01.忘れずにいよう
「この国はおかしいです!」
そう気づいたのは、王女セシア・プレーセスが五歳になった頃だった。セシアは幼い頃から魔法の才能を持っていた。四歳になる頃にはすでに上級魔法を自在に操り、その才能は王国中の誰もが認めるものとなっていた。
そして十四歳になった今、彼女は《国防の大魔法使い》と呼ばれていた。そう呼ばれる理由は、この国に存在する魔王だった。魔王城の周辺には数多くの魔族が住み、近づく者を襲うのだ。さらに、その一帯には原因不明の体調不良を訴える者が後を絶たない。王は、そのすべての元凶が魔王にあると公言した。
だからこそ、王国はセシアに期待している。魔王を討ち、この国を救ってくれる英雄として。
「今さら気づいたの?セシア」
葡萄を頬張りながら、少女は呆れたように笑った。彼女の名はローラ・ライキング。セシアにとって、たった一人の友人であり、親友だった。
二人が出会ったのは五歳の春。花畑で偶然出会って以来、ずっと一緒だった。
「見て、セシア。今年も咲いたね。勿忘草」
ローラが庭に咲く花へ目を向ける。
セシアも窓の外を眺め、微笑んだ。
二人が出会った花畑にも、同じように勿忘草が咲いていた。
「勿忘草の花言葉は、何でしたっけ?」
「『私を忘れないで』だよ」
「少し悲しい響きですねぇ」
「実は、ロマンチックな伝説があるんだ」
「聞きたいです!」
セシアは身を乗り出した。
「近い近いよセシア!」
ローラは慌てて距離を取る。
「こほん。セシアのIQでも分かるように説明するね」
「馬鹿にしてますね?猿でも分かるようにお願いします!」
「自覚あるんだ……」
ローラは苦笑しながら話し始めた。
「昔、愛し合う二人の若者が川岸を散歩していたんだ。その時、川岸に咲く勿忘草を見つけた若者は、彼女に贈ろうとして花を摘みに行った。でも足を滑らせて急流へ落ちちゃったんだ。重い鎧を身に付けていた彼は沈んでいくが、手にした花を彼女に投げて、『私を忘れないで』と叫んで河底に姿を消したんだ」
「……悲しいお話ですね。例えるならば食べていたお菓子が残り一個の時です」
セシアが小さく呟くと、ローラは立ち上がった。
「それ悲しいかな……少し外に行かない?」
二人は庭園へ出た。色とりどりの花々が咲き誇る中、今年も勿忘草が風に揺れている。
「やっぱり王女様のお庭は綺麗だねぇ」
ローラは花畑を見渡しながら微笑んだ。
「ローラ……元気がありませんね。何かあったのですか?」
その問いに答える代わりに、ローラは一輪の勿忘草を摘み取り、そっとセシアへ差し出した。
「セシア。私達が会えるのは、今日で最後になるかもしれない。だから……絶対に私を忘れないでね。約束」
セシアは笑った。
「もちろんです。絶対に忘れません」
そう言って花を受け取り、セシアも一輪の勿忘草を摘む。
「約束です」
セシアはその花をローラへ差し出した。
「セシア」
突然、低い声が響いた。振り向くと、そこにはセシアの父――国王が立っていた。
「お前は何をしている?明日には魔王討伐へと向かうというのに、花遊びとは」
「遊んでいるわけではありません、お父様」
パァン――乾いた音が庭園に響いた。
「痛っ……!」
セシアの頬が赤く腫れた。
「打ちましたね!父親にも打たれたことありませんのに」
「もう何回も打っているだろうが」
「ちょっと!セシアに何すんのよ!」
ローラが国王を睨みつけた。
しかし国王は気にも留めない。
「少し魔法が使えるだけの出来損ないだ。せめて国のために役立ち、そのまま死ね」
国王はそう言うと、踵を返して去っていった。
「大丈夫!?セシア!」
ローラが駆け寄る。
セシアは少しだけ笑ってみせた。
「……大丈夫です。いつものことですから。それにいつもより優しい気がします!」
「それ、セシアがおかしくなってるよ……」
「ドMじゃありません!」
「言ってないよぉ!」
ローラがそう言うと、セシアは背を向けて歩き出した。
「セシア……?」
「私は約束を破りません……そして、死ぬつもりもありません。必ず帰ってきます」
セシアはそう言い残し、庭園を後にした。
◇ ◇ ◇
その夜、セシアは湯殿へ向かうため、静かな廊下を歩いていた。
「はぁ……緊張しますね」
セシアは小さくため息をついた。
「それにしても、魔王ってどんな人なんでしょうか?イケメンだと嬉しいんですけどねー」
その瞬間、冷たい風が廊下を吹き抜けた。
「きゃっ!」
セシアは、思わず悲鳴を上げた。その声を聞き、一人の使用人が慌てて廊下へ飛び出してきた。
「王女様!どうなさいましたか!」
しかし、そこにセシアの姿はなかった。開け放たれた窓から吹き込む夜風の音だけが、静かな廊下に響いていた。




