い良い! 混沌が更に深まる! なぁ使者の皆よ! 故郷に戻れば存分に俺の悪行を伝えよ! 俺は貴様らをさらし者にしている、その結果は背負うべきだな!?」
ズンズンと進む。俺が笑いながら歩いているので、道端にいた者も、あるいは歩きながら遠目に俺を見ていた者たちも、何か奇妙なイベントだと思ったらしい。
周囲から笑いが起き始めた。
「攻め込みたくば攻めろ! ただし、この町は『飛翔』する。今の貴様らのように! そして最初に攻め込んだ国から離れた場所に根を下ろすこととしよう!」
通りの多くが笑い始めた。中には当然、俺の顔見知りもいる。この町に住む、と流れ着いてきた愛すべき庶民たちだ。
「先陣を切ったのがゴブリン族であれば、フェアリー族とヒューマン族の間に翔ぶ!
先陣を切ったのがヒューマン族であれば、ゴブリン族とフェアリー族の間に! フェアリー族であればヒューマン族とゴブリン族の隣に! お邪魔する!」
いま笑っている者の多くも死ぬ。だが良い。手に入れるものがあれば失うものもある。
俺は強く天に腕を突き上げた。
何かのパフォーマンスと思ったか、地に足をつけた奴らは皆、わあわあと歓声をあげた。
「いや――貴様らの国の首都、砦、町、村の上を一つ一つ"翔"んで着地して回るのもいいな。ホラ、こちらの手の内は明かしたぞ! 公平に行こうじゃないか貴様ら! 教えてくれ、貴様らはこの後、どうする!?」
この1時間後、コリンはこの世を去る。
●
計32名の法術士を見つけた。ゴブリン族で10名、ヒューマン族で10名、フェアリー族で12名。笑える結果だ。
俺は彼らを全員庁舎へ連れて行った。プカプカと浮く使者やそのSPらと共に。
「喜べ皆! 各国から法術士の到着だ!!」
大通りを凱旋する中でそう声を張り上げると、町中から喝采を浴びた。ヴァルシェンは途中で姿を消していた。法術士が数人見つかった時点で、護衛の必要は無いと判断したのだろう。
「落ち度があるのはこちらです。どうか他の方に危害を加えるのはおやめください」
匿われていた法術士は、みな口々にそんなことを言った。心根が真っすぐというか、慈悲深いことが法術士の才の条件と聞いたことがある。
だからコリンの前に選りすぐりの法術士を連れて行った時、彼らから口々に放たれた言葉に、俺はしばし動けなかった。
「法術でも治せないものが幾つかあります。最たるものが、寿命です」
隠しステータスも含めて、その場でもっとも優れた法術士は、実に悔しそうに言った。
「奥様は老人のそれに近い状態です。法術で回復する余地がありません。元々の体の弱さに加えて、これまで随分と無理をされてきたのでは?」
ミセラのことを思い出した。俺たちに故郷の復讐を託した老婆。彼女は『飛翔』を俺たちに披露し、その後、急速に体調を崩した。
「法術は神の奇跡では無かったのか?」
「奥様の傍にいてあげてください」
どの法術士を見てもそう言った。俺は彼らに礼を告げ、退室させた。
「私たちを忘れないでね」
コリンが言った。そうして、しばらくして息を引き取った。
冗談のように呆気ない最期だ。
いい女だった。黒い髪、黒い耳、黒い尾。対照的に肌は白く、何よりも明るく。病床でもコロコロとよく笑う。
「……グリフさん。あの」
「葬儀の準備を頼む、ポール。墓はいつもの……ああ、いや」
俺は頭をガンガンと掌底で殴った。違う。コリンは特別だ。弟とも、他の仲間とも違う特別さがあった。
彼女だけは共に居るべきだ。俺と。ずっと。
「場所は後で伝える。とにかく……俺は外に行く」
庁舎の周りにヒトが押し寄せている。喧騒がここまで聞こえる。先だっての俺の凱旋に対する抗議、3国の嘘を暴いたことに対する称賛と、野次馬と。声を出せるなら何だっていい、そういう奴らだ。
存外、脚はしっかり動いた。家を出て、庁舎の裏口から窓口カウンターへ抜けて、押し寄せる住民らに向かっていく――。
「ヴァルグリフ!」
怒号が聞こえた。低く重く空気を震わせる、牛のうなり声に似ていた。
見ると、群衆をかき分けてシヨンがやってくる。その直ぐ後ろには――。
「どうしようもなくバカなことをしたぞお前は! 他国の使者に暴行なんて宣戦布告も同――」
「他人のことを言えないよ、シヨン」
俺の胸倉をシヨンが掴むよりも前に、アサシンのように人の波に紛れていたヴァルシェンがシヨンの首筋に小刀をあてた。当然、刃を頸動脈に向けている。
「シェ……ン。何のマネだ」
「君がこの町に色々と面倒が起きるように画策してたのを調べ上げてきた。数十人分の証言と金銭の流れも大体まとまってるけど反論する?」
シヨンは鼻で笑った。俺の顔は動かなかった。眼も鼻も口も仮面のように固まっていた。
「面倒?」
頭の奥がガンガンする。眼の裏に棒でも突っ込まれているかのようだ。
「そんなことをして俺に」
「何の得がある?」
言葉を継いで尋ねた。意味が分からない。シヨンは長年の仲間だ。ヴァルシェンの言っていることが理解できない。
「そりゃあ沢山あるよ。他人を動かしてふんぞり返って、美味しいもの食べて良い女抱いてチヤホヤされて……そういう生活に憧れないヤツの方が少ない」
「俺がいつそんなことをしてきた?」
「君はやらない。でも自分なら出来る。そんな風に思ってその気になっちゃったんだよね、シヨン?」
「だったらどうする? 俺を殺すか!? 殺せるのかよお前らみたいな甘っちょろいガキど」
ヴァルシェンは腕を引いた。まるで弦楽器を奏でるように――弦を弓でこするように。驚くほど呆気なくシヨンの喉はぱくりと割れた。
「グリフ。コリンは?」
ボンヤリしながら首を振った。ヴァルシェンの足元にはシヨンが血だまりを作っている。動く気配はない。
「そうか。どうにもならないことはあるんだね」
「コリンの喉を裂いたのもシヨンか?」
「十中八九ね。君の心労を増やして引退させて、代わりに自分が……って筋書きだったみたい。君には言ってなかったけど、少し前からシヨンは不審なところがあってさ」
だからと言って殺せるものか? こんなに簡単に? 長年の仲間を?
「……そうだったか。苦労を掛けたな」
「大丈夫。国を取り返すためなら、僕は何だってできる」
――コイツはいずれ俺をも殺す。
「それと……実は今回の件については協力者がいる。後で紹介するよ。ゴブリンたちの騒ぎの時、外から警告してくれた女性がいただろ? 実は彼女がそうで、サーミアンの姉妹なんだ――」
――突っ走らなければならない。
シヨンの喉から漏れ出た血が床の木目に沿って流れ、俺のつま先に触れる。シヨンの遺体を背に、ヴァルシェンは新たな協力者とやらの説明をしている。遠巻きに住民たちが俺たちを見ている。ヒューマン族、ゴブリン族、フェアリー族、サーミアン。異なる種族のヒトビト。そのどこかに、ヒュファル族も潜んでいるのではないか……そんな風に思ったが、菌類の傘を背負うあの特徴的なシルエットは見えなかった。
だが、いる。ヒュファル族の老婆がどこかに潜んでいる。肉体は消えても意思として巣食っている。俺たちの行く末を滅びの道に挿げ替えようとしている。復讐のために。
捕まるワケにはいかなかった。
それは忘れることと同義だ。
「グリフ」
ヴァルシェンが俺の顔を掴んだ。顔覆いでその表情は見えない。
「少し休もう。ひどい顔色だ」
真っ白な顔覆いの下にあるものは、本当に俺の――弟の顔だろうか。もし皺だらけの――。
「休んでいる暇はなさそうだ。この町を公平に作り変える必要がある。種族を超えた仲間も増やすぞ。これからが本番だ」
早口で言って、シヨンの体を跨いで、俺は住民たちへと歩いて行った。
遠くで老婆の笑い声が聞こえたような気がした。
第7章、そして外伝までお読みいただきありがとうございました。
ここで本作『オープン・ザ・ステータス!』は一度区切りとなります。
続章執筆のため、次回更新までは数か月ほどお時間をいただく予定です。
更新再開のお知らせはX(@drawingwriting)でも行いますので、よろしければフォローいただけると嬉しいです。
また、今後については後日、活動報告でもお知らせします。




