一話
あたしはある街に住んでいた。
この街では妖や怨霊が出没する。あたしと兄ちゃんで協力して退治していた。退治のパートナーは兄ちゃんが嵐月様であたしは月華様だ。4名で妖や怨霊を相手に戦う日々を送っていた--。
「……優花。今日は朝から雨が降っているわね」
そう話しかけてきたのは母さんだ。母さんは名前を光村 夕凪という。今はもう12月で冬場ではあった。平成から令和になってもう半年以上が過ぎたが。
「……うん。しとしと降っているね」
「お父さんが心配だわ。今日は優花が傘を持って迎えに行ってあげて」
「はーい。父さんのお迎えね」
返事をして椅子から立ち上がる。組み立て式の小さな弓矢を持った。玄関に向かい、自分の傘と父さんの傘を手に靴を履く。こんな天気だといつ怨霊が現れるかわからない。そうなった場合、父さんと戦闘という事になる。もう今年で44歳になるが。まだまだ、元気なので大丈夫だろう。けど父さんにはもう神様の加護はなかった。ふうとため息をついたのだった。
最寄りの駅まで傘を持って歩く。しとしと降る雨の中、あたしはある気配を感じ取った。妖だとすぐに気づいた。どうしよう、兄ちゃんも父さんもいない。仕方ないので無視して歩いたが。ひたひたと付いてくる。背筋が震えた。駅までもう半分くらいだ。このまま行けば父さんが来てくれるはず。速足で急いだのだった。
駅まで歩いて行くとちょうど良く父さんが待っていてくれた。苦笑しながら手を上げている。あたしは一目散に駆け寄った。
「……父さん!」
「……優花。どうしたんだ。そんなに走って」
「ごめん。あの。迎えに来た」
ぜいぜいと肩を上下させながら言う。父さんはわかってくれたようだ。傘を差し出すと受け取る。けどあたしの後ろを見てちょっと眉を寄せた。
「……ふう。お前。連れて来ちまったか」
「父さん?」
「早いとこ家に帰るぞ」
父さんはそう言うと傘をばさっと広げて歩き出した。あたしも傘を差した状態で追いかける。徐々に人目のつかない所まで来た。
「優花。弓は持ってきたか?」
「持ってきてるよ。撃てばいいの?」
「ああ。俺も手伝うからあの妖を倒すぞ」
父さんは言うとカバンからお札を出した。母さん直伝のものであたしや兄ちゃんも使っている。ポケットに入れておいた弓矢をあたしも出す。
「……オン・マリシエイ・ソワカ。我らを隠し守り給え」
父さんが真言と呼ばれるお経の一文を唱えた。いわゆる呪文と言ってもいい。あたしは声を出さずにじっとする。こうしておけば摩利支天様という神様に守ってもらえるのだ。それを知っているからこそ動かずに息を潜めた。ヒタヒタと歩く足音が聞こえる。現れたのは一つ目小僧だ。一体だけだが。父さんと共にじっと様子を伺う。
『……ヒト。ドコダ?』
キョロキョロと辺りを見回している。あたしは弓を持つ手に力を込めた。が、父さんは額に汗を浮かべている。相当きついようだ。あたしは目だけで見て「うわー」と言いたくなった。それから十分くらいして真言の効果が切れた。
『ミイツケタ』
一つ目小僧がにいと笑った。見つかったらしい。あたしは弓を持って構えた。自身の霊力で矢を作る。弦をギリギリまで引いてびいんと妖に向けて放った。
『……ギャアッ!!』
一撃目で妖の目の部分に命中する。一つ目小僧は断末魔の悲鳴をあげた。あたしは二発目を放つために集中する。父さんもお札を持っていつでも対応できるように構えていた。
「……日の神、アステラス神よ。御身の力を請い願う。清め給え、払い給え!」
そう祝詞を唱えて二発目の矢を放つ。妖の胸元に当たった。一つ目小僧はすうと消えてしまった。白い霧と共にだ。ようやく妖を倒せた。弓の弦と矢が消える。するすると弓も小さくなって普段の手のひらサイズに戻った。
「……優花。お前も腕を上げたな」
「父さん達程じゃないよ。でも倒せてよかった」
「ああ。よくやった」
父さんはそっと頭を撫でる。恥ずかしいけど嬉しくもあった。傘を再び持って家路を急ぐのだった。
家に帰ると母さんと兄ちゃん達が待っていた。一番上の兄ちゃん--陽一兄ちゃんと裕司兄ちゃんが笑顔で迎えてくれる。陽一兄ちゃんは父さん似で裕司兄ちゃんは母さん似だ。陽一兄ちゃんは背が高くてすらっとした和風なイケメンさんである。裕司兄ちゃんは背は高くないが。その分、切れ長な理知的な目にすうと通った鼻筋の涼しげな雰囲気の超がつくイケメンさんだ。二人共に並んでいると女子にきゃあきゃあと騒がれている。ちなみに陽一兄ちゃんは19歳で大学二年生だ。裕司兄ちゃんは17歳で高校二年生だった。
「お帰り。父さん、優花」
「ただいま。陽一兄ちゃん」
陽一兄ちゃんがそう言ってにっこりと笑った。顔は父さん似だが性格は穏やかで温厚な人だ。裕司兄ちゃんはマイペースで冷静な性格だが。二人ともすごく頭が良い。ちょっとそれが悔しくはあった。だってあたしはどう頑張っても上の下だから。
「……しかめっ面してどうした。眉間にしわ寄ってんぞ」
裕司兄ちゃんに指摘されて眉間を揉んだ。誰のせいだと思っているんだか。そう思いながらも口には出さない。ケンカになるのはわかっているからだ。その後、母さんに言われて洗面所に手を洗いに行ったのだった。