第1話_ブラッディ路地裏
「お前をこのギルドから追放する」と言われた時、俺の頭に浮かんだのは「やっぱりか」だった。
「ホントに?」
念のため、本当に念のため、淡い期待を込めて尋ね返す。
「ホントのホントに? あんなことで?」
「あんなこととは何だあんなこととは」
呆れた風にギルド長のオッサンは言った。ギルド本部一階奥の部屋にて、窓から差し込む夕日がオッサンの禿げ上がった頭を照らしている。『あんなこと』があったのが今日の午前のことだから、恐ろしい速度での懲戒解雇だ。
「『領主より村娘を優先する輩がいる組合に仕事は回せない』ってのがお達しだ。おまけにお前のステータスはウチでブッチギリに最下位だ。お上にたてつく理由すらない」
「これでも仕事はキッチリやってきたハズだけどな。今月ももう10件は依頼を片付けた」
一応食い下がってみる。オッサンは溜め息をついた。
「小回りが利くのは確かだ。認める。ウチのギルドには7つの不思議があるが、そのウチ4つがお前の実績だよ」
「なら」
「だが結局はラッキーだっただけさ。運だよ運! それに『キッチリやってきた』ってのも今朝でパァだ。おじゃん。台無し。『なんでか任務はうまくやる』の伝説も崩壊だな!」
あんまりだ、と言おうとしてやめた。このハゲに呼び出された時点でどうせ決定事項である。
「なら、せめて」
「ああ?」
「せめて退職金とか……いやそういうのないよな分かってる」
ギルド長の怪訝な表情で俺は諦めた。今世には退職金制度なんていう贅沢な福利厚生は存在しないのだ。
「っていうかクビにされてる時点で運は無いだろ」
「話は終わりだ。出てけ」
遠い昔に憧れた剣と魔法と大自然が幅を利かせるファンタジックな世界は、泣けるほどシビアな現実に他ならない。
●
安定した暮らしというのは贅沢な夢幻である。
泥と埃にまみれた小汚い街――我が第二の生における故郷を説明するなら、それだけで十分だろう。付け加えると既に陽が落ちた今では『古びて小汚いコンクリート製箱型建築物と安い油のせいでヘンな臭いを醸す篝火が立ち並ぶ陰鬱な街』とも説明できる。誰かいいところを教えてくれ。
ともかく、俺はそこをトボトボと歩いていた。街の中心から少し外れた区域だ。優に馬車がすれ違える程度に道幅は広いのだが、両脇に立ち並ぶ家屋や店屋、そしてそれらの壁に身を委ねるようにうずくまっている失業者たちの存在は「夢も希望もないぞ」と語りかけてくるようだ。
マジでビビるくらいに陰鬱な街を、それにふさわしく陰鬱真っ盛りの俺が、気力とかそういうのを全て失くした表情で歩いていく。もう少し郊外に行ったところに俺の家がある。俺が持つ唯一の財産だ。15歳で孤児院を追い出されてから必死こいて仕事して購入した、小さいけれど大事な家だ。そこで一晩眠ろう。それから。
この街を出る。
歩を進めるごとに「それしかない」という現実的な思考が纏まっていく。ギルドから追放されたということは、もはやこの辺りで俺の仕事は無くなったことを意味する。
所属する労働者に対し、危険な生物や魔物、あるいは荒事の仲裁やボディガードなどといった波乱万丈な肉体労働を斡旋してくれる組合組織、それがギルドだ。おかげで安定とは程遠い暮らしではあったものの、今日まで何とか生きてこられた。
しかしそこと縁が切れた今、日銭を稼ぐには別の組合組織が幅を利かせる――つまり、こことは別の領主が治める土地へ行くしかない。
蛇口を捻れば水が出て、スイッチ一つで無臭の灯りが灯り、少し歩けばコンビニで何でも買える。何より命を懸けずに済む仕事が沢山ある――今や遠き遥か前世が恋しくなる。
「おーい、ネモ! 一杯どう?」
声を掛けられたので顔を向けると、馴染みの飯屋の女亭主が篝火の傍で手を振っていた。俺は無気力に手を振ってそのまま歩き去った。この時間だと既にあの店でも酒飲みがゲラゲラ笑い合っていることだろう。それが嫌だった。
いつも以上にいまは酒の匂いを嗅ぎたくない。酒は前世における死因の一つだったからだ。
そしてもう一つ。俺があの、懐かしく清潔で飯がうまく治安の良い日本国から追い出される原因となったもの――俺に死をもたらしたものが、もう一つある。女だ。
俺は女に全財産を騙し取られた。何の因果か、その知識と記憶を持ち越す形で俺はこの世界に生を受けたので、今世では出来るだけ女に近づかないようにしている。
近づかないようにしている俺にとって最悪なイベントが目の前で起きたのを見てしまった気がする。
それはちょうど、俺に声を掛けた飯屋より少し先。右前方。少し小汚い宿とかなり小汚い宿に挟まれた、つまりは小汚い路地においてだった。
2メートル近い屈強な野郎数人が、見るからに華奢な女の子の腕を引っ張っていったのが見えた。
嫌がっていたかどうか、それは分からない。ただ、腰まである長い黒髪からちらりと見えた輪郭は、大人というには少々幼過ぎた。少なくとも俺にはそう感じられた。
要はガキだ。
俺は悩んだ。
何せ今は理不尽な懲戒解雇を喰らった帰り道だ。人生でも割と最悪な部類に入る状況なワケで、わざわざそんな憂鬱真っ最中に面倒事に関わりたいと思うか?
というか、よく考えずとも『そういう商売』の可能性もある。むしろその可能性の方が高い。
だから俺はクレバーにスルーすることに決めた。例え何も知らないガキがHENTAI真っ盛りなクソ野郎どもに脅しつけられて暗がりに連れ込まれた可能性が万が一いや億が一あったとしてもだ。
いたいけなガキを助ける義理など俺には無い。正義の味方じゃないのだからホントにマジで全く無い。ついでに言うとどうにもイヤな予感がする。
「なぁお前ら。ガキはやめとけ」
だから路地裏に入って HENTAI クソ野郎どもに声を放ってしまった時、俺は俺を本当にバカだと思った。さっさと帰って寝てしまえバカ、と心から思った。だが吐き出した言葉はもう戻ってこない。戻ってこられても困る。
「なんだてめぇ」
細い路地の奥には木製ゴミ箱やら材木やら掃除道具やらが雑然と置きっぱなしにされている。そこから頂いたのはいかにも不機嫌なお返事だ。筋骨隆々の野郎が3人。みんな俺を見返している。その更に奥に、先ほど見た少女が一人。コンクリートの壁に背中を預け、俺を見返している。
黒い猫みたいだ、と思った。
真っ黒な長い髪に真っ黒な瞳。黒いワンピースに黒いブーツ。黒一色だ。猫というのは少女の頭から猫に似た耳が飛び出ているわけではなく――そういう魔族もいるが生憎ながら俺は出会ったことがない――それら衣服に伴う全体的な印象の話である。いや、目か? 虹彩が獣のそれに近いからか。だからそんな風に感じるのかも知れない。
「ガキ相手はヤバい。お互い同意してようとな。この辺りじゃ警吏にバレたその日の内に去勢だぞ」
「ああ? お上が怖くて女が買えるかよ!」
「『オープン』!」
妙に潔い言葉を吐く男の隣で、別のヤツが呪文を吐いた。続いてその隣のヤツもだ。まぁ、この類の手合い――いやこの世界のヤツらの初手など大体決まっている。
「……えっ、お前よくこんなステータスでケンカ吹っかけてきたな」
筋骨隆々で自信に満ち満ちていた皆さまが、開いた『ウィンドウ』を見て口々にうろたえ始めた。これもまぁよくある反応だ。少し傷つく。
「ほら見ろよ……知力13、敏捷度16、器用度18! ここまではマシだとして」
「生命力4! 筋力8! 持久力4!」
「素早いだけの病人かよ!」
「それな!」
男たちがワッと湧いた。俺も自分事でなければ一緒に笑い飛ばしたかった。だがそういう訳にもいかない。彼らの述べた数値は、純然かつ厳然たる俺の『ステータス』――能力値だからだ。
この世界において「オープン」という言葉は呪文に他ならない。唱えると、数値化した自他のステータスを示す『ウィンドウ』が自身の目の前に現れる。ちょうど、それはビデオゲームのメニュー画面のようなもので、暗闇でも蒼く薄く発光しながら対象の客観的身体能力を数値化して提示してくれるワケだ。これは大体の人族も魔族も使える。
ちなみに、荒事にかかわらないタイプのお仕事に就く平和な一般男性のステータスは大体どれも10だ。
「ホラ! 怪我したくねえだろ病人はさっさと家に帰って寝とけ寝とけ!」
「こちとら全員、筋力も生命力も持久力も20越え! 肉体派のエリートだ! 羨ましいか? それとも怖いか?」
つまりこいつらは一般男性の2倍近い筋肉を持っているし、2倍近いタフさとスタミナを持っているということになる。スペック上では俺などひとたまりもない。……スペック上では。
「分かったらホラ! 早くシッシッ!」
「俺たちはこのカワイ子ちゃんとこれからイイコトするんだよ!」
「ちょっと勘違いしてるかも」
HENTAI を隠さない潔さにある種の感銘を受けていると、不意に奥の少女が口を開いた。
高い声だった。
「『強いところを見せてくれるなら何をしてもいい』。だよ?」
「お嬢ちゃん、見りゃあ分かるだろ? こちらの兄貴! 筋力22! 生命力21! 持久力20! 圧倒的強者の人体性能!」
「数値にトキメかないクチか? ならそうだな、お試しにアイツをボコボコにするってのはどうだ?」
兄貴と呼ばれた男が自信満々でこちらに歩いてくる。それはそれとして、話を聞くにどうやら無理やりとかでは無かったようだ。余計なお世話だった。本当にダルい。
「圧倒的Power でお嬢ちゃんを抱きしめてやれるってことを証明し」
雄々しく言って兄貴とやらは倒れた。暗い路地裏にドスンと音が響き、その光景で取り巻きの野郎2人はぽかんと大口を開けている。
「全員揃ってウィンドウなんか見てるからそうなる」
袖口に装着した簡素な射出装置を見せると、ようやく屈強な肉体美の皆さまにも俺が毒針を撃ち込んだことに気づいていただけたらしい。てめえ、と怒鳴りながら男の一人がこちらに駆け出そうとした。
俺は息を吐いて、跳んだ。駆け出そうとした男の横をすり抜けざま、男の首へ小刀を走らせる。
「あっ」
まるで忘れ物をした事に気づいたかのような間抜け極まる声が背後から届いた。血しぶきが降ってくる。ボロ切れのような我がマフラーやら背中やらが遠慮なく血で汚れた。
「なっ、えっ」
「法術が使えないならサッサと二人とも病院に連れてけ。蘇生が間に合わなくなるぞ」
ちなみに、法術というのは魔法の一種だ。回復や蘇生を可能にするスゴイ術である。
「てめ……兄貴ィ!」
残った最後の男は俺を罵倒することよりも兄貴プラス1名を優先したらしい。彼は鳴き声のような泣き声のようなナニカを叫びながら、地に伏す2名を担いで路地から遁走していった。
「あの図体2人を担げるのすげえな」
男らをお見送りしつつ呟く。俺には願っても鍛えても得られなかった身体能力だ。しかし大抵の場合、筋肉よりも刃物の方が暴力に適している。
「すごい」
声に振り返ると、真っ黒な少女もまた男らの屈強さに感嘆していた……ワケではなかった。いつの間に出したのかステータスウィンドウを凝視している。
青白く輝くウィンドウが照らし出す少女を改めて見直してみると、何だか奇妙な感覚を覚えた。美しかった。まつ毛は長く、肌は陶器のようにきめ細かく、黄金比を追求した人形と見まごうかという程に目鼻が整っている。
背丈や輪郭だけで判断するとやはりお子様に違いない。違わないのだが、どことなく小さな身体に似つかわしくない艶やかさがあった。それに、シルクのように滑らかな黒髪や瑞々しい小さな唇が血しぶきで汚れたにもかかわらず、一切気にする素振りがない。
振る舞いや所作には人となりや年齢が表れるものだ。ホントにガキか? それともドワーフとかエルフとかサーミアンみたいな、外見と年齢が比例しないタイプの――。
「あなたに決めた! ね、お願いがあるの!」
観察する俺の手を、少女は俊敏な動作で掴んだ。そしてなおも血に塗れたまま、咲き誇る華を思わせる笑顔を見せる。
「一緒に魔王を殺しに行こうよ!」
俺は5分前の自分を切り殺したくなった。絶対に100%間違いなく厄介が目の前にある。俺の顔は枯れ木のようにしおれた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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