幕間2. 君去りし後
「あーあ。行っちゃった」
アニエスを乗せた馬車が去っていく。もっと一緒にいたかったのに。
「フェリクス王子ってどんな奴だろ。僕よりいい男なのかなあ?」
「第二王子殿下にお会いしたことはないけれど……。ラングラルの王家はみんな容姿に優れていらっしゃると聞くわ。フェリクス殿下もそうなのではないかしら?」
姉上が首を傾げながら答えた。
「確かに、あそこの国王陛下も見目は良いな。若い頃は我が国に留学しておられたが、女生徒に人気だったそうだぞ。アルフレッド王太子殿下も陛下に良く似ておられる」
「あと、何ておっしゃったかしら。王弟の……」
「ジェラルド殿下か?」
「ええ。その方、一族の中でもとびきりの美形だとか。エルヴスへいらしたとき、第二王女殿下が彼へ一目惚れして結婚したいと大騒ぎしたそうよ。今でも語り草になっているわ」
「ふうん……」
何だか面白くない。
「小精霊士になるとはいえ、国王が護衛を付けさせたのは疑問だったが。王子の婚約者候補ならば納得というものだ。しかしフェリクス殿下か……。良くない噂も聞くが」
「どんな噂?」
僕は身を乗り出して公爵に問いかけた。
そうだ。見かけが良くったって、問題のある男かもしれないじゃないか。
「私も詳しくは存じませんが。成人近くまで婚約者がいないのですから、変わり者であるとか、何か隠し事をお持ちなのではとの噂で。男色家なのでは、などと揶揄する者もいます」
「何だって?そんなの、アニエスが可哀想じゃないか!」
「いや、あくまで噂ですから……」
「イヴォン、もうお止めなさい」
公爵に詰め寄った僕を、姉上が窘める。
「婚約の話をした時の、アニエス様のお顔を見たでしょう?少なくとも彼女は、フェリクス王子へ嫁ぐことを望んでいるのよ」
「そうだな。平民の娘が王子妃になれるのだ。存外、すべて納得づくなのかもしれん」
「アニエスはそんな娘じゃないよ!」
怪我を治してくれた。刺客の前に飛び出して、僕を守ってくれた。優しい子。
欲にまみれた娘であるはずがない。
口を尖らせて叫んだ僕の頭を、姉上が優しく撫でた。
「婚約者は沢山いるでしょう?妃を増やしたいのならば、お父様にお願いしなさい。きっと、彼女より美しい娘を見繕ってくれるわ。だからもうアニエス様のことは忘れなさい。ね?」
……それじゃあダメなんだ。彼女じゃなきゃ。
アニエスと空へ舞い上がったとき、すごくドキドキしたんだ。
あんなにワクワクしたのは生まれて初めてだった。彼女と一緒にいれば、きっとまたあんな驚きが味わえるんだ。




