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第1章:【プロローグ】世界の果ての遺志

 さっきまで、耳を聾するような都会の喧騒の中にいたはずだった。


 SNSでバズた隠れた名店を探してビルとビルの隙間、すれ違うのもやっとの細い路地に入り込んだだけ。今年、新卒として社会に出たばかりの俺にとって、週末の小さな楽しみのために、少し怪しげな建物の影を通り抜けた――その瞬間のことだ。


 視界が、急激な白い霧に包まれた。


 排気ガスの臭いは消え、代わりに鼻を突くのは濃い土と草の匂い。霧の向こうに現れたのは、見上げるほどの巨木と、太陽の光すら遮るほど鬱蒼と生い茂る原生林だった。


「……は? どこだよ、ここ……」


 スマホを見るが、当然のように圏外。冷や汗を流しながら、あてもなく引き返そうと歩き回った先で、苔むした古い木造の小屋を見つけた。藁にもすがる思いで、俺はその古ぼけたドアを激しく叩く。


「すみません! 誰か、誰かいませんか!?」


 ――返事はない。ただ、立て付けの悪い扉が風に押され、ギィと不気味な音を立てて隙間を作った。意を決して中へと足を踏み入れた俺は、その光景に息を呑んだ。


 部屋の奥の椅子に、一人の老人が深く腰掛けていた。


 いや――老人であった「骸」だ。


 長い年月が経っているはずなのに、不思議と腐敗せず、まるで頑丈な枯れ木のように乾燥した状態で静かに佇んでいる。その手には、剥き出しの古びたノートと、青い宝石が埋め込まれた金属の腕輪(刻印)が握り締められていた。机の上には、骸の指先が指し示すように、その『日記』が綺麗に開かれて置かれている。


 恐る恐る近づき、その文字に目を落とした瞬間、俺の心臓が跳ね上がった。


 書かれていたのは、この世界のものではない。見慣れた、紛れもない**「日本語」**だった。


【日記の抜粋】


『――魔王を倒せば地球に帰れる。その言葉を信じて命を懸けて戦った。だが、異世界の連中に裏切られた。転送魔術は暴走させられ、私はこの世界の果てに遺棄された。


悔しい。戻りたかった。あの喧騒、あの街並みやコンビニの明かりが、狂おしいほどに恋しい。


私の命はもうすぐ尽きる。だが、このまま私の生きた証が消えることだけは許せない。私を嵌めたあの世界への復讐も、故郷への未練も、すべてをこの魔道具アーティファクトに封じる。


命を削り、魂を削り、私の全スキルをこの『継承の刻印』に込めた。


発動条件はただ一つ。【地球人の魂】がこれに触れること。


もし万が一、私の後にこの絶望の地に迷い込む同郷の者がいるならば――頼む。私の力を使い、生き抜いてくれ。そして私の代わりに、あの世界を――』


 文字はそこで、血が滲んだように途切れていた。孤独な世界の果てで、狂おしいほどの郷愁と怨念を抱えたまま、自身の命をすべて削ってこの魔道具を遺した男の執念が、紙面からなだれ込んでくるようだった。


「あんた……一人で、ずっと……」


 じわりと目頭が熱くなる。他人事とは思えなかった。もし俺がこのままここで一人で死ぬとしたら、どれほどの絶望だろうか。引き寄せられるように、俺は骸の手からこぼれ落ちそうになっていた青い宝石の腕輪に、そっと手を伸ばした。


 ――その瞬間。


 カチリ、と硬質な音が小屋に響いた。


 勇者の骸が、一瞬だけ満足そうに微笑んだ気がした。


 直後、腕輪から溢れ出た凄まじい黄金の光が、生き物のように俺の腕へと巻き付き、皮膚の下へと猛烈な勢いで吸い込まれていく!


「ぐっ……、あ、あああっ……!?」


 身体が内側から焼け付くような、凄まじい熱量。それは単なる「力」の譲渡ではなかった。日記に遺されていた勇者の死線の記憶、血を吐くような修練の日々、武技の「概念」そのものが、脳内に直接叩き込まれるかのような衝撃だった。


 パチパチと神経が焼き切れるような感覚と共に、視界の端に、世界のシステムログのような漆黒の文字列が流れ落ちていく。


【ユニークスキル:『限界突破』を継承しました】


【ユニークスキル:『万物鑑定』を継承しました】


【パッシブスキル:『神速剣技・天衣無縫』を継承しました】


【パッシブスキル:『魔力運用・最適化』を継承しました】


【耐性スキル:『精神汚染無効』『全状態異常無効』を継承しました】


……


……


【対象のすべての能力の継承が完了しました。個体名『佐藤 連』の魂の器を拡張します】



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