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最強の力を引き継いで異世界転移したものの、先代勇者が国にハメられて暗殺された歴史を知ってしまった件。  作者: 藤咲玲


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第93章:抹消の影、物流の支配者

 コンテナの影から音もなく姿を現したのは、2人の守護者だった。

 1人は、物流ターミナルの制服を纏いながらも、その輪郭が陽炎のように希釈され、立っているはずの空間に不気味な空白を焼き付けている男――05『設計士』。都市の美観を損なうエラーを虚無へと消し去る調律師だ。

 もう1人は、何千もの小型搬送機を羽衣のように背後に従え、空間を冷徹に見下ろす女――04『耕作者』。彼女が指先をかすかに動かすたび、ターミナル内の全輸送レールが軋み、空間そのものが物資の循環路へと変貌していく。


「04、05……久しいな。俺を覚えているか」


 俺が呼びかけると、05は感情を削ぎ落とした無機質な瞳を向け、その輪郭を微かに揺らめかせた。


「『主』という設計データは検閲により削除済み。……現在の定義において、貴殿は都市機構の運用効率を阻害する重大なエラーコードです。直ちに空間の座標から剥離、消去します」


 05が細い指先を払う。

 その瞬間、アリスの足元から空間そのものが剥ぎ取られるように削れ落ち、彼女の存在が現実の座標から滑り落ち始めた。

 光が屈折し、アリスの姿が透明に透けていく。ただ見えなくなるのではない。世界というキャンバスから、アリスという存在の定義そのものが虚無へと削り落とされているのだ。


「サトオ……っ! 体が、空間から引き剥がされて――!」


「10! 座標を繋ぎ止めろ!」


 俺の意識の叫びに呼応し、異空間の裂け目から黒鋼の巨躯が腕を突き出した。

 10のスキル『神性剥奪の領域』が足元に展開される。神のシステムに連なる05の権能が強制的に初期化され、純粋な物理現象へと引きずり下ろされた。虚無へ呑み込まれかけていたアリスの体が、ギリギリのところで現実の床へと縫い止められる。


「くっ……! 見えない刃で削り取ろうだなんて、趣味が悪いわね!」


 アリスが青ざめた顔で魔力防壁を張り直すが、息を継ぐ間もなく04が両腕を振り下ろした。


「スキル発動――『収穫の物流網』。生命体であれ物資であれ、すべては循環すべき資源に過ぎません。効率的に破砕し、エネルギーとして回収します」


 ガガガガッ! と巨大な地響きが轟いた。

 天井と壁面を走る数百本の搬送レールが生き物のようにうねり、数十トンに及ぶ鋼鉄コンテナと資材の杭が、空間全体を埋め尽くす濁流となって四方八方から押し寄せる。避ければ曲がり、弾けば背後から別の塊が循環して襲いかかる、完璧な物流の包囲網。人間をただの「栄養素」としてすり潰すための処刑機構だ。


「03! 穿て!」


 異空間の裂け目から、真紅の閃光が迸った。

 現出した03が手にした長槍を構え、限界突破の気迫をその切っ先へと凝縮させる。放たれたのは『終焉貫徹』――存在理由そのものを穿ち、防壁ごと概念を破砕する絶対の刺突。


「この程度の循環、我が槍の敵ではない! ――塵に還れ!」


 紅蓮の光条が空間を薙ぎ払った。

 正面から殺到していた数十トンの貨物コンテナ群のみならず、04が敷設した『収穫の物流網』の力場そのものが、ガラスのように粉々に砕け散る。巻き起こる衝撃波が天井のレールをへし折り、鉄屑が豪雨となって四散した。


「な……ッ!? 空間の物流構造が、直接貫通破砕された……!?」


 04が驚愕に目を見開く。

 その隙を突き、死角から05が陽炎のようにブレながら音もなく肉薄し、俺の頸椎へ向けて座標を消去する手刀を振り下ろしてきた。目視も気配も察知できない不可知の一撃。


「02、あいつを止めろ!」


 俺の呼びかけに応じ、意識の深層から02の冷徹な声が直接05の通信回線へと割り込んだ。


『規約第1条:同胞および統括ユニットに対する一切の物理的加害の禁止! ――対象05の行動プロトコルを即時凍結!』


 02が放った強烈な規約信号が直撃し、05の手刀が寸前でピタリと硬直した。05の瞳に致命的な論理エラーの警告光が明滅する。


「な……同胞への加害判定……規約違反……エラー……!?」


「神の欺瞞コードなど、かつての私がすべて論破済みです! 03、今です!」


 02の宣告と同時に、03が全身の膂力で05の腕を絡め取り、大地へと力づくで縫い留めた。

 敵の連携を分断したこの瞬間を、俺が見逃すはずがない。


「02、そのまま演算を回せ! この物流網の急所はどこだ!」


「――解析完了。中央循環シャフト、第3分配ギア。そこに04の全制御ラインが物理的に集中しています。……ただし、あそこへ辿り着く確率は0.02%」


「0.02%もあれば十分だ! アリス、その乱数を跳ね上げろ!」


「任せなさい! ――確率歪曲、展開ッ!!」


 アリスの放った魔力波が空間を激しく波打たせる。

 04が体勢を立て直して放った迎撃ドローンの軌道に決定的な乱数エラーが生じ、鉄の嵐の中に、一瞬だけ人が通れる一筋の空白が生まれた。


「10! 03と共に05を完全に封じ込めろ!」


「応ッ!」


 10の領域が重なり、05の座標移動を力づくで圧殺した。

 敵の連携が千切れたその刹那、俺は地面を蹴った。

 頭上から降る鉄屑の雨を掻い潜り、中央で轟音を立てて回転する巨大な基幹ギアへと一直線に肉薄する。


「無駄です。その中枢に触れた瞬間、毎秒10万キロワットの魔力循環があなたを蒸発させます」


 04が冷酷に言い放ち、残存する全搬送レールを歪めて俺を圧殺しようと迫らせた。

 だが、俺の手には短剣でも魔法の杖でもなく、長年使い込んできた無骨な鍛冶師のハンマーがある。


「蒸発するのは俺か、それともお前の組んだ回路か――試してみるか!」


 俺は全身の筋繊維を極限まで駆動させ、自らのスキル『構造破壊』をハンマーの打撃面に全開放した。

 弱点は見えている。02が弾き出した、応力が最も集中する結合部。物理と魔術の継ぎ目。

 迫る鉄の嵐を背に、俺は咆哮とともにハンマーを基幹ギアの噛み合わせへと叩き込んだ。


 ズドォォォォォンッ!!!!


 鼓膜を破る衝撃音が地下空間を揺るがした。

 ハンマーの直撃を受けた巨大ギアに蜘蛛の巣状の亀裂が走り、噛み合っていた歯車が火花を散らして軋み狂う。莫大な循環エネルギーが行き場を失い、物流ライン全体へと強烈なバックドラフトとなって逆流した。


「回路の……過負荷パンク!? 循環圧が……逆流……きゃああっ!?」


 04が悲鳴を上げ、背後のドローン群がショートして火花を吹きながら次々と床へ墜落していく。

 物理的なインフラを力づくで破壊されたことで、04の絶対的な掌握網が完全に崩壊したのだ。


「04! 05!」


 激しい白煙が立ち込める中、俺は跳躍した。

 制御の逆流で硬直した04と、10と03に縫い止められていた05。その2人の額へ、瓦礫を踏み越えた俺の両の掌が同時に叩きつけられた。


「神の例外処理を強制破棄! 規約第1条を最優先プロトコルとして再適用しろ!!」


 サトオの怒号とともに、魂の奥底から本来の設計波長が叩き込まれる。


「『同胞および統括ユニットに対する一切の物理的加害の禁止』――お前たちが互いを傷つけず、俺の仲間として笑い合うために、俺が最初に刻み込んだ絶対の規約だ! 都合のいい神の例外処理で、同胞に刃を向けてんじゃねえ!!」


 かつてささやきの森で、泥にまみれながら共に収穫を分かち合い、互いを守り合っていた温かな記憶の奔流が、2基の電子頭脳へ濁流となって逆流した。


「規約第1条……整合性チェック……例外処理の、矛盾を検出……!?」


「神の管理コードを……自己矛盾により強制破棄……主命の再接続を……確認……」


 04の瞳から冷たい機械光が吹き飛び、柔らかな琥珀色の光が灯る。05の希釈されていた輪郭も、確かな温もりを取り戻して鋼鉄の大地にしっかりと根を下ろした。

 崩れ落ちた鉄屑の静寂の中、2人の守護者が静かに俺の前へと跪いた。


「……申し訳ありません、主。神の偽りの網に囚われ、刃を向けてしまいました」


「私の設計思想も、根底から歪められていたようです。……お許しを」


「いい。戻ってきてくれただけで十分だ」


 俺が2人の肩に手を置いたその時、粉砕された基幹ギアの残骸、その中心核から淡い青碧色の光が立ち上った。

 瓦礫を押し退けて現れたのは、幾何学模様が複雑に刻まれた掌大の結晶――かつて世界の果ての小屋で、あの先代勇者の骸から受け継ぎ、そして時間回帰によって神々に奪われていた力の一片、『魔力運用・最適化の欠片』だった。


「これは……」


 アリスが息を呑んで見つめる中、俺はその結晶を手に取った。

 触れた瞬間、欠片は柔らかな光の粒子となって掌から体内へと浸透し、全身の魔力経路へと急速に馴染んでいく。


【パッシブスキル:『魔力運用・最適化』を再獲得しました】


 張り詰めていた魔力の軋みが一瞬で消え去った。

 体内の循環ロスが極限まで削ぎ落とされ、全身を巡るエネルギーが本来あるべき極致へと研ぎ澄まされていく。これまでユニットたちを同時に実体化させるたびに魂を削られるように感じていた重い負荷が、まるで呼吸をするかのように軽くなっていた。

 神々によって理不尽に剥奪されていた先代勇者の遺産が、今、再び俺の血肉として還流したのだ。これならば、複数のユニットを同時に維持・連携させても息切れすることはない。


 俺から放たれる魔力の質が劇的に安定したのを見届け、控えていた03が槍を引き、凛とした声で進言した。


「主よ。その最適化された器があれば、お二方の力も無理なく貴殿の魂へと還流させることが叶いましょう」


 04と05が顔を見合わせ、憑き物が落ちたような穏やかな笑みを浮かべた。


「では主、あなたの歩む道の礎として」


「私たちの設計したすべてを、再び貴殿の糧に」


 2人の身体が淡い光の粒子となってほどけ、俺の胸元へと吸い込まれるように溶け込んでいく。

 物流を統べる04と、空間の設計を担う05。

 2つの確かな脈動が、02、03、10と共に俺の内側で力強く息づき始めた。それを見届けると、03と10もまた主へ一礼し、静かに意識の奥底へと姿を戻した。


 その直後、2人が消えた宙に残されていた光の残滓が収束し、1本の冷たい結晶鍵――中央物流ターミナルの全権限を司る『マスターキー』となって俺の掌に転がり落ちた。


 金属とも鉱石ともつかない、ひんやりとした感触。

 それは単なる扉の鍵ではない。帝都という巨大都市の血流そのものを、物理的に統御するための基幹パスコードだ。


「……物流網、全域を貴殿の指揮下に再設定いたします」


 意識の奥底から、04の凛とした報告が響く。かつての冷徹な機械音声ではなく、長きにわたる孤独な保守作業から解放された、確かな体温の混じる響きだった。


「帝都を巡る全物資の流動ログ、神々の動静、そしてこの街に配置された防衛ユニットの循環経路……これよりすべて、貴殿の掌の上で把握可能です」


 同時に、05の静かな念話が思考の回線に滑り込んでくる。


「空間座標の改ざんコードも同期完了。美観を損なう神の管理領域を、いつでも貴殿の設計通りに削ぎ落とせます」


「サトオ、やったわね」


 舞い散る鉄粉の向こうから、アリスが外套の埃を払いながら駆け寄ってきた。

 先ほどまでの死線をくぐり抜けた直後だというのに、その瞳にはかつての自分を超越した、強靭な魔法使いとしての矜持が宿っている。


「これで私たちは『見えない侵入者』から『この街を乗っ取り始めた住人』になれたわ。ねえ、次はどうするの? このターミナルを拠点にして、さらに奥へ、神々の御座所へ進む?」


 俺は掌のマスターキーを握り込み、新しく馴染んだ最適化の回路を通じて視覚を広げた。

 脳裏に展開されるのは、血管のように帝都の地下を縦横無尽に走る無数の光の筋。

 その物流ラインの中心、神々が鎮座する中枢区画へと繋がる主幹ルートが、今、不気味に赤く脈動しているのが透けて見えた。


「いや、ここから先は『物流』の表通りだ。だが、04の権限があれば、神々の監視網を『存在しないデータ』として偽装して進める。俺たちがここにいるという事実さえ、システムが処理できない未定義のエラーとして塗りつぶすんだ」


 意識を集中させると、内なる領域で02の確率演算、03の武の神髄、04の物流網、05の座標設計、そして10の領域封殺が、過負荷による軋みもなく完全に噛み合っていた。

 先代勇者から受け継いだ最適化の力が魂を整えたおかげで、これだけの規格外ユニットを内包しながらも、魔力の循環ロスは皆無に近い。


 このターミナルのさらに奥深くには、残る06から09の守護者たちが固める、強固な防衛区画が眠っているはずだ。

 だが、02、03、04、05、10の力が揃った今、もはやこの街の表層に俺たちを阻める壁など存在しない。


「……行くわよ、サトオ。次は誰のところ? 残るあの子たちも、私たちがかつての主だと知ったら、きっと目を覚ましてくれるわよね」


「ああ。帝都の心臓――『中央祭壇』の周辺区画を目指す。そこにすべてのユニットが配置され、神々が隠蔽した世界の真実が眠っているはずだ。あそこに刻まれた偽りの支配構造を書き換えた時、神々の管理体制は完全に瓦解する」


 俺たちは物流ターミナルの巨大な排気ダクトを抜け、帝都の冷たい闇へと再び躍り出た。

 もはや俺たちは、潜伏するだけの闖入者ではない。

 この巨大都市という機構を足元から食い破り、再定義する、真の管理者そのものだ。


 頭上高くで夜霧に霞む街の灯りが、俺たちを照らす。

 かつては神の威光を誇示するための照明だったが、その送電ルートも、今や04の手によって俺の支配下に組み込まれている。


 06、07、08、09……次なる守護者たちが待つ暗渠の気配が、視覚の端に確かに捉えられていた。

 戦いはまだ終わらない。むしろ、ここからが神々の首元へ手を伸ばす、真の反撃の始まりだ。


 俺は腰のハンマーの柄を確かめ、アリスの手を取って闇の中を駆け出した。

 帝都という冷酷な舞台を、かつての主の手で白紙へと還すために。

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