02.魔王とかいうふんわり概念
「どこですか……ここは」
セシアはそう呟き、周囲を見渡した。そこは巨大な黒い城であり、セシアが立っているのは、玉座へと続く階段の前だった。
「はっ!これは私が新しい魔王に選ばれてしまった、ということですか!」
そう言うと、セシアは迷うことなく玉座へ腰を下ろした。
「……座り心地は微妙ですね。お父様はいつもこんなものに座ってるんですか?お布団のほうが何倍もマシです!」
「微妙で悪かったな」
低い声が響いた。セシアが顔を上げると、一人の男が立っていた。頭には二本の黒い角。夜空をそのまま映したような瞳が、セシアを見つめていた。
「貴方、もしかして……」
「そうだ。この我こそが――」
「バッファローですよね!」
「違う」
男は真顔で答えた。
「我がバッファローに見えるか?」
「割と見えます」
セシアがそう言うと、男はため息をついた。
「自分が置かれている状況を理解しているのか?」
「……そんなこと分かっています。魔族ですよね」
「それよりも上の――」
「バッファローの魔族ですね!」
「バッファローから離れろ!」
男は思わず大声を上げた。
「魔王としての威厳がありませんねぇ、魔王様ぁ」
その声にセシアは視線を向けると、男の肩のあたりに、小さな猫がふわふわと浮かんでいた。猫にも男と同じ黒い角が二本生えている。
「うるさいぞ、キャッタン」
「こんにちはぁ、王女様ぁ!」
キャッタンはセシアの周りをくるくると飛び回った。
「可愛らしいですね。お名前はキャッタンですか?」
「そうだよぉ。よろしくねぇ!」
「勝手に仲良くなるな」
男はキャッタンを掴むと、そのまま放り投げた。
「魔王様。どうして、私を攫ったのですか?」
「はぁ……それはだな」
男はそこまで言いかけると言葉を切り、セシアを睨みつけた。
「どうしましたか?」
「……何故お前が玉座に座っていて、我がその下なんだ。おかしいだろ」
「はっ……!申し訳ございません!」
セシアは慌てて玉座から立ち上がると、玉座へと続く階段を駆け下りた。そして、男と目線が合う段で足を止め、その場に立ち尽くした。
「おい」
「どうしましたか?」
「邪魔だ」
魔王がそう言うと、セシアは辺りを見回した。
「お前だよ!」
「私ですか?」
「お前以外に誰がいる」
「これなら目線が同じかなと思いまして」
「お前が下なんだよ」
魔王はセシアの横を通り、階段を上がって玉座へ腰を下ろした。
「こほん。お前を攫った訳は、最大の敵であるお前を捕らえることで、人間共に我が力を見せつけるためだ」
「違いますよぉ、魔王様ぁ」
キャッタンはいつの間にか魔王の肩へ戻っていた。
「魔法の鏡に聞いたんですよねぇ。このまま戦うと、王女様と相打ちになってしまうってぇ」
「……魔法の鏡ですか?」
「そうですぅ。ビビりな魔王様はぁ、王女様を攫うことにしたんですよぉ」
そう言い終えた瞬間、キャッタンは再び掴まれ、壁へ投げ飛ばされた。見事に垂直に突き刺さる。
「……この我と相打ちになる者とは、どれほどの強者かと思えば、こんなにも頭の悪い奴とはな」
「魔法の鏡って、童話に出てきたものですよね!」
セシアはきょろきょろと周囲を見回した。
「王女様ぁ。鏡なら向こうですよぉ」
壁に刺さったままのキャッタンが奥の部屋を指差した。
「見に行きます!」
セシアは勢いよく走り出した。
「おい、待て!人の部屋に入るなら許可ぐらい取れ!」
魔王も慌てて追いかけた。
「これが魔法の鏡ですか……」
セシアは、部屋に掛けられた大きな鏡を見つめた。
「おい、早く出ていけ。ここは我の寝室だ」
「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰ですか?」
セシアがそう言うと、鏡が淡く光った。
「それは、王女様……ではなく、この国一番のアイドル、リリイスです」
「えっ……誰ですか、それは!」
鏡には美しい女が映し出された。
「リリイスは○×××年に結成された女性アイドルグループ『スキスキキャンディ』のメンバーであり――おすすめの曲は『ドスドスふんどしパラダイス』です。他にも――」
「長いですよぉぉ!」
セシアは勢いよく鏡を叩き割った。
「何してんだぁぁ、お前!」
「王女様は強いですねぇ。もし戦ってたら相打ちじゃなくて、ボロ負けだったんじゃないですかぁ」
キャッタンはいつの間にか魔王の隣に浮いていた。
「お前、今度は地中に行くか?」
「いやぁ、行くなら宇宙ですねぇ」
魔王は無言でキャッタンを真上へ放り投げた。
「うわあああぁぁ!」
キャッタンは天井を突き破った。
「どうしましたか?魔王様」
セシアが振り返ると、魔王は砕け散った鏡を見つめ、両手で顔を覆っていた。
「……それ、高かったんだぞ」
「いくらですか?」
「Dプリージ金貨20枚だ」
「Dプリージ金貨……?聞いたことがありません。私が知っているのはプリージ金貨ですけれど」
「魔界のみの通貨だ。人間界のプリージ金貨に『D』を付け、少し見た目を変えただけであり、価値も同じだ」
「それなら……かなり安いのでは?」
「お前なぁ……それだけあれば20年から30年、三食おやつ付きで暮らせるんだぞ!」
「魔界にも通貨ってあるんですねぇ……じゃあ魔族って、人間を食べたりはしないんですか?」
「普通にご飯を食べるぞ」
「そうですか……」
「残念そうに言うな」
「……なんか魔王のキャラ設定って案外適当ですね」
「この作品だけだろうが……お前は魔王というものをまるで理解していない」
魔王はそう言った。
「……魔王様が言いたいことは分かりますよ。つまり魔王というのは、主人公でもない限り、勇者に倒されるためだけに用意された、かませ犬ってことですね!」
「違ぇよ!」
魔王はそう言うと、咳払いをした。
「我は魔王、お前は人質だ。人間共が我々に服従するまで、お前はこの城から出ることはできない」
「……それって、一生ですか?」
「人間の寿命なら、そうなるかもな」
「そんな……そんなのって」
セシアは俯いた。
「最高じゃないですか!」
セシアが顔を上げると、満面の笑みだった。
「仕事がないということですよ!?ここに住めば一年中、春休みです!」
「……お前、本当に王女か?」
「失礼ですね。私は誇り高きこの国の王女ですよ!」
セシアは寝室を見回した。
「素朴なお城も悪くありませんね!」
「人の城を貶すな」
「今日から同居人ですかぁ」
セシアは微笑んだ。
「誰が同居人だ!お前は人質だと言っている!」
「お名前は何ですか?」
「……何故、名乗る必要がある」
魔王が立ち去ろうとした、その前を小さな影が横切った。
「魔王エレントスですよぉ、王女様ぁ」
キャッタンがにこにこと笑っている。
「エレントス様ですね。私はセシア・プレーセスと申します。これから、よろしくお願いしますね」
セシアは嬉しそうに微笑んだ。




